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競馬とジェンダーの問題が一つに繋がった

横田……刊行前のプルーフ本で『風の向こうへ駆け抜けろ』を拝読しました。少しだけ乗馬をしたことがあるんですが、馬は本当にかわいいですよね。

古内……私も元々馬が好きで、何度か乗馬をやったことがありました。下手な私を乗せてくれる優しい馬もいれば、全く言うことを聞いてくれない馬もいて、馬にはそれぞれ個性があって面白いですよね。

長江……最新刊の『風の向こうへ駆け抜けろ』は、新人女性ジョッキーの芦原瑞穂が地方競馬教養センターを卒業したところから物語がスタートしますが、古内さんは競馬にも興味があったのですか?

古内……競馬は全く興味がなくて(笑)。でもある競馬場のレースにだけは必ず勝つ馬がいるとテレビで知り、競馬は馬の個性を活かすスポーツだと思い、興味を持ちました。
 私はデビュー作からジェンダーの問題を裏テーマにしながら執筆しています。競馬について調べていくと、女性ジョッキーは地方競馬で活躍しているものの、中央競馬ではレースに出られない状況だとわかりました。競馬とジェンダーの問題が一つに繋がり、この小説を書くことに決めました。

横田……競馬の知識が全くなくても、とても面白く読めました。ストーリーの中で地方競馬の現状や、競馬の仕組みがうまく盛り込まれていますよね。地方競馬から中央競馬へ上がっていく仕組みなども、わかりやすかったです。

古内……私自身が競馬に詳しくなかったので、執筆の準備に一年ほどかけています。付け焼き刃では書きたくなくて、関連書籍もたくさん読みましたし、競馬場にも足を運びました。競馬小説だと思われて、詳しい人にしか読んでもらえなくなると心配ですが、無知だった頃の私が読んでもわかるように書いたつもりです(笑)。担当編集の方も競馬を知らなかったので、わかりにくいと指摘があったところはよりわかるように修正しました。
 地方競馬でのルールを物語に落とし込むのは、本当に難しかったですね。地方競馬教養センターの教官の方に、地方競馬も主催者によってやり方が違うことなど、詳しく教えていただきました。

きらら……地方競馬で活躍している女性ジョッキーの方にも取材をされたのでしょうか?

古内……ええ、実際にお話を伺いましたが、女性ジョッキーに対する観客からの野次もすごいですし、セクハラに近いことを言われることもあるようです。それでも毅然として、にこにこと観客に接している彼女達をみると、瑞穂のように競馬界で奮闘している女性達は確かにいると感じました。

横田……競馬を見に行ってみたいなと思いました。古内さんは、取材される中で実際に競馬をやられましたか?

古内……何度か馬券を買いましたが、見る時のテンションが変わりますね(笑)。パドックを必死になって見ちゃうんですよ。地方の競馬場だと、馬の息が聴こえるくらい間近で見られるんです。パドックで隣にいたおじいさんに話しかけたら、「競馬なんか全部だめじゃ」と怒鳴られたりして、ちょっと怖い思いもしました。
 レースを見るなら、地方の競馬場がお薦めなのですが、私が小説でモデルの一つにした福山競馬場は、昨年の春に閉鎖してしまいました。実際に取材にいった競馬場が二つもなくなっていて、それだけ地方競馬は経営が厳しいです。

長江……相当な量の資料を読み込まれたと思いますが、ストーリーが先に浮かぶんでしょうか?

古内……私は資料を頭に詰め込んで、細かい設定をしてから書いていきます。プロットも用意しますが、途中で変わってくるので、無駄な作業も多いですね。
 きちんと舞台装置を作った上で、キャラクターに自由に動いてくださいと、全て委ねて丸投げしてしまうんです。時々、自分で書いている気がしないんですよ(笑)。

才能を認められる環境で生き方が変わる

長江……瑞穂が所属することになった緑川厩舎は、「藻屑の漂流先」と揶揄されていて、調教師も厩務員もどこか駄目な人達ばかりですね。調教師の光司は、中央競馬で活躍した元ジョッキーですが、八百長疑惑で騎手を辞めています。

古内……実際にあったある事件をモデルにはしていますが、全くのオリジナルです。瑞穂が中央競馬を目指す上で、どんな調教師が必要かと考えた時に、騎手を経験している光司という人物像が出来上がりました。地方競馬教養センターの方に伺ったところ、中央競馬から地方競馬に来ることは、試験に受かれば物理的には可能だとお答えいただきました。そういったところには、きちんとリアリティを持たせています。

横田……真偽は別にして、一度八百長ジョッキーというレッテルが張られてしまうと、競馬のような狭い世界だと、騎手を続けていくのは難しいんですね。

古内……「競馬サークル」という言葉があるほどですから。騎手が内幕を書いた本も読みましたが、きれいなだけの世界じゃない。巨額のお金が動きますし、馬主との関係も大変なようです。女性ジョッキーを乗らせない馬主もいると聞きました。

長江……幼少期の出来事から喋ることができなくなった少年・誠が印象的でした。彼は馬を見る能力には長けていますね。

古内……物語にリアリティを添えるキャラクターを考えていきましたが、すぐに口の利けない厩務員を出したいと思いました。心に傷があって、人間的には壊れてしまった少年だけれども、馬に対して特異な能力がある。緑川厩舎にいる人達は他人に無関心なので、そういう誠も溶け込めるんですね。

横田……彼が過去に経験した出来事を読んで、言葉を話せなくなるのも仕方がないと胸が痛かったです。

古内……つらい過去を背負ってしまった子どもの中にも、隠れた才能を持つ人がいっぱいいると思うんです。それを認められる環境にあるかないかで、彼らの生き方も変わってくるように思います。

長江……物語の前半では、彼の心の内がわかるような描写がほとんどないですね。

古内……その頃は、彼自身、人間に対して全く興味がなく、伝えたいものも生まれていない状態。だんだんと信頼される側になって初めて、このままじゃいけないと気づき、他者に伝えたいことも出てくるキャラクターに変わっていきました。

お互いの祈りが通じる時があったらいい

長江……瑞穂を勝たせるため、一念発起した光司は、安くて丈夫で若い馬を探し、二歳馬のフィッシュアイズを見つけてきます。フィッシュアイズは、厳しい調教で傷つけられ、人嫌いになっていました。そんなひどいことをする人がいるんですね。

古内……風で飛んできたビニール袋に驚いたりするほど、馬はとても臆病な動物で、敏感なあまり人を蹴ってしまうこともあります。そんな馬を無理に調教する人もいるようです。でも実際にお話を聞いた厩務員の方達は、絶対に馬が悪いとは仰らなかったです。馬の嫌がることを自分がわかってあげられなかったからだと。

長江……緑川厩舎に在籍する年老いたツバキオトメは、レースで勝とうと必死で走っても、いい成績を残せない馬でした。でも心に傷を持つフィッシュアイズが来た時に、毅然と窘め、見守る姿がよかったです。

古内……ツバキオトメの元ネタになっているのは、アメリカの伝説的な調教師であるモンテイ・ロバーツの本です。その本で知ったのですが、野生の馬は、年長の牝馬が若い馬をしつけるんです。ツバキオトメは、他の厩舎ではとてもレースに使えるような馬ではないのですが、フィッシュアイズを教育することで実力を発揮します。

長江……女性ジョッキーが乗る上に、無名の傷ついた馬の馬主になってくれる船井は、とてもいい人でした。いつもどこか自信がなさそうな話し方ですが、彼が出てくるとほっとしました。

古内……私も船井さん、好きです。でも、実際には競馬を経済とは思わず、本当に馬好きで趣味として馬主をしているような人は、競馬界の上にはなかなかあがってこられないようです。

横田……少しずつ瑞穂とフィッシュアイズの気持ちが通っていく様子がよかったです。一緒にレースに出るうちに、フィッシュアイズの目や耳の動きで、フィッシュアイズの思っていることに気づいていく。こんなにわかりあえる馬と出会えたらいいですね。

古内……馬を擬人化したくはなかったんです。馬には馬の、人には人の気持ちがある。でも落馬した騎手を馬がかばおうとすることもあると聞いて、全く同じ思いではなくても、お互いの祈りが通じる時があったらいいと思いました。

長江……瑞穂はフィッシュアイズと中央競馬を目指していきますが、地方競馬から中央競馬を目指すことはよくあるのでしょうか?

古内……実際に地方競馬から桜花賞を目指した馬が何頭かいます。中央競馬へ進む馬が、どういうローテーションでどんなレースを経るのがよいのか、調教師の考えがデータとして残っていて、参考になりました。

きらら……瑞穂がフィッシュアイズと挑む大きなレースのシーンは、臨場感があり、夢中になって読み進みました。

古内……今はネットでレースを何度も見られるので、好きなレースを何度も見て、作中でのレース展開を考えました。ビデオを見ていると、競馬場によって、レースでの勝ち方が違う。やっぱりその競馬場をしっかり勉強しているジョッキーが勝ちますね。

本を読んでいて幸せだと思う瞬間がある

長江……中央競馬を目指すことで、緑川厩舎が一つにまとまっていくのがいいですね。厩務員のゲンさんが誠に、「自分達の家族はだめだったけれど、これから先は違うかもしれない」と言っていたのには、ぐっときました。

古内……この厩舎には、家族のいない人達が集まっています。血縁関係になくても、瑞穂や誠は、厩舎の子ども。光司に大黒柱としての自覚が育っていけば、これからの緑川厩舎はいい方向に進んでいけると思います。

横田……緑川厩舎の人達は、いわゆる底辺の生活を送ってきましたが、心に傷を負っているぶん、他者に優しくなれる。人生の回り道は、無駄じゃないですよね。挫折をした人のほうが、人間的に成長できるんだなと思いました。

古内……この小説は、自分のことをちょっとだめかもと思っていたり、自分の居場所を探している方達に読んでほしいです。どんなに苦しいことがあっても、そのだめな状態がずっと続くわけじゃない。きっと前を向いて生きていけるという願いを込めて書きました。
 今年は午年なので、この本でみなさんにもいいスタートダッシュを切っていただけると嬉しいです。

きらら……最後に書店員のみなさんに、ひと言お願いします。

古内……たくさんの本がある中、私の本を読んでいただき、また本を読者に届けていただき、ありがとうございます。書店は知識の宝庫。執筆のために関連書を調べていると、幸せだなあと思う瞬間があるんです。読者としても書き手としても、書店員さんに感謝しています。

 

(構成/清水志保)
 

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