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今月飲むのを我慢して買った本

エゴン・シーレの装画と、直球のタイトルが大人の小説に相応しく興味を惹かれた白石一文さんの『愛なんて嘘』。

有隣堂アトレ亀戸店(東京)広沢友樹さん

 秋川滝美さんの『居酒屋ぼったくり』。八人がけのカウンターと座卓を二つ入れるのが精一杯の小上がりの店内で、女店主の美音は家庭で手に入るような身近な食材でも、食べた人の顔に笑みが浮かぶような、「ぼったくり」と言われないような料理をひとつひとつ丁寧に作っています。小さな商店街の一角にあるぼったくりには、そこに暮らす老若男女から、仕事に悩むフレッシュマン、閉店間際に訪れる怪しげな男、はたまた拾われた捨て猫の赤ちゃんまでやってきます。店内で交わされるお客同士の会話や悩み相談、家庭の事情への心遣いは、もはや大きな家族のような温かみのある物語ばかりです。ほろりとくる人情と心の籠った料理、そんな料理に添えられる美音の選ぶ旨い酒を味わうことで、「ご飯を食べると元気が出る」、そんな身体の基本的な営みをもう一度思い出させてくれます。疲れた胃と心をじんわり癒す一冊。

 白石一文さんの『愛なんて嘘』。エゴン・シーレの絵を使った装丁と直球のタイトルはまさに大人の小説に相応しく興味を惹かれました。結婚生活を含めた男女の営みは、一見恋愛として映ります。しかし、この小説に描かれる男女の恋愛には、相手のことや他者とのコミュニケーションが徹底的に排除された「私」だけの強い意志と孤独が先鋭的に貫かれています。自分の心に正直に生きる。その「孤独へと至る病」の過程が克明に記述された白石文学は、唯一無二の場所を照らし、読後に勇気を与えるか、絶望を感じさせるかを私たち読者に委ねています。

 松家仁之さんの『火山のふもとで』。居心地が良く、常連になってしまいそうなお店を見つけた時のような感動を受けた一冊です。メディアから距離を置き、地味ながら時代に左右されない質実で美しい建築を寡黙につくり続けてきた老練な建築家村井俊輔と彼に尊敬の念を抱き、事務所最後の新入所員となった“ぼく”の交流の物語。毎年夏の恒例となっている軽井沢の別荘での先生と所員たちの設計業務の時間のなかで語られる、人間味溢れる建築空間へのまなざしと、軽井沢の大自然の気持ちの良い描写は、まるでその場で深呼吸したような清々しさを読者に感じさせてくれます。松家さんの文章はとにかく美しく、丁寧であり、過不足がありません。そして“ぼく”が彼らと過ごした時間や、設計競技案の制作の緊迫感、事務所の終焉まで、積み重ねられた時間がノスタルジーに彩られていて、大変に素晴らしい小説に仕上がっています。

当店の売れ行き30位前後にいる小説

瀧羽麻子さんの『ぱりぱり』は、主人公の菫に会いたくて目線に触れたくて、ページをめくってしまいます。

TSUTAYA寝屋川駅前店(大阪)中村真理子さん

 当店では、自分の名札にオススメ本のPOPを付けてお客さまにアピールする「名札POP」というものを月替わりに作っています。それぞれ手書きやパソコンで作成したり、選ぶ本も個性豊かで、一緒に働くスタッフのオススメの本は何か、どんなPOPか見るのが私の毎月の楽しみでもあります。その中で、私が名札POPにしたオススメ本をご紹介いたします。

その本の物語村山早紀さん。昔に読んだルルーの物語! という方も少なくないはず。私は残念ながらルルーの物語をリアルタイムで読んではいないのですが、それでも魔法は大人の私にも優しく、まるで自分が本当に魔女のルルーに出会ったような、友達になったような不思議な魔法をかけてくれます。ルルーが完璧な魔女ではなく、挫折や逃げ出したい気持ちを抱えていること。それがルルーの、優しい魔法の秘密なのかもしれません。

わたしの恋人藤野恵美さん。青春とよばれたあのころに忘れてきてしまったんじゃないかと思う、とびきりピュアでキュン!とした淡い恋心。誰かを好きという気持ちひとつで世界はキラキラ、みんなにありがとう!と言ってまわりたくなるような。ふわふわ宙に浮いてる気分……。あの時の気持ちが急にカムバック。死にかけていた恋愛細胞が復活! ニヤニヤが止まらない、楽しい読書時間をお約束いたします。

ぱりぱり瀧羽麻子さん。だれかの才能が羨ましい。きっと主人公の菫が考えていること、感じていることは私には分からない、理解できない。ことばを紡ぐ彼女の目には何が映っているの? 彼女の視線の先を辿ってみて、同じものを見たとしても、私と彼女は違うものを見ているのかもしれない。それを寂しいと思うか、羨ましいと思うか。

 そんな感情ではたとえられない気持ちかもしれない。本を読んでいると彼女に会いたくて、目線に触れたくて、ことばに出合いたくて、ページをめくってしまいます。とにかく、菫に夢中になってしまう本です。表紙もとてもキュートで手触りも最高の一冊です。

 私の作ったPOPがどのような力を発揮しているか、または発揮できるかは分かりませんが、たくさんの方に読んでいただきたい! 気持ちをこめてこれからもPOPを作りたいと思います。

私はこの本を1日1冊1すすめ

1998年に刊行されたものの今回、第1回神奈川本大賞に選ばれた島田荘司さんの『異邦の騎士 改訂完全版』。

紀伊國屋書店横浜みなとみらい店(神奈川)安田有希さん

 わたしは夏、山に登る。今年も準備を着々と整えいざ登山に向かわんとするその数日前、北村薫さん『八月の六日間』に出合った。パラパラとめくるそのページにはこれから登る山の名前が。そして数年前に体験した縦走ルートが。これは運命でしょう! そんな風にして引き寄せられたこの本は、読み進めるほどに山に登っているときの清涼感が漂うようだった。

 淡々と、一歩一歩進んでいく道。その道を歩いていく中で自分は何を考えるのか、どう進んでいくのか。実際に山に登っているときに無意識に感じている自分自身との対峙を、ページを繰るごとにそっくりそのまま思い出した。

 自身との対峙といえば、辻村深月さん『ハケンアニメ!』もまた、違ったところから自分に向き合える一冊。タイトルの「ハケン」は、派遣ではなく「覇権」。その頂上を争うアニメ業界の中で、自分の信じるもの、夢中になれるものを追い求めていく。「仕事」に対する誇り、「作品」に対する愛情、そしてその全てを背負う自分に対する自信。胸を張ってそれと向き合うことは、すごくすごくカッコいい。

 そしてそんな「自分」というものを見失って彷徨うのが、島田荘司さん『異邦の騎士 改訂完全版』。

 冒頭から記憶喪失の主人公を見ていると、「自分」とはなんと曖昧で不確かな存在なのかということに気付かされる。記憶がないということは名前や住所のみならず、自分ならこうするはず、といった嗜好、行動までもが不透明なのだ。案外、「わたしはこうする」と思い込むことこそが存在の証になっているのかもしれない。

『異邦の騎士』は何度か様々な形で出版されているが、この改訂完全版も98年に出たもの。けれどこの度、第1回神奈川本大賞に選ばれた。神奈川本大賞は本自体ではなく、その本に寄せる熱い思い(コメント)によって大賞を決める賞で、今年が栄えある第1回。新刊既刊を問わず、文芸のみというようなジャンルも問わない。県民の熱いコメントの中から、一番その気持ちが伝わったもの、コメントを読んだ方の気持ちを動かした本が大賞になるしくみだ。大賞になったコメントもぜひ読んでみてほしいが、こんなにも人の気持ちを熱くする宝物がまだまだわたしたちの目の前の本棚には眠っているのだ。

 

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