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◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第235回
 志鶴は息を吸った。「──お約束どおり、今度は法律の話をします。冒頭陳述でもお話ししたとおり、被告人が間違いなく有罪であると検察官が証明しない限り、被告人は無罪とされなければなりません。検察官は国を代表しています。国家権力や、膨大な税金や、多数の捜査官や取調官という強大なバックを持っています。一方、訴えられている側の増
英国つれづれ第8回バナー
椅子から立ってみると、彼女が両手に大皿を持ち、キッチンからダイニングへ移動しているのが見えました。今度こそ、運ぶくらいのお手伝いは……と思ったのですが、ランチは大きなお皿一枚に全部盛りでした。あとは、水道水を満たしたグラスとカトラリーを置けば、テーブルセッティングは完了。特にお手伝いは必要ありません。しょんぼり。「昨日
作家を作った言葉〔第15回〕櫻木みわ
 びわ湖のなかの島に住んでいる。車も信号もコンビニもない、人口二百五十人ほどの小さな島だ。去年の冬にひょんなことから住み始め、いつまでいるかもわからないまま、島の文化や高齢者たちの話に惹かれて暮らしている。島から対岸には定期便で運航している通船が出ていて、片道十分ほどで行き来ができる。いまは観光客も多いけれど、二十五年
大どんでん返し第28回
第28話 紺野天龍「筋肉は裏切らない」  男、御堂筋肉太郎、四十二歳──我が世の春が来た。「ナイスバルク! ビッグブラザー!」「キレてるよ! 親の大胸筋が見てみたい!」「そこまで仕上げるために眠れない夜もあっただろう!」一身に降り注ぐ大声援。俺は次々にポージングを決めてそれらに応えていく。さらに沸き上がる乗客たち。もは
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第234回
 綿貫絵里香さんの事件で検察官が示した証拠①増山さんの自白及び供述調書②17年前の増山さんの逮捕記録③現場に落ちていた煙草の吸い殻のDNA型「まず②。十七年前の増山さんの逮捕記録が何の証拠にもならないことは、先ほど証明しました。残りの二点を考えてみましょう。冒頭陳述で私は、われわれには解決しなければならない問題が二つあ
ハクマン第103回
数日前に税理士から確定申告が完了したので決算書などを取りに来いとの連絡があった。確定申告提出の締め切りは3月15日なので、締め切りの10日前に提出どころか全てが終わっているという状況だ。漫画で言えば、締め切りの1年前に原稿を提出し、掲載の半年前にネットに全部流出するぐらい仕事が早い。片や今、この原稿を催促を受けてから書
# BOOK LOVER*第15回* EXIT りんたろー。
 初めての著書『自分を大切にする練習』を執筆し、発売日を迎え、インタビューをたくさんしていただき、べらべらしゃべり。ひと通りアウトプットを終えたらむくむくとインプット欲が湧いて、読書好きの妹に「何か面白い本はないか?」と聞いて薦めてもらったのが、赤染晶子さんのエッセイ『じゃむパンの日』でした。この本の中で書かれているの
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第233回
 先ほどのショックはまだ尾を引いている。ポケットの中のシリコンバンドを握った。篠原尊(しのはらたける)のことを思い出せ。星野沙羅のことを思い出せ。田口に聞いた藪本廉治のことを思い出せ。これまで冤罪によって地獄に突き落とされていった数々の被害者たちのことを思い出せ。巻き込まれて同じように人生を狂わされた人たちのことを思い
英国つれづれ第7回バナー
プレゼントを渡してさっと失礼するべきだったのかもしれませんが、私は結局、のこのことお家に上がり込み、お茶をご馳走になることになってしまいました。明るく、当たり前でしょって感じで招き入れてくださったことが、勿論いちばんの理由なのですが……。イギリスの一般家庭、その中でもうんと素敵な部類であろうこのお家の中を見てみたい。目
乗代雄介〈風はどこから〉第1回
第1回「野生動物に会いに行こう」 7月末の平日の朝、JR木更津駅から1時間に1本のJR久留里線に乗りこむ。窓を縁取るような青と緑に黄色いドアのカラフルな車両。いわゆるローカル線で日中は1両編成の時さえあるが、朝は通学のために車両が増え、この時は3両編成だった。もう夏休みのはずなのに学生が多い。部活にしてはみんなスクール
辻堂ホームズ子育て事件簿
「子どもと色、色と性差」2023年2月×日 「いこうよ、いこうよー」「今は赤信号でしょ。赤は、とーまーれ。行けないの」「うえぇぇぇぇぇぇん」半年前に引っ越してきた旧祖父母宅のあるこの街は、基本的に車社会だ。保育園の送り迎えも、買い物などの用事の際も車で移動するのだけれど、3歳になったばかりの娘はどうも信号で止まるのを非
日本語「再定義」バナー
【名詞「外タレ」】「外タレ」とは「外国人タレント」の略称であるが、正式名称よりもモノゴトの本質ニュアンスを突いた単語という印象を受ける。その本質とは、 ・ちょっとやそっとでは真似のできない語学力・ちょっとやそっとでは真似のできない表現力 ・ちょっとやそっとでは真似のできないインチキくささ に対する羨望と揶揄のミックスだ
 傍聴席がどよめき、記者たちが何人も法廷を飛び出していった。増山が呆然と目と口を開いた。信じられないという顔をこちらに向けた。傍聴席で文子が手で口を押さえようとした。顔が蒼白(そうはく)になっている。志鶴は唇を引き結んだ。都築とも相談し、覚悟していたつもりだったが、膝が小刻みに震えるのを抑えることができなかった。弁護士
ハクマン第102回
そろそろ催促が来るだろう、と思いながら今この原稿を書いている。いつもは来てから書いているので今回は著名人が死んだときのウィキペディアンぐらい仕事が早い。毎回催促を受けて「今からやろうと思ってたのに、完全にやる気なくしたわ」と部屋が汚い中学生ムーブをする前に書けば良いのではないか、と思うかもしれない。しかしこの仕事は余裕
あさのあつこ『神無島のウラ』
神話と現実と トカラ列島の真ん中に位置する悪石島。そこに渡るために鹿児島港から〝フェリーとしま2〟に乗り込んだのは、2019年5月31日の夜だった。悪石島のボゼがユネスコの無形文化遺産に登録された、その記念ツアーに参加したいと思ったからだ。別にゲストとして招かれたわけではなく、ボゼという異形の神に強く惹かれ、是非とも逢
吉村栄一『坂本龍一 音楽の歴史 A HISTORY IN MUSIC』
目を瞑って、龍をなでる。『坂本龍一 音楽の歴史』について 2009年ぐらいから、坂本さんにはその音楽作品をまとめた包括的なディスコグラフィーを作りたいという話をしていた。これまで世に出たレコード、CDなどを網羅し、代表的な作品についてはあらためて語っていただくという形で構想していた。幸いにもそれに賛同いただき、では、自
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第231回
17 六月三日。増山の第八回公判期日。能城が開廷を告げた。傍聴席には今日も文子の姿があった。「本日は公判期日の最終日となる。検察官による論告・求刑と被害者参加人による意見陳述、弁護人による最終弁論、被告人による最終陳述が予定されている。だがその前に──検察官、弁護人、前へ」志鶴と世良が法壇の前に進んだ。「昨日、裁判員を
岩井圭也『完全なる白銀』
「冬のデナリを登る人」 「女性と登山」という組み合わせを着想した原点は、おそらく母と妻にある。母は若い時分、日本アルプスの山小屋に住み込みで働いていたらしい。しかしながら、息子である私には登山の経験がない。登山の楽しみはどこにあるのかと問うと、母は「なんでやろなぁ」と毎度とぼけていたが、その顔は昔を懐かしむようであり、