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 雀野日名子さん『終末の鳥人間』
  周囲がどう変わってもブレない信念があると、
  結局は形をかえて勝利すると思います。 








 雀野日名子さんの長編小説『終末の鳥人間』がとにかく面白い。さまざまなテイストのホラーを発表してきた著者が今回描くのは近未来、近隣諸国と一触即発状態の日本。しかし主人公は北陸の田舎町で人力飛行機の製作に励む高校生だ。一見噛み合わない舞台設定と人物配置が、とてつもない展開を見せる怪作である。


今日ですべてが終わると思ったあの日

 日本海に面し、大手企業の化学プラントからの税収で財政が成り立っている北陸の町、遠美町。退屈な毎日を過ごす高校生の俊晴たちは、変人扱いされている教師の日暮に弱みを握られ、彼が顧問を務める人力飛行機部に入部させられることに。その一方、日本と周辺諸国の間には不穏な空気がたちこめ、強硬なリーダーシップで革新を進める首相は戦闘準備を進めていく……。田舎の高校生たちの部活動話と、破滅へと進む国家の姿がいつしかクロスオーバーし、度胆を抜く展開を見せる『終末の鳥人間』。

 著者の雀野日名子さんは福井県在住。本書の着想は、ある実体験をきっかけに生まれた。

「2006年の7月に、北朝鮮が日本海に向けてミサイルの発射実験をして騒ぎになったことがあったんです。私が住んでいるのは福井のいわゆる原発銀座から40キロほどのところなんですが、その方角にミサイルを撃っているんだろうなと思いました。近所の人もみんな表に出てきて、ぼーっと空を見上げていましたね。このまま今日の夕食も食べないうちにすべてが終わるかもしれないと思ったら、無性に悔しくなりました。人は普段から災害や事故がいつ起こるか分からないという前提で生きているとは思います。でも、漫画や映画のように、ミサイルが飛んできてすべてが終わるというのは受け入れがたかった」

 その時味わった恐怖や悔しさを、いずれ小説にしたいと考えるように。小松の航空自衛隊や護衛艦、また、外からのみだが美浜原発などを見学したという。さらにその頃、

「たまたまテレビをつけたら鳥人間コンテストをやっていたんです。戦闘機だなんだと新しい技術が開発されていく中で、時代に逆行するかのように人力だけで飛行機を飛ばそうとしている人たちがいる。しかも着地するタイヤもついていないので、最終的には必ず水中にドボン、と突っ込んでいくしかない。それを一生懸命やっている姿を見て“一瞬の美学”を見出したんですよね。ミサイルのような圧倒的な力と、時代を逆行するものを組み合わせて書きたいな、と思いました」

 2008年に作家デビューを果たした後、編集者に原案を話したところ書き進めることを勧められ、この作品につながった。

 雀野さんといえば『幽』怪談文学賞短編部門大賞や日本ホラー小説大賞短編賞を受賞するなど、ホラー作家というイメージが強い。本書の終末+青春の組み合わせは新境地のようにも思えるが、

「自分の中ではつながっているんです。地元の伝説や怪談を書くのは、現在と過去のつながりを考えるきっかけがあったから。それを、現在と未来にベクトルを向けて書いたのがこの小説になります。幽霊や化け物が出てくるようなホラーではないけれど、でも人が目をそむけたくなるような嫌な部分、負の部分に光を当てるのがホラーだと思うんです。今回は将来に向けて、表向きユートピアを装っているディストピアを書きました」




国を滅ぼすものは何か


 小説内の日本では、樫原、通称カッシーが史上最年少の総理大臣となっている。社会派コメンテーターとして行政問題や政治腐敗を糾弾して人気を博し、新党を立ち上げて代表に。しかし当初から彼は日本の国防に熱心な様子。それが次第に人々に受け入れられていったのは、“北”のトップが死んで軍事『最』優先の国へ変貌した、といった背景がある。国内や近隣との情勢が戦争に向かっていく様子、また非常事態となった時の俊晴たちの生活の変貌が、説得力を持って描かれる。他国から攻撃を受ける一方的な被害者ではなく、内側からも崩壊していく日本の姿が実に生々しい。

「カッシーについてはみなさん、ある方を思い浮かべるようですが(笑)、個人を批判する意図はないんです。最初は単に、訳の分からない脅威によって高校生たちが翻弄されていく、ということしか考えていませんでした。でもそれでは漠然としすぎていたので、いろんな方にお話をおうかがいしました。政治や防衛のことについては版元の紹介で憲政史、政治外交史が専門の倉山満先生にお話をうかがうことができました。こういう時に周辺諸国はどう動くか、こういう法律はあり得るか、首相の発言としてこれは考えられるかどうかなど、小説の背景に関してアドバイスをいただきました。その中で思ったのは、日本が滅びることがあれば、それは外国からの攻撃といったことではなく、正体の見えない“みんな”や、“世論”というものに翻弄されて自滅していくんじゃないかということ。実際の日本国民はそんな簡単に振り回されたりしないと信じているんですが」

 その“みんな”、“世論”の怖さは、3・11の震災の後の日々でも感じたことだ。

「自主的に助け合っているうちに出てきた“絆”という言葉が、いつの間にか国のプロバガンダにすり替わったように感じたんです。『これを我慢することが“絆”だ』『今は“絆”が大事なんだから受け入れろ』というように、押しつけがましい、人を苦しめる言葉になってしまったし、国民自身もそれに便乗しているように思いました。そのことから、人々がいいように利用されていることに気づかず、陶酔して自分を見失っていく気持ち悪さを書くことにしました」

 一方、俊晴たち高校生は、身近で不気味な事件が起こりはじめているにもかかわらず、顧問の日暮の指導で淡々と人力飛行機の製作に取り組んでいく。最初は嫌々参加していた俊晴も、パイロットに任命されてからは自発的に体力づくりをするように。飛行機の製作過程なども丁寧に描写されるが、こちらももちろん、取材を行った。

「二人乗りの飛行機について知りたかったのですが、資料らしい資料もなく、大学などの人力飛行機部のブログなども専門的すぎて素人にはわからなくて。2009年は大会が中止になったので2010年に芝浦工業大学の人力飛行機サークルを取材させてもらいました。最初、飛行機を作り始めるところを見学した時、ベニヤ板やペラペラなビニールを切っているので、それで大丈夫なのかと思ったくらい。でも次に民間の飛行場でのテストフライトを観に行った時、組み立てられた飛行機が幅30メートルほどもあって圧倒されました。テレビで観るのと本物ではやはり違いました」

 琵琶湖での2日間の大会にも同行。その時に強く印象に残ったことがある。

「飛行機が飛び立つプラットホームの後ろの砂浜で、みんなチームごとに準備をしているんですが、別のチームがきれいに飛んでいくとみなさん拍手をするんです。一人の方に“悔しくはないんですか”と訊いたら“ライバルといっても敵ではない、いいフライトがあると自分もうれしい”とおっしゃって。それが日暮先生のポリシーとなっていきました」




決して他人と争わない教師、日暮


 顧問の日暮は世間がおかしなことになっても淡々と飛行機づくりを指導する。周囲の嫉妬や嫌がらせ、さらにはパクリ疑惑が持ち上がっても、彼は決して争おうとしない。

「前半、鳥人間にかかわっている人たちは異端視されているんですよね。先生はヘンだし生徒はダメな人ばかりだし。でも、世界がおかしくなってくると彼らのほうがまともに見えてくる。そういう入れ替わり現象は書きたいと思っていました。生徒たちにとっては、部室にいけば変わらない日常があるから、逃げ込むような気持ちもあったと思います」

 日暮が大会を目指すのは、誰かを打ち負かしたいとか、栄光を勝ち取って虚栄心を満たしたいといった欲求からではない。彼はただいいフライト、いい記録を残したいだけだ。

「彼をブレさせないのは、飛行機への愛。周囲がどう変わってもブレない信念があると、結局は形をかえて勝利すると思います。ブレればブレるほど自分も揺らぐし周囲からもつけこまれる。生徒たちにブレないことを教える立場として日暮さんを書きました」

 その思いは生徒たちにも伝わっていく。そして国が絶体絶命の状況に陥った時、少年たちは思いもよらない行動に出るのだ。

 俊晴のまわりにも、国の変化に翻弄されていく人がたくさん登場する。友人のエースケの家は非常事態に国に土地を奪われることになるし、北九州に住んでいたメル友のアヤちゃんも自衛軍に家を明け渡さなくてはならなくなる。俊晴の姉の婚約者、アメリカ人と日本人の血をひくピョン丸は日赤で働く医師であるため駆り出されるが、と同時に両国を母国に持つ彼の心境は複雑なようだ。この中には、有事の際に影響を受けるであろうさまざまな立場が盛り込まれているのだ。また、次第に国にいいように振り回され、家族も離散していく様子が恐ろしい。しかしだからこそ、最後まで望みを捨てない高校生たちの姿が読み手の心を揺さぶる。




故郷と自分、そして小説との関係


 単行本デビュー作の『あちん』を含め、地元を舞台にした作品も多い雀野さん。だが、

「実は愛県心がなくて……。もともと地元を離れたくて大学は県外に進学して、その後戻った後も福井から目をそむけたいがために、まったく関係のないファンタジー小説を書いて応募していたんです。でも、なかなか賞をとれなくて」

 応募していたライトノベルの版元から紹介をうけ、一時期はノベライズなど裏方のライター仕事を引き受けるように。

「それはそれで楽しかったんです。でもやはり自分のオリジナルのものを書きたい気持ちが強くなって、今度はホラー小説を書くことにしました」

 ホラーである『あちん』は福井市だと分かる場所が舞台となっているが、

「町の中心にあるお堀は、かつて空襲があった時に多くの人が飛び込んで亡くなった場所。私の祖母や母もその空襲を体験していて、お堀には行かずに運よく助かった人間なんです。そのお堀のそばに今は県庁が建っていて、なんだか偉そうだなあと感じていました。でもある時、外国人観光客がお堀にガムを吐き捨てたのを見て、亡くなった人たちを汚されたように感じて怒りが湧いたんです。自分の中にも土地とのつながりを意識している部分があるんだと気づいて、それであえて目をそむけていた福井と向き合って書いたのが『あちん』でした」

 福井の怪談を調べていくうちに、気づいたことがある。

「怪談や昔話が現在の県民性とつながっているのがよく分かります。例えば浦島太郎は持ち帰った玉手箱を開けたら老人になったり鶴になったりする話が有名ですが、私の地元のバージョンでは玉手箱にお宝がザクザク入っていたという話なんです。それを見てひがんだ人が役所に密告して玉手箱は取り上げられてしまうんですが、役人が開けたら中から泥しか出てこなかった、という。現代の物質重視、公務員がヒエラルキーのトップという県民性とつながっているように思います。昔話と現代って切り離せないんですね」

 その流れで、『終末の鳥人間』では福井と思わせる場所で近未来を書いたというわけだ。

「地元の人からは、どうして感動的な田舎の話が書けないのか、と怒られます(笑)」

 現在構想中のものは、福井の歴史が絡んでいるという。

「でもなかなか資料が見つからず、進まなくて……。いつ刊行できるか分からないので、今はまだ具体的なことは言えないんです」

 と、具体的な内容は一切明かさない。すでにさまざまなテイストの作品を発表、幅広く書ける力量を示している著者だけに、次作がどんな小説になるのか、大いに期待したいところだ。



(文・取材/瀧井朝世)



雀野日名子(すずめの・ひなこ)
福井県出身。大阪外国語大学卒業。2007年、『あちん』で第2回『幽』怪談文学賞短編部門大賞を受賞。08年、『トンコ』で第15回日本ホラー小説大賞短編賞を受賞。近著に『チャリオ』『太陽おばば』『山本くんの怪難』などがある。