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 飴村 行さん『粘膜戦士』
 あの時代、日本人はメンツを大事にしていた。
  自分の意思ではどうしようもないものを表してみたかったです。







 グロテスクな描写と意外な展開、ブラックな笑いをちりばめて読者を吸引する飴村行さんの粘膜シリーズ。

 
第二弾の『粘膜蜥蜴』は日本推理作家協会賞を受賞、新しいホラーエンタメとして注目を集めている。第四弾の『粘膜戦士』は驚きのつまった短編集。この不可思議な世界はどのようにして生み出されているのか。


戦慄&大笑のミステリーホラー

 気持ち悪いのにやめられない。残虐なのに噴き出してしまう。そして最後には自由な空想力と緻密な構成力に驚かされる。誰にでもオススメできるわけではないが、不思議な魅力がある飴村行作品。新作『粘膜戦士』は短編集なので、粘膜初心者でも読みやすいかもしれない。日本ホラー小説大賞長編賞を受賞したデビュー作『粘膜人間』から始まる〈粘膜シリーズ〉第四弾で、過去の作品とのリンクもあるが、本書から読み始めてもなんら不都合はない。

「このなかの『石榴』という短編だけは2009年に書いてあって、いずれ短編集を出そうとは思っていましたが、まだ先のつもりでした。でも昨年の3月11日にたまたま仕事の関係で大宮に来ていた時に被災して、帰れなくなったんです。1週間都内の安ビジネスホテルを流浪してから文藝春秋の社内の宿泊施設に49日間住まわせてもらって、結局都内でひとり暮らしすることにして。それでお給金をもらわなくちゃいけないということで連載の話ももらったんですが、まだ精神的にも不安定だったので長編ではなく短編で連載を、と急きょ決まりました。そこで今までの話に出てきたキャラクターを使おう、と思いました。この本のなかでは『石榴』だけが少年の話でちょっと浮いている。他はみんな軍隊が絡む話ですから」

 軍隊という言葉から分かるように、〈粘膜シリーズ〉は昭和初期の日本が舞台。しかし現実世界とは微妙に異なり、カッパが住んでいたり、ナムールという東南アジアの国に蜥蜴の頭を持つ〈ヘルビノ〉と呼ばれる爬虫人間が住んでいたりする。ヘルビノを使用人として迎え入れている日本の家庭も多く、そこに差別の匂いが漂っている。

 震災後に最初に書いたのは第一話の「鉄血」。一人の陸軍軍曹が赴任地ナムールで将校からとんでもない命令を下されて窮地に立たされる。ここでは『粘膜人間』に登場するベカやんらしき人物が登場して「おっ」と思わせる。二話目の「肉弾」は戦地で重傷を負い、人体改造手術を受けて起動斥候兵となって帰還した兄を迎える弟の話。最初は英雄扱いされる兄だったが、ロボットのような彼はおかしな言動が目立ち、ある日村の人々の前で無様な姿をさらしてしまう(ここが抱腹絶倒シーン)。

「これは18歳の時に観たポール・バンホーベンの映画『ロボコップ』をやってみたかったんです。マーフィーという巡査がマフィアの一味に撃たれて、生体部分を改造されてロボットとして蘇る。その設定が巡り巡って『肉弾』になりました」

 英雄が一瞬にして村の笑いものになってしまい、家族も屈辱を味わう。その様子がなんとも皮肉であり、揺れ動く弟の感情の行き着く先も残酷だ。

「そこだけは真面目に書いたかもしれません。特にあの時代、日本人はメンツを大事にしていた。国のためだと言われたらなんでもありで、それを誇りとしている。そこからちょっと外れると100%否定されるんですよね。100点か0点かという、日本人の価値観が如実に出ている。でもこの中に出てくる人って誰も悪くないんです。自分の意思ではどうしようもないものを表してみたかった」

 ちなみにヒントを得た件の映画では、飴村さんにとってのヒーローはロボコップではなく悪役だという。

「マフィアのクラレンスというおっさんです。心底クズで、人を殺して死体を投げる時にCan you fly?≠ネどと、必ず冗談を一言言う。最期も、凄まじい血しぶきをあげているのに笑いながら死んでいくんです。当時18歳だった僕はハートを撃ち抜かれました。その時に観たクラレンスが、20年後、『粘膜蜥蜴』の間宮勝一になりました」




意外な登場人物があちこちに


 09年に雑誌に発表した「石榴」は軍人は登場しない。これは裕福な家庭に育った少年が、爬虫人間を忌み嫌う両親や祖父母の秘密を知ってしまう話。

「これは洋館を書きたかった。自分の家に知らない部屋があってそこに凄い秘密が隠されている。そんな部屋を見つけるというのが、小学生の頃からの夢でした(笑)」

 四話目の「極光」は、陸軍省に忍び込み極秘書類を盗もうとした不審者二名を取り締まる話。尋問のプロである少佐・松本は拷問を受けても平然としている老人に違和感をおぼえる。ここでは松本・清水という『粘膜人間』でもおなじみの拷問のエキスパートが登場。

「この二人はこの世には存在してはいけない人たちですが、いってみれば職責の鬼なんです。情報を聞き出すためには何ものにも惑わされずに相手に激痛を与える優秀な拷問マシーン。ものすごく真面目な二人なので、時代が時代だったら大学教授までいけると思います(笑)。この二人のことは格好いいと思っているんです」

 残虐な行為をどのように生み出しているのか、作者の頭の中が気になるところ。例えば鼻孔から入り頭蓋骨内を食い荒らすニンギリというムカデを使う拷問も登場するが、これは「実際に東南アジアにこうした習性のあるムカデがいて、赤ん坊が死んでいるんです」とのこと。

「拷問方法は実際にあるものと自分の想像と、半々ですね。『粘膜人間』の二章に出てくる水責めは今でも米軍でやっている定番の方法ですが、〈髑髏〉は苦労して考え出したものです。そのまま書くと読者が引いてしまうような拷問もたくさんあるので、僕としては現実を100分の1に薄めているつもり」

 ちなみにこの短編では過去の作品の意外な人物が姿を見せる。初読は緊張感を持って読み進めるものだが、それを知ってから再読すると、また読み心地がガラリと変わるのが痛快だ。

 最終話の「凱旋」では、「鉄血」と同じ人物が登場。彼が山中で世捨て人のような男と出会うのだが、ここでも『粘膜人間』で登場した名前が出てくるのでニヤリ。

「試行錯誤の末にこういう設定になり、結果的に差別される人間の悲哀を感じさせる話になりました。それと、これは絶体絶命になった後、どう展開させるかすごく悩んだんですよ。誰も褒めてくれないんですけれど、なかなかのアイデアだと自分では思っています(笑)」

 そして最後まで読み進めた時、今回の作品集のタイトルがなぜ戦士≠ネのか読者は納得することになる。




極限の笑いが原点にある


 そもそもなぜ、飴村さんはホラーというジャンルを選んだのか。以前書いた脚本も暴力シーンたっぷりだったというが、その時はサム・ペキンパー監督の『わらの犬』が頭にあったという。

「もともとは映画監督をやりたかったんです。小学1年生の時に親父と兄貴と一緒に、生まれてはじめて映画館で観たのが『ドラゴンへの道』。兄貴はそれで空手に目覚め、僕は映画に目覚めたんです。そこからホラー映画を観はじめて、ロメロの『ゾンビ』やトビー・フーバーの『悪魔のいけにえ』といったB級スプラッタに洗脳されて、自分もいずれは撮るんだからと思って人体損壊や犯罪についての資料を見たりしていました。その頃は小説を書くとは夢にも思っていませんでした。とにかく映画がやりたくて、監督が駄目なら特殊メイクのアシスタントでもいいと思っていました」

 さらに、この特殊な世界を生み出したのは偶然だったという。確かにヘルビノが登場するのもシリーズ第二作からだ。

「第一作でカッパが出てくるので幻想の世界に入りやすいという評価をいただいたので、じゃあ次も何かを出そうと思ったんです。最初は妖怪にしようと思ったんですが、しっくりこなかったので自分で作り出しました」

 戦争や軍隊を絡めるのは、

「苦肉の策でした。日本ホラー小説大賞の過去の受賞作をみると『パラサイト・イヴ』は医学、『黒い家』は法律の専門知識を使っている。僕には何の知識もない。でも昔からゼロ戦の話や戦記ものは読んでいたし、映画も『プライベート・ライアン』が好きだった。だからもう戦争ものしかない、と思った。今までなんでこんな無駄な知識があるんだろうと思っていたけれど、それが役立ちました。すべて粘膜シリーズのためだったのか、と思うくらい。打ち首の時は身体が前ではなく後ろにひっくり返るとか、鞠を蹴るような音がするとか。『凱旋』に被甲嚢≠ニいう言葉が出てきますが、これは中学3年生の時に知った単語で、30年くらい使う機会がなかったけれど、ようやく使うことができました(笑)」

 デビュー作の頃から話を二転三転させ読者を意外な場所へと導き、驚きを生むテクニックが見事。それは今回の短編集のように、枚数が少なくても同じ。もともと事前にプロットをきちんと組み立てておくタイプ。

「『粘膜蜥蜴』などはデビューが決まってから初めて書く小説だったから、怖くてプロットを100枚ほど書いてしまいました」

 また、「肉弾」の兄の大失敗シーンのような、黒い笑いが強烈だ。

「ウケをとるために書いたシーンもたくさんありますね。笑いを取りたいんです。でもあまりやるとテレビのバラエティと変わらなくなる。そもそもホラー文庫でもなくなってしまう(笑)。そこは一線を画すようにしているんです」

 本人はどういう笑いが好きなのか。

「今まででいちばん笑ったのは花輪和一さんの漫画『朱雀門』に収録されている『市魚』。1986年の11月に読みました。10歳くらいの女の子とお父さんが暮らす家庭にお嫁さんが来るんですが、それがシーラカンスみたいな女なんです。でも誰もその容姿に突っ込まない。娘もなんか違う≠ニ思いながらも一緒に暮らすと、やがて子供が三人生まれるんですが、頭が人間で下が魚だったり、魚に手足がついていたりする。それで、姉であるその女の子がお守りをするんだけれども……そこからの場面で、もう死ぬかと思うほど笑いこけました。かなり極限の笑いだと思うんですが、それが原点になっています。本人にとってはものすごい状況なのに、傍から見ているとおかしい、という類の笑いですね」




暗黒の10年間を経て


 確かに飴村作品の笑いの場面もみな、登場人物たちはいたって真面目である。さらに、そんな滑稽な場面が急転直下で地獄に変わるような、反転の鮮やかさも作品の魅力。

「僕自身も、一瞬にして見える世界が変わった経験があるんです。僕はバブルの頃に歯科大学に通っていたんですが、周りがマイベンツ、マイジャガーで通学してくるような奴ばかりで。結局中退して、漫画を描いて出版社に持ち込んだり、脚本を書いて応募したりしたんですが、全然芽が出なくて戦意喪失してしまって。そこからダダすべりの日々でした。その頃は大宮で一人暮らしをしながら派遣で工場に勤めていたんですが、大学を辞めてから3年目から10年目までは記憶の区別がない。工場行って帰って弁当食って、という生活をずっとしていましたから。タバコを吸いたいがために働いているような状態で、そのまま安アパートで腐って死んでいくように思っていました。工場での人間関係も凄まじいものがあって、後から人に  訴えたら勝てたのに≠ニ言われました」

 そんな生活を10年続けた後、実家に戻って小説を書き始める。そして苦肉の策≠ナ書きあげたのが『粘膜人間』だったのだ。

「デビューが決まったと連絡があった2008年5月、次の朝起きた時に大げさではなく本当に空ってこんなに青いのか!≠ニ思ったんです。それまでは抑圧されて目にフィルターがかかっていて、色彩すら分からなくなっていたんですよ。町に出たら犬のフンですらキラキラ光って見えた(笑)。パラダイスってあの世じゃなくてここにあるんだと思いました。僕は小さい頃からうちの兄貴には殴られてばかりで一度も褒められたことがないんですが、『粘膜人間』を読んだ兄貴がお前は天才かもしれない≠チて。生まれてはじめて兄貴に褒められました」(『粘膜人間』に出てくる凶暴な小学生、雷太はどうやら兄上が投影されている模様)

 そして今第四弾まで刊行された粘膜シリーズ、今後はどうなっていくのか。

「書けなくなるまで書きますよ。粘膜≠ニつければいくらでもできますから。次は『粘膜乙女』にしようと思っています。寝たきりのおばあちゃんと孫の話なんです。それを書き始めるのは年末になりそうですね」

 それまでは「別冊文藝春秋」や「小説すばる」の連載にとりかかるという。粘膜シリーズはもちろん、また別の世界も広げているところだ。





(文・取材/瀧井朝世)



飴村 行(あめむら・こう)
1969年福島県生まれ。東京歯科大学中退。2008年『粘膜人間』で第15回日本ホラー小説大賞長編賞を受賞しデビュー。第2作『粘膜蜥蜴』が「このミステリーがすごい!」で6位、「週刊文春ミステリーベスト10」で7位、「最高の本!2010」国内ミステリーランキングに続々ランクインする。10年に同作で日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)に受賞。ホラーとミステリーを融合した次代のエンターテインメント小説界を担う新鋭として、今最も注目を集めている。著書に『粘膜兄弟』『爛れた闇の帝国』がある。