自身の変化を物語に反映させて
02年に発表された連作集『MOMENT』は、病院で清掃員のアルバイトをしている大学生の青年・神田が、死を迎えようとしている患者たちの最後の願いを叶える物語だった。神田にそのアルバイトを紹介した友人として登場するのが幼なじみの森野。若くして両親を事故で失い、家業の葬儀屋をついで経営している彼女。最新作『WILL』は、その森野が主人公だ。前作から7年後、29歳になった彼女の物語になっている。
「デビュー後、最初の2冊を刊行した時、"死"をテーマにしていると評されることが多くて。自分ではまったく意識していなかったんです。逆に言えば、この程度の"死"ならみんな意識していると思っていました。でもそう評されるならば、一度"死"というものをちゃんとしたテーマにしてみようと思って書いたのが『MOMENT』でした。ただ、あれは死んでいく人と、死んでいく人に寄り添っていく人の話であり、必ずしも"死"そのものを書いたものではなかった。それから7年経って、ではもっと違う角度から書いてみようと思ったんです」
前作は死の向こう側へ送られる者、今作では残される者が描かれ、対になった2冊となった。ただ実際は、続編の執筆を考え始めたのは『MOMENT』発表から3年を過ぎたあたりから。その時と7年後の現在では、作品のイメージはまったく異なるものになっているという。そこには、作者自身の変化が反映されている。
「3年くらい経った頃では、今回のような物語は出てこなかったと思います。その理由はまず、環境の変化として、僕自身が年をとっていくことを否応なく実感する年齢になったということ。30代半ばを超えて身体的にも運動能力的にも変化を感じるようになりましたから。あとは家族を持って子供ができたこと。自分の将来が必ずしも自分だけで完結しなくなったということも大きいと思います」
彼と彼女の7年後
さびれた商店街で零細な葬儀屋を営む森野のところに、大切な人を失った人々が、奇妙な話を持ち込んでくる。幽霊を見た、生まれ変わりに会った、という話を聞いて、死者に関わる出来事は自分の仕事、とばかりに森野は調べ始めるのだ。続編とはいえ、神田ではなく森野を主人公にしたのは、
「神田くんの物語は作者としては前作で "了"を打った感覚がある。あれ以上続けるつもりはなかったんです。それに、"死"を違う角度から書こうと思った時に、葬儀屋さんの視点のほうがいろんな意味で都合がよくて。森野が葬儀屋でなかったら、続編は書かなかったかもしれません。職業として興味がわいたんですよね。死にゆく者を送る方法はどういう形であってもいいだろうけれど、形式を与えることで安定する何かがある。その形式を司っているのが宗教家でも何でもない葬儀屋さんだというところに、妙な面白さを感じたんです」
森野という女性が、なかなか個性的だ。長身で、口調は男っぽくてぶっきらぼう。このキャラクターを生み出した理由は、
「100%、『MOMENT』を書いた当時の自分の好みです(笑)。言葉で説明すると、ロジックと感情を合わせ持っているイメージ。感情に流されることもないし、論理で押し切ることもしない。ある程度自分を客観的に眺めているけれど、その中で占めている感情の割合は決して小さくない、という。人として好ましいイメージを『MOMENT』の中に落とし込んでいったら森野になった。その彼女がどうなっていくかという興味も、『WILL』を書くきっかけだったのかもしれません」
前作では神田視点で森野が描かれたため、その心の内を知ることはできなかった。今回森野の視点で描かれることによって、冷静沈着に見える彼女の、意外と人間味のある部分がうかがえる。それは視点が変わったからだけではなく、森野が成長したから?
「僕自身の変化でもあるのですけれど、若い頃って孤独である自分にあまり痛痒を感じていない。"一人"でいることに特段の重みはなかったんです。ある程度年齢を重ねていって感じる"一人"と、若い頃に感じる"一人"は絶対に違うと思うんです。"一人"である状況と向き合った森野がそこで何を感じるのかを書いてみたかった。今回は、森野を演じながら書いた、というイメージが強いですね。物語を俯瞰するのではなく、22歳だった森野が29歳になったらどんな行動をするのか。彼女の視線で考えていきました」
ちなみに前作のラストで神田はアメリカに留学を決意。それを知って森野は動揺を見せた。二人の間にほのかに漂う恋愛感情をくすぐったく思った読者も多いはず。7年後、神田は一度帰国したものの今はアメリカ在住。定期的に森野に電話をよこし、彼女がいつか自分のもとに来ることを待っているという、なんとも懐が深い大人の男。相変わらず、神田くん、ステキです。
「神田くんを格好よく書きすぎだと言われますね(笑)。でも『MOMENT』の中で成長させて手放した以上、彼にはあれくらいにはなっていてほしいと思うんです」
神田の思いに応えることはせず、葬儀屋の経営を続ける森野。そこに、死んだ父の幽霊が出たという話を持ち込んでくる元同級生、もう一度自分が喪主となって葬儀を行いたいという故人の愛人、死んだ夫の生まれ変わりである少年に会ったという老女……。故人と残された人々、その周囲の人間の関係性が浮かび上がってくる。
「死というものを扱う時、どうしても個人の終わりの死ではなく、人との関わりの中での死を強く意識するようになりました。死者に対してどんな関係性を持ったのか、ということを、バリエーションをもたして書いていこうと思いました」
ただ、その関係性もありきたりではない。元同級生の死んだ父親は母親の再婚相手で、娘たちは異父姉妹。また、故人と長年親密にしていたわけでもない相手が、予想外の情を見せるシチュエーションもある。
「関係性の中で一番身近なのは家族だとは思う。でもそれが昔ながらの家族なのかというと、今はもう、そうではないと思うんですね。例えば、友人に小学生の子供がいるんですが、学校のクラスの3分の1が、親が離婚しているというんです。今の離婚率を考えると、確率として確かにそうなる。親が一人しかいなくても、新しい親がいる場合であっても、そこにある家族もまた家族。血縁関係がすべてではないと思う。家族って何だろうと考える時、僕らは新しい家族観みたいなものを作っていかなくてはいけないし、それは成立できるものだと思うんです。また、他人同士のケースとして希薄な関係性も今回、書きました。ただ、その関係性の中に何かを求めていくしかないと思うんですね」
物語の中の人間にリアリティーを与えたい
話が二転三転し、次第に当初とは違う様相を見せていく手法は、いつもながら見事。
「小説はいつも何も考えずに書き始めるんです。ある程度先の展開が見えてくると、それをどう裏切るか、ということを考えます。最初に抱いたイメージからどうずらすか。例えば1話目では、死者が描いた絵が突然誰かから送られてくるとしたら、それは何だろう、というところから書き始めました。その絵にこめられた意味は、実は後から考えたもの。ただ、この話に関しては、1話目で物語としては落着しているけれど、僕の中には違和感があった。それで、後からまた登場させました」
死者に対しての誤解が解けて解決したと思った話が、エピローグで再び登場し、また真相が覆る。一度はハッピーエンドを迎えたエピソードのどこに違和感を覚えたのか。
「死者をこんなに簡単に理解できてしまっていいの、という違和感ですね。もう一回どこかでひっくり返して、死者の気持ちをもう少し書き込みたいと思ったんです」
単純な心温まる話にはしない。時には、新しい事実が明るみになることによって、登場人物の心の傷がさらに深くなることもある。
「人って嫌だね、とか、人って素晴らしいね、と決めつけるような、どちらか両極に振れた物語は一読者としてリアリティーを感じないんです。僕は物語にリアリティーは求めない。作り物は作り物でいいと思う。でも、その物語の中で動いている人間に対してはある程度リアルな温度を求めたいと思っています」
リアルであれば、辛く悲しい結末だってありうるはず。物語のエンディングについては、どう意識しているのだろう。
「基本的にはすべてハッピーエンドで終わらせているつもり。物語の効用云々を論じるつもりはないけれど、これは単純に好みの問題として、最後まで物語に突き放されて終わりたくないなと思います。読み終えた時に、読者の生活の中に忍び込む何かは欲しい。そう考えると、陳腐な言い方になりますが、ラストにどこか救いみたいなものを書きたいと思うんですね」
本作のラストも非常に印象的。タイトルからは先の行動に対する意志や遺言状といった意味合いを連想させるが、なるほど、この意味も含まれていたのか、と心に染み入ってくる。
社会の中の役割について考える
最近の作品『正義のミカタ』や『チェーン・ポイズン』では、社会に対する眼差しも感じられた。年齢とともに周囲の感じ方も変化している今、執筆題材に関する興味はどこへ向いているのだろうか。
「次に書きたいなと思っているのは家族小説なんです。従来の家族とは違う形の家族を提示していかなければ、今の書き手が家族小説を書く意味はないと思うので。僕らが作っていく家族や、そこにある関係性って何だろう、ということを考えていこうと思います。あとは人が生きていく中でこなしていく役割についての物語を書きたいと思っていて。そこに家族小説も含まれますね。僕は30代そこそこまで、自分にとって世界がどう見えるかが関心事で、世界にとって自分が何者かということはほとんど考えていなかった。それが年齢を重ねて家族ができて、自分が果たすべき役割を考えるようになって。何がしたい、何ができる、から、何をすべきか、ということに関心が移ってきたんです」
もちろん、これからも、謎が二転三転していくという仕掛けを入れ込んでいくつもり。
「エンターテインメントの書き手として当然、小説の中に企みは持ち込みたい。本を読むことは僕にとってはただひたすら楽しみであったので、読者にもただ楽しんでもらいたいし、それ以外要求することはないです。つまらなかったと言われたら、ごめんなさいと言う。それまでです(笑)」
そして、新たな試みも近々にスタート。
「今年末から、集英社の『小説すばる』でシリーズものを書こうと思っています。今回の『WILL』で続編を書くのが初でしたから、シリーズものを書くというのはもちろん、はじめてです。それに原稿のストックがない状態で連載をするというのもはじめて。なので今、大変不安なんです(笑)」
(文・取材/瀧井朝世)
本多孝好(ほんだ・たかよし)
1971年3月8日東京生まれ。慶應義塾大学卒業。94年、「眠りの海」で第16回小説推理新人賞を受賞。99年、受賞作を収録した短篇集『MISSING』で単行本デビュー。2000年、初めての長篇『ALONE
TOGETHER』を刊行。ほかの著書に 『FINE DAYS』『真夜中の五分前』『正義のミカタ』『チェーン・ポイズン』などがある。同時代を見つめる確かな眼差し、独特の感性がきらめくスタイリッシュな文体、静謐で心地よい作風が多くの共感を呼んでいる。今最も目が離せない若手作家の一人
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