採れたて本!【歴史・時代小説#47】

日本の近世文学の研究者で、井原西鶴の研究書、現代語訳を発表している中嶋隆は、元禄時代の島原を舞台にした「廓の与右衛門 恋の顚末」で第8回小学館文庫小説賞を受賞(刊行時に『廓の与右衛門 控え帳』に改題)した作家でもある。大学教授との兼業だったため寡作だが、弾圧が続く江戸初期を生きた二人の女性キリシタンを主人公にした『はぐれ雀』、補陀落渡海を題材にした『補陀落ばしり物語』などの傑作を発表している。
その新作は、サブタイトルの「西鶴をつむぐ」からも分かるように、『世間胸算用』『男色大鑑』といった西鶴作品をモチーフにした短編集である。だが単なる現代語訳や翻案ではなく、西鶴の作品から現代人も共感できるエッセンスを取り出し普遍的な物語に仕立てている。その意味で本書は、研究者と作家の二刀流を行っている著者でなければ書けなかったといえる。西鶴が好きな読者は、原典を考えながら読むのも一興だろう。西鶴に詳しくない読者は、多彩なジャンルを収録した珠玉の短編集として楽しめる。
金魚の飼育が生甲斐の男が、自分も馴染みだった遊女を身請けした男が身請け金の負担で分散(破産)したと知る「帰り花」、小資本の銭両替の家に生まれ、大資本が必要な本両替になれという母の言葉に呪縛された男とその妻の人生を追う「子捨て乳母」は市井もの。微禄の直参旗本が酒毒で左手が不自由になり、看病をしている娘に縁談が持ち上がるも当の旗本の奇行で流れてしまう「棒振り虫」、藩主の妾腹の息子で粗暴な若君と傅役として若君に仕える藩士の息子、二人の成長を描く「山の端の月」、男色相手の小姓に苦痛を与えたくなる性癖を持つ主君と、その主君の寵を競う小姓たちの愛憎劇が展開する「母の唐傘」は武家ものになっている。このように、バラエティ豊かな9篇が収録されている。
農業生産量が増え余剰分が市場に流れて大都市が繁栄し、貨幣経済の発達で商業・流通業が拡大し大資本が生まれた元禄時代を生きた西鶴は、資本経済の発展が武士、商人、男と女の価値観、倫理観を変容させた現実をとらえていた。その精神を受け継ぐ本書も、過去の選択を悔いる、親の価値観に縛られる、生きるために嫌でも職場で働くなど、自由が制限された封建社会で資本主義の黎明期だった江戸でも、高度資本主義の現代でも変わらない日本人の心性を掘り起こしていくので、必ず共感できる登場人物が見つかるのではないか。「小春の桜」に出てくる体臭が強い男の境遇には、身につまされる読者も少なくないように思えた。
「子捨て乳母」には「邪心をもって、この丁銀を扱うたなら、損しても儲けても、ただ心が苦しゅうなるだけや。儲かれば儲かったで、いずれ銀に我が身が食いつぶされてしまうで」という台詞がある。この一言は、ビジネスの世界で生きるすべての人が胸に刻むべきではないだろうか。
評者=末國善己






