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いろいろなタイプの小説にチャレンジしたい

新井……五年ほど前に、「きらら」の作家さん対談で原田さんとお会いした際に、いつか「ロマンシエ」というタイトルの小説が書きたいと伺いました。フランス語で小説家を意味する「ロマンシエ」というタイトルを聞いただけでも、なにか面白いものになりそうだという予感はあって、今回、一冊にまとまったものを実際に読むことができて嬉しかったです。

原田……ありがとうございます。当時はかわいいモノが好きで、同性が恋愛対象のイケメンを主人公にすることしか決まっていませんでした。あれから日本とアートを通じて交流があるパリに通う機会が増え、パリを舞台に現代アートの魅力に触れた小説を執筆することになりました。

佐伯……今まで原田さんの作品はシリアスなものが多い印象がありましたが、『ロマンシエ』では冒頭から主人公の美智之輔の砕けた言い回しが目立っていて、実は原田さんはこのテイストのほうがお好きなのかなと想像しました。

原田……私自身、言葉遊びやお笑いのノリも大好きで、もしかしたら八割くらいが美智之輔に近いキャラかもしれません。『ロマンシエ』では美智之輔の独白の形をとっているので、彼の心理がそのまま小説に現れています。若いのにどこか昭和的な感性を持っていて、シュールな笑いが自然と出てくる。『ロマンシエ』は書いていてとても楽しかったですし、自分でも読み返して何度も笑ってしまいました。

新井……原田さんのまた違った一面を見て、愛読者の方々はそうとう驚かれるでしょうね。

原田……私は好奇心が旺盛なほうですし、毎回いろいろなタイプの小説にチャレンジしたい気持ちが常にあります。近年、『楽園のカンヴァス』をはじめとしたアート小説を手を替え品を替え発表して、私の作品のファンも定着してきた手応えもありました。今年でデビュー十年を迎えたこともあり、みなさんにそろそろ『ロマンシエ』のようなラブコメディーも受け入れていただけるように感じています。

現代アーティストと一緒に歴史を作っていく

佐伯……アーティストを夢見る美智之輔は、日本の美大を卒業後、パリに留学したものの、希望していた美術学校とは違う美術専門校に通っています。カフェでアルバイトしながらフランス国立高等美術学校への入学を目指していますが、彼のように異国で奮闘している日本人は多くいるのでしょうね。

原田……外国に留学すると、自分がその国ではマイノリティである現実に突き当たって、なにかしらの孤独と闘うことになります。美智之輔のように容姿が端麗であっても異国に行けば、ただの異邦人であることに変わりはありません。パリでがんばっているクリエイターの知り合いがたくさんいるので、彼らの奮闘記を小説に書き留めたかったですね。

新井……美智之輔はファッションにも詳しく、お洒落なブランドや、パリの有名レストランも作中に多く登場します。美智之輔おすすめのパリガイドブックとしても楽しめて、地図で場所を確認しながら読みました(笑)。

原田……今までは華の都といわれ輝いていた19世紀末から20世紀初頭のパリを研究して描いていましたが、現代のパリこそ本当にきらきらしているので、『ロマンシエ』では本腰を入れてパリの「今」を盛り込んでいます。観光スポットは出てきませんが、日常的なフランスの魅力を表現したくて取材もしましたし、美智之輔たちが訪れるノルマンディーのドーヴィルにも足を運びました。パリに恋した私がパリへの想いを『ロマンシエ』に詰め込んでいます。読者には美智之輔と一緒にパリの街を駆け抜けていただきたいです。

佐伯……美智之輔は、偶然、羽生光晴というカリスマ小説家に出会います。彼女は人気ハードボイルド小説の書き手でありながら、世間では性別も年齢も不詳、あまり多くを語らない謎めいた存在でした。

原田……彼女は言葉を大切にするロマンシエなので、たまに発言するエッセンシャルな言葉に重みがあります。言葉よりも先に行動で示す人でもあって、だからこそ美智之輔たちの心を解きほぐしていく。光晴はこの作品のもう一人の主人公なので、メッセージを発する使者のように描くことで、彼女がどんどん魅力的な人物になるように描きました。

佐伯……光晴は訳あってリトグラフ工房「idem」に匿われています。原田さんはどうして実在するこの工房を作品に登場させたのですか?

原田……パリの現代アートシーンを追っていったときに、偶然、「idem」という場所に出合いました。この工房のオーナー・パトリスがよく言うように、訪れたアーティストがみんなひと目で恋に落ちてしまうような素敵な場所で、いつも現代アーティストが職人たちとリトグラフを作っているライブ感がそこにはあります。プレス機から出てきたばかりのフレッシュなリトグラフが生まれる場所「idem」を舞台に、「ロマンシエ」というクリエイターである私も小説を書こうと思い至りました。

新井……その工房では広報担当の日本人女性・サキが働いていて、彼女とともに美智之輔は光晴をサポートしつつ、リトグラフの制作を行うことになります。それまでリトグラフの知識がほとんどなかったのですが、『ロマンシエ』を読みながらいろいろと調べてみたりしました。

原田……リトグラフは版画の一種で、石板に実際に文字や絵を彫るところから始まります。私も実際に石板をかりかりと彫ってリトグラフを作りましたが、とても面白かった。リトグラフの良さは、本物のアーティストが手掛けた作品が十万円くらいから手に入れられること。気に入った現代アーティストのリトグラフを手に入れて、自分の暮らしに彩りを添えることもできます。
 同じ時代で呼吸している現代アーティストの作品に触れることで、一緒に歴史を作っていくことができますし、アートを好きな人が増えれば増えるほど、アートは守られていく。それは小説も同じで、読んでくださる方たちが面白かったと誰かに薦めることで、もしかしたら十年、百年後もその作品が残るかもしれません。アートでも小説でも素晴らしいものを次の世代に残していけたら、これ以上素敵なことはないですし、私はいつもそんなことも夢見ています。

作品の中に深いメッセージを秘めています

新井……美智之輔は結局、二度目の受験にも失敗し、大学時代の同級生・高瀬君には想いを伝えられずに悩んでいます。美智之輔の恋愛パートではいつしか彼の恋を応援している自分がいて、どんどん彼の気持ちに寄り添っていました。

原田……高瀬君は鈍感すぎて、美智之輔の気持ちにまったく気づかないんですよ(笑)。美智之輔の恋がどんな結末を迎えるのか。みなさん、予想しながら読んでいくうちに、彼に同化していくでしょうね。

佐伯……一方、光晴は人気小説の新シリーズをスタートさせておきながら、断筆宣言をします。自由に小説を書きたいのにさまざまな理由で書けなくなってしまった彼女には、どこか美智之輔と重なる苦悩がありますよね。うじうじと悩んでいる美智之輔に、そんな光晴が「君が叫んだその場所こそがほんとの世界の真ん中なのだ」と励ますからこそ、言葉に大きな力がありました。

原田……光晴の言葉は、孤独を感じている人たちに向けたメッセージです。叫びでも囁きでもいい。声を出した途端に、それぞれの存在が認められる。コメディータッチで明るく笑って読める小説ですが、『ロマンシエ』には裏に深いメッセージを秘めています。ぜひ美智之輔と一緒に、光晴からのメッセージを受け止めていただきたいです。

新井……パリに高瀬君がやってきたことで、物語はさらに大きな展開を迎えます。なんと作中に出てきた「idem」の展覧会が、実際に開催されるという本邦初の試みに繋がりますが、これは本当にびっくりしました!

原田……書き進めていくうちに、「idem」のリトグラフ展を実際に開催する企画を思いつきました。生きているアーティストと生きている「idem」という場所があってこそ、ビビッドに実現できる展覧会。私が描いたフィクションの世界で起こることが、現実世界に飛び出してくるという奇跡を、みなさんと共有できたら楽しいじゃないですか。小説の連載の終了と展覧会の発表時期を逆算し、プルーフ本や単行本のスケジュールと展覧会の開催のタイミングを合わせるため、「ここまでやるか!」というくらい全て調整し尽くしました(笑)。

きらら……その展覧会のタイトルが、光晴が美智之輔に伝えたメッセージでもある「君が叫んだその場所こそがほんとの世界の真ん中なのだ」。すぐにはちょっと覚えられないくらい長いです(笑)。

原田……羽生光晴と原田マハのダブルクレジットで展覧会のタイトルを付けさせていただきました。展覧会のポスターやチラシを目にされたときに、メッセージとしてキャッチしてほしかったんです。

佐伯……『ロマンシエ』の装幀もアート作品のような佇まいがありますが、プルーフ本では連載の扉絵を描かれた漫画家・みづき水脈さんのイラストを使われていました。あちらも小説の内容ととても合っているように感じましたが、これでいこうとは思われなかったのですか?

原田……プルーフ本は最初に書店員のみなさまにお届けするものなので、小説の雰囲気を大事にしました。ただ今回、内容がコミカルなので、逆にギャップを持たせて70年代の美術評論書のように見せたかった。単行本の装画は、作中に出てくるジャン=ミッシェル・アルベロラに描きおろしていただきました。リトグラフ作品ではないのですが、彼の装画も「idem」の展覧会に飾られています。

佐伯……小説を読んで展覧会に行くと、「ロマンシエ」の世界に浸れますね。

原田……実は作中にあるように展覧会の図録にもある仕掛けを施しています。『ロマンシエ』を読んで「idem」の展覧会に行って、さらに図録も手にしていただけるとこの「ロマンシエ」の世界観を存分に味わえるはずです。五年前から書きたかった小説が、その間に私が体験したことを吸収して、本当に忘れがたい一冊になりました。
  この小説では、異国で闘う孤独なクリエイターたちが登場しますが、決して孤独な「物語」ではありません。小説を書くことは、一見、孤独な作業ですが、光晴に美智之輔という存在がいたように、応援して本を読者に届けてくださる書店員さんがいるから、ロマンシエは孤独ではない。私がライブ感を持って書いたこの小説を、みなさんと分かち合えたら嬉しいです。

 

(構成/清水志保)
 

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