人はなぜ物語を必要とするのか
地球の裏側にある小さな村で、反政府ゲリラの人質となった日本人八名。事件発生から百日以上たった頃、犯人の仕掛けたダイナマイトの爆発により彼らは全員死亡。やがて特殊部隊の盗聴テープから、人質たちが順番に自らの体験を語っていたことが明らかに。その様子は「人質の朗読会」と題されたラジオ番組で流されたのだった――。その放送を一夜ごとに再現したのが、本書の内容である。
「最初はそんなに大げさなことを考えていたわけではないんです。ポール・オースターがラジオ番組で一般の人から実話を募集した『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』を素晴らしい試みだと思っていて、あれをフィクションでやってみようと思ったんです。それが“物語とは何か”を考えることになるんじゃないかと思ったんですね。なぜ人々は物語を必要としているのか、作家はそこでどういう役割を果たすのか。答えの出ない問いだとは分かっているんですが」
最近、小説家の役割について考えるようになった、という小川さん。
「昔は書きたいことを書くことで精一杯だったんです。40代半ばを過ぎてから、もうちょっとゆっくりと広い視野で眺めてみるようになりました。小説を書かない人の記憶の中にも、物語はしまわれている。作家は自分の書きたいものを書くことにとどまっているのではなく、記録係として人々の記憶の中にしまわれている物語をみんなが読める形に書き写すような心持ちで仕事をしていかなくては、と分かってきました」
人々が記憶を掘り起こす作業をする状況、ということで今回の設定は作られた。
「日常では必要がないけれど、窮地に立った時に現れてくるという種類の記憶はあるでしょうね。閉じ込められて身体の自由はきかないけれど、頭の自由はきく。そして集まっている人たちはお互いのことをよく知らないという条件を考えました。死者が語る、ということにもしたかった」
それぞれのエピソードの種
人質たちが語る物語は、決して起伏に富んだドラマ性のあるものではない。例えば、「やまびこビスケット」では老婦人と若い女性がアルファベットのビスケットを並べて文字を作るという光景が語られる。
「以前北海道に取材で行った時に、そういうビスケット工場があると聞いたんです。特別おいしいわけではない、でもつわりの人が唯一食べられるというビスケット(笑)。実際に工場を取材したわけではないけれど、それが記憶のどこかに残っていたようです。それと、『猫を抱いて象と泳ぐ』の取材で動物園を訪ねた時、象は毎日同じ歩幅で歩くという話を聞いていたんです。その話とビスケット工場の話がああいう形で結びつきました。まったく無関係だと思っていた経験や素材がパーッとつながる瞬間というのは、喜びでもありますし達成感もありますね」
辰巳芳子さんのレシピ本を参考にしたという「コンソメスープ名人」の話では、
「少年が最後にマグカップをこっそり洗う。書いた後で、秘密を持つことで自我が目覚めて大人になるんだなと気づきました。そうした予測もつかないことが私に感動をもたらすんです。読者の方はまた違う読まれ方をするとは思いますが」
他のエピソードの出発点も意外で楽しい。公民館のさまざまな奇妙な会合に参加する男性が登場する「B談話室」は、
「よくホテルのロビー脇の黒板にその日のいろんな会合の案内が書かれていますよね。時々これは何の集まりだろうというのがある。今回書いた集まりもすべて、本当にどこかで開催されているんじゃないでしょうか(笑)」
少年がぬいぐるみ売りの老人と出会う「冬眠中のヤマネ」は、男の子が老人をおんぶして階段を上るというイメージが最初にあった。さらに、「槍投げの青年」のエピソードは、「世界陸上を見ていいスポーツだなと思い、関西学院の陸上部に取材に行きました。一心に槍を投げている姿を見ているうちに、夕暮れの競技場のスタンドの片隅に座っている女の人が見えてくる気がしたんです」
小川作品らしいそこはかとないユーモア、奇妙な味のスパイスはこの作品でも十分堪能できる。着地点を決めずに書き進めていくなかで、気づいたこともいくつかある。
「この小説の中では、いろんな人が年齢も職業も違う人と出会っている。でも、身の上話をするどころか、あまり言葉は交わしていないんですよね。極端な話、ほんの一瞬の出会いだったりもする。そういうことが書きたかったというのはあるかもしれません。必ずしも深くつきあった人が深く記憶に残るわけではない。たとえ数時間の出会いでも、相手は忘れてしまっているかもしれないけれども、一生記憶に残る人はいる。もうひとつ思ったのが、この人たちは、それぞれの出来事についてはじめて語っているのではないかということ。もしかすると本人も忘れていたのだけれど、この状況の中でなぜか思い出したのではないか、と思うんです」
各話、最後に語り手の職業と年齢が記されている。それぞれのエピソードが彼らの職業に関連していることに気づくと、その記憶がいかに大事なものだったのか、改めて気づく。ところで本書には第九夜まである。人質の数は八人。実は、第九夜には、彼らの朗読を聞いた生者が登場するのだ。
「これも実はいきあたりばったりな話で。連載で第八夜まで書いたところで、編集者からもう一話ぶん書いてほしいと言われたんです。イントロダクションで人質の数は八人としていたので全員語り終わっていたので、それなら生きている人を出そうと思いました。それによって、彼らの物語は死の世界に行ったのではなく、生者がそれを受け取っているという証拠にもなるなと思ったんです」
死者の声を受け止める
最終章ではハキリアリのエピソードが登場する。研究者が、木の葉をかじって巣に運び、それを腐らせてきのこを育てるというハキリアリの生態を少年に語る。すると少年は「ハキリアリはラッキーだね」と言う。「おじさんたちに観察してもらえて。もしおじさんたちがいなかったら、誰もハキリアリの賢さを褒めてあげられないもの」と。もしも盗聴テープがなかったら、個人の物語がラジオで流れることのなかった人質たちと重ね合わせて考えずにはいられない。
「ハキリアリはそれを認めてもらおうと思ってやっているわけじゃない。朗読している彼らも、後世の人に聞いてもらおうと思って語ったわけではないですよね。でもやはり生き残った者はそれを聞いて受け止めることで死者を弔うことになるし、死者が過去に生きていたと証拠を得たことになる。そして今生きている者もいずれ死者になる。結果としてそういうことを書いたことになります」
今は死者となった彼らが語る物語の中に、必ず死の影が存在することも印象的だ。
「書き進めていくうちに、これは死者が死について語っているという、死の二重構造になっていることにも気づきました。死んだ人が死そのものと正面から向き合っているわけではないけれど、死の風が自分の脇を通り過ぎていって、生きている時間の中の一瞬だけ死の気配を感じ取る。たぶんその瞬間は彼らにとってすごく意味のある時間だったんで しょう。そうやって生と死が対等に折り重なっている状態の中で、みんな生かされているのかなという感覚はありますね」
しかし死を認識することは、生のはかなさや空しさを嘆くものではない。
「死を感じる中で、新たな一歩を踏み出して死に向かう。それは悲劇ではなくて当たり前のことですよね。誰もが平等にそうなっている。ここに登場する人たちは年齢も職業もバラバラですが、死という一点においては平等。やがて死んでいくという点では、いちばん最後に登場する彼もまた平等ですよね」
どんな人にでも大切な記憶、忘れがたい物語があるという点でもみな平等といえるだろう。今この時期に本書を読むと、震災で亡くなった人たちにもこうした物語があったと想像してしまう。もちろん、この小説はそれよりも前に書かれたものではあるのだけれど。あえて今回の震災が今後の執筆になにか影響はあるのか訊いてみると、
「たぶん小説が果たさなくちゃいけない役割は、社会がどう変わっても本来は変わらないものだと思うんです。大きな事故があろうと、社会の仕組みが変わろうと、電子書籍が出てこようと、惑わされるべきではないのが、小説を含む芸術ではないかと思います。私自身、今回の震災については非常に衝撃を受けましたけれど、じゃあ書くものが変わるかというと、それはまた違う問題。ただこの先、すべてが流されたここに、かつてこういう人が住んでいたということを書き記しておかないといけない時期がくるとは思います」
衝撃的な出来事があるたびに、現実が小説を超えたという言い方も出てくる。しかし、
「こんなことありえないと思って書いても実は本当にあった、というのはよくある経験。『人質の朗読会』に書いたエピソードも、実際に似たような出来事はあるのでは。以前書いた『原稿零枚日記』も、奇妙なことばかり書いているようで、実はほとんどが本当にあったこと。現実は上回っているこということを分かった上で、小説を書いていますね」
言葉にならないものを言葉に
小川さんからは、そんな現実のごく身近なところやごく微細な部分から小宇宙を見出して物語に昇華させている姿勢もうかがえる。
「基本的に家でじっとしているので、おのずと素材は半径何メートルかから持ってきています。図鑑を見るのも好きですね。いちばん好きなテレビ番組は『ダーウィンが来た!』というNHKの動物番組なんですが、あれは毎週感動します。動物たちがいかに賢くて、人間はいかに馬鹿かということが分かって楽になるんです」
今回の小説でも、先述のようにハキリアリの生態が丁寧に描かれている。
「動物は余計なことをしないんですよね。言語学の先生と対談をした時に、人間には進化の時点で、言葉を使うか使わないかという大きな選択があったはずだというお話があって。言葉を選択した時点で、核を持って滅びる道を選んだことと同じだとおっしゃるんです。しかも賢くも言葉を選ばなかった動物たちを道連れにして。ならば滅びるまでの短い時間、せめて作家として、人間とはこういう生き物だったと記して、次の世界や他の惑星の文化があるか分からないけれど、残しておかなきゃと思います」
言葉を持たなければ、どれほど楽だったか、とも考える。だからこそ、数学やチェスといった言葉を使わないコミュニケーションに惹かれるところもあるという。この意思疎通の形は、この新作にもよく表れている。
「スープを作るだけでこんなに心を通わせることができる。槍投げをしていただけで、あの青年は一生未亡人の心に住み続ける。言葉も携帯もパソコンも挟まずに人間同士は共有感をもてるはず。言葉では説明できないことを、言葉を使って書く。それが最近の私の小説を書く時のテーマになっているんです」
(文・取材/瀧井朝世)
小川洋子(おがわ・ようこ)
1962年岡山県岡山市生まれ。早稲田大学第一文学部卒。「揚羽蝶が壊れる時」で第7回海燕新人文学賞を、91年「妊娠カレンダー」で第104回芥川賞を受賞。2004年『博士の愛した数式』で第55回読売文学賞と第1回本屋大賞を、06年『ミーナの行進』で第42回谷崎潤一郎賞を受賞。そのほかの小説作品に『猫を抱いて象と泳ぐ』『原稿零枚日記』などがある。
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