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今月飲むのを我慢して買った本

小手鞠るいさんの『アップルソング』はとても深く豊かで
切実で、壮大なこの物語に出合えたことに心から感謝。

精文館書店中島新町店(愛知)久田かおりさん

 実はお酒に弱い。ビール1杯で軽く酔える。それほど弱いくせに、気の置けない仲間とお酒片手にどうでもいい話で盛り上がる席が大好きだ。なんとムダで楽しい時間! しかし、そんな至福の宴席を2〜3回断ってでも読まねばならぬ本が私の前にぎうぎうと列をなして待っている。

 荻原浩著『二千七百の夏と冬』。あらすじを一言で説明するなら、ダムの建設予定地で同時に見つかった縄文人少年と弥生人少女の骨の秘密とその謎を追う新聞記者の女性の話……なのだが、この古代人たちの置かれていた状況と越えられなかった壁は、今、生きている私たちのそれそのままなのである。クニとは、差別とは、人種とは、という問い。そしてその争いの果てにある悲劇。しかしいつまで繰り返すんだ、人類。

 小手鞠るい著『アップルソング』。これがノンフィクションじゃないなんて! 戦争の炎の中から救い出された孤児、茉莉江の人生は、そのまま日本の戦後の歴史であり、世界の戦争の歴史でもある。今も続く多くの争いと憎しみ、そこから生まれる虚しさと絶望。その悲しい現実から目をそらすことなく、ただまっすぐに記録し続ける、それがジャーナリストとしての「生」。とても深く豊かで切実で壮大なこの物語に出合えたことに心から感謝。

 佐々涼子著『紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている』。毎日何気なく何度も何種類も触っている紙が、ある日突然無くなったら……困る。いや、困るなんてもんじゃない、生活自体が成り立たない。けれど、そんな状態にこの国はなりかけていたのだ、あの年の3月11日に。壊滅的な状態からの復興。言葉にすればたった一言だけど、そこには当事者にしかわからない、というより、わかった気になってはいけない苦しみと悲しみがあったはず。この一冊は、そんな「わかることはできないけれど覚えておかなければならないこと」が詰まっている。震災後の復興を支えた、現場の力、職人の矜持、リーダーのゆるぎない指導力、などの企業の力を記すと同時に、目を背けがちな略奪を始めとした人間のずるさと醜さもきちんと書かれている。「いい話」だけではないこの現実を全ての人へつないでいきたい。

当店の売れ行き30位前後にいる小説

誰もが持っていたあの頃の感情を描いた里見蘭さんの
『藍のエチュード』には、あなたの青春が残っています。

高砂屋書店PAPA上尾店(埼玉)野川茂穂さん

 昔、人気音楽番組の「ザ・ベストテン」にあった今週のスポットライトというコーナー。これから話題になりそうな曲を取り上げ、ヒットに向けて“ひと押し”する企画でした。

 今回、テーマを伺ってイメージしたのがこのコーナーの事。例えが古いですか? これから話題になりそうな本を私も“ひと押し”してみたいと思います。

 最初の“ひと押し”里見蘭さん『藍のエチュード』。

 東京藝術大学の剣道部を舞台に、芸術と武士道、そして恋に揺れる若者たちを描いた青春群像劇です。芸術家の卵たちが創作や進路に迷い、そして恋愛に苦悩します。

「心技体」を重んじる彼らも、人生の「心技体」はバラバラです。しかし少しずつ成長していく彼らに気付けばきっとエールを送っているはず。

 それはこの物語が誰もがあの頃持っていた感情を描いており、自然と心が揺さぶられるからだと思います。あなたの青春がここに残っています。

 次の“ひと押し”白河三兎さん『総理大臣暗殺クラブ』。

 総理大臣の暗殺を目的として作られた政治部。部の個性的なメンバーが、体育祭や文化祭で起きる様々な謎を解決していきます。

 ポイントは彼らが暗殺のために盗聴や掏摸、エアガンなどに精通している事。そのためスパイ映画さながらのアクション、心理戦が繰り広げられます。体育祭なのに。そんな彼らが企てた暗殺計画の結末とは。

 心に闇を持つメンバーたちによるちょっと捻くれた青春ミステリーです。

 最後は“ひと押し”ではなく“体当たり”で吉村萬壱さん『ボラード病』。

 生まれ育った町が忘れられず、長い避難生活から戻ってきた海塚の人々の様子を一人の少女が語ります。初めは町も人も何かおかしいという違和感。そして町の風景が広がるにつれ徐々に不安となり、それは恐怖へと変わっていきます。

 一体何が起きているのか?

 やがて迎えるラストがあまりにも強烈! 主人公の叫びが心に、脳に突き刺さります。そしてそれは私の記憶からずっと消えません。

私はこの本を1日1冊1すすめ

瀧羽麻子さんの『ぱりぱり』は、世界の片隅で
ひっそりと力強く立つ主人公・菫の生き様に圧倒させられる。

中原ブックランドTSUTAYA小杉店(神奈川)長江貴士さん

「男は皆、イカロスである」。意味がわからないだろう。それでいい。気になったら、

竹田真太朗イカロス・レポート』を買えばいいのである。ロードバイクにハマったせいで女っ気のない大学生活を送っている化学科の坂崎基樹は、高校時代の友人から悪魔のような話を持ちかけられる。「人力飛行機を漕がないか?」。鳥人間コンテストを目指す。ただそれだけの物語だ。なのに、この密度はなんだ。この清々しさはなんだ。この迫ってくる熱いものはなんだ。圧倒的ではないか!!

 演劇(ただし小道具を作る人)をやっていた僕は、大学時代のことを鮮明に思い出した。この作品は、誰もが通り抜けただろう、爽やかなだけではない、不純物だらけの「青春」を引きずり出す。カッコイイ奴らだよ、ホント。

『イカロス・レポート』が、集団の個性を描いているとすれば、瀧羽麻子の『ぱりぱり』は個人の個性を強烈に描き出す。

 国語の補習での提出物が教師の目に留まり、高校生詩人として鮮烈なデビューを果たした菫。そんな圧倒的な個性を中心に据えつつ、本書では、菫に翻弄される人たちが描かれる。確かに菫の物語ではあるが、菫は背景にいて、菫にしか出来ない形で存在感を放つ。その存在感に「囚われてしまった人たち」の、僅かに波立つ日常が描き出される。

 こんな風に世界の片隅でひっそりと力強く立っていることが出来るのか。そんな生き様に静かに圧倒させられる。

『ぱりぱり』が、少女の一瞬一瞬を切り取った物語だとすれば、小手鞠るいの『アップルソング』は、数奇な運命を辿った女性の一生を描ききった物語だ。

『怖くはありません。なぜなら私は、炎の中から生まれてきたのです』

 生まれた直後の大空襲を生きのびた茉莉江は、後に世界的な戦場カメラマンとなる。幼い頃から美しいものに惹かれ、必死で手に入れたカメラで美しいものを撮り続けた。その時間の堆積が、いかにして「醜い世界を撮りたい」に変化したのか。その変遷から、一人の女性の世界と対峙する覚悟、未来を希望する祈りが滲み出てくる。「世界の傷」を写し続けた茉莉江の最後の決断を、あなたはどう感じるだろうか?

 

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