読みもの

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◇ショートストーリー◇稲田俊輔「キッチンが呼んでる!」連載第13回
第13話 2日目のハンバーグサンド 本とノートを彼女に送らねばならない。ノートはともかく、本は今やってる仕事にもすぐに必要なはずだ。その準備をしようとしたが、宅配便の送り方が実のところよくわからない。コンビニからでも送れることはなんとなく知っているが、そのためには「梱包」というものが必要なはずだ。宅配便を送ったことは無
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大どんでん返し第17回
第17話 結城真一郎「昼下がり、行きつけのカフェにて」 「──で、夏海に相談っていうのはね」凜と顔をあげた彼女の黒髪が、肩口のあたりでふんわりと揺れた。店内BGMやキッチンの喧騒が遠ざかり、コーヒーカップに伸ばしかけていた私の手は止まる。なんだろう、と紡がれる言葉に耳を澄ます。「ストーカーされてると思う」「えっ!?」「
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作家を作った言葉〔第5回〕李 琴峰
 文学を志し始めた十代、様々な作家を読み漁った。中でも張愛玲に惹かれた。正直、彼女の小説は当時の自分には難しかったが、いくつかの名言が印象に残った。「有名になるのは早いに越したことはない」。中国語圏を代表する女性作家もそう言っているのだ。その言葉は十代の自分に深く刺さった。実際、張愛玲はかなり早くから文名を揚げた。十八
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第191回
10 江副と南郷は退廷し、二人が座っていた傍聴席は空席になっている。今日三人目の証人は今井克人(いまいかつひと)。増山が勤めていた新聞販売店の店長で、検察側証人だ。皺が目立つスーツを着た痩せた中年男性で、顔は土気色がかっており、髪の毛には寝ぐせが残っているようだった。主尋問には青葉が立った。まず青葉は、増山が日頃からジ
若松英輔「光であることば」第12回
学びと勉強 足掛け四年勤務した大学を辞めた。最初から腰掛のつもりだったのではない。前職に区切りをつけた転職だった。十五年ほど前に起業した会社の負債を完済したうえで、経営のバトンもしかるべき人に渡して、大学の門をくぐった。環境を整え、決意を自分に言い聞かせようとしたつもりだったが、それでも辞職の決断をしたのにはそれなりの
# BOOK LOVER*第5回* けんご
 大学3年の夏。鬱陶しいほど暑い夏。身体も心も腐り切った夏だった。小学3年から野球を続けていた僕は、13年目にして努力を忘れていた。やる気は皆無だった。何かと理由を付けて練習をサボる毎日。それがどれだけ恥ずかしいことか、この文章を書きながら痛感している。当時から、小説を読むのは好きだった。暇があれば書店に足を運び、学生
乗代雄介『パパイヤ・ママイヤ』
もっと光を! 小説の舞台である小櫃川河口干潟は、木更津駅から十分ほどバスに乗り、そこから徒歩で三十分という場所にある。足を運びやすい場所ではないが気に入って、手帳によると二十回行ったらしい。潮の満ち引きが見たくて朝から出向き、風景を書きとめ、蟹と戯れ、ゴミを漁り、飲み食いし、浜で遊び、昼寝して、夕焼けを見て帰る。一日い
◇長編小説◇白石一文「道」連載第24回
9 二〇二一年十一月一日月曜日。揺れに先に気づいたのは渚だった。「あなた、地震」という声で功一郎は目を開けた。最初は目が回っているような感じだった。意識が鮮明になるにつれてゆらゆらと部屋全体が揺れているのが分かった。急いで半身を起こす。渚はすでにベッドを降り、立ち上がっていた。さらに大きな揺れが来たのは、渚の姿を見上げ
ハクマン第83回
これを書いているのは5月6日であり、人によってはGWが終焉、今日から出社という者もいるだろう。「GW」を「ガッデムウィーク」と読むのは漫画家他、定休という概念がない職業の者にとって常識である。懲役経験者が「2ヶ月」を「ニゲツ」と読むぐらい自然なことだ。だが最近、識者の間で「ゴッサムウィークでは」という新説が提唱されてい
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第190回
「写真測量とご遺体の死体検案の関係について教えてください」世良が続ける。「はい」江副が穏やかな顔を裁判員に向ける。「日本では、ご遺体の数値を計測するのに、二次元の写真を用いるということは一般的に行われておりません」「終わります」世良が席に戻った。「弁護人、再々反対尋問は?」能城が訊ねる。「川村が」志鶴が立った。「先生は
◇ショートストーリー◇稲田俊輔「キッチンが呼んでる!」連載第12回
第12話 2日目のカツサンド ドアのチャイムが鳴って、私はモニターを確認した。そこには懐かしい顔があった。いや、「懐かしい」というのは客観的には適切じゃないかもしれない。モニターに映るその人は、ほんの数日前まで生活を共にしていた人だったからだ。しかし今の私にとって、彼が「懐かしい人」であることは事実だ。懐かしい人はモニ
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第189回
 浅見の遺体写真を元に3Dプリンタで作成したシリコン製の首のモデルを、志鶴たちと南郷は東京拘置所で刑務官を通して接見室の増山に渡し、実際の扼痕に近いよう扼殺をシミュレートさせ爪痕の位置のデータを取った。この場面はアクリル板ごしに動画と静止画で撮影もしている。過去に、東京拘置所の接見室で、被告人の健康状態の異常に気づいた
辻堂ホームズ子育て事件簿
2022年4月×日 最近『サザエさん』のアニメを見るのにハマっている。子どもではなく、夫が。しかもわざわざ録画しておいて、それを金曜日や土曜日の夜に再生する。どうしてリアルタイムで見ないのかというと、本来なら日曜の夕方に放送されている番組を〝先取りして〟視聴することで、「『サザエさん』がやってるのに明日も休みだ!」と爽快な…
武田綾乃「おはようおかえり 京は猫日和」 第4回「思い出の京の味」
幸福を呼ぶ猫 実家には現在猫が二匹いる。マンチカンの「ムタ」とさび猫の「ナナ」だ。年は大体二歳差ほどあり、ムタの方が先住猫だ。「ムタ」という名前はジブリ映画『猫の恩返し』に登場するムタさんからとった。身体が大きく、ちょっとぽっちゃりしていたからだ。前に飼っていた猫も「バロン」と名前を付けていて、我が家ではジブリ映画のキャラクターから...
◇長編小説◇白石一文「道」連載第23回
7 二〇二〇年六月二十六日金曜日。この日、フジノミヤ食品の定時株主総会がオンライン形式で開催され、三月期決算が承認されると共に保坂(ほさか)明輝(あきてる)専務の代表取締役社長就任、堀米(ほりごめ)正治(まさはる)社長の代表取締役会長就任をはじめとする「役員人事案」も無事に株主たちからの承認を得たのだった。功一郎(こう
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第188回
 当初、志鶴と都築が江副を弾劾するために専門家証人を召喚しようと思わなかった理由は二つある。江副の証言を完全に弾劾できずとも他の証拠を潰すことで検察側の立証の弱さを示すことができるだろうと判断したのが一つ。もう一つは、すでにその時点で二人の専門家証人に鑑定の依頼を出しており、その費用だけでもばかにならない金額になってい
ハクマン第82回
先日Ⓐ先生がお亡くなりになられた。ここでうっかりF先生作品の話を始める痛恨のミスは犯したくないのでちゃんと調べたが、Ⓐ先生といえば、オバケのQ太郎、プロゴルファー猿、笑ゥせぇるすまん、怪物くんなど、どれも我々世代が幼少期一度はテレビで見た作品を生み出したレジェンド作家である。しかし Twitter に流れてきたⒶ先生エ
新庄 耕『夏が破れる』
詮ない抵抗の末に あとがきでも少し触れたようにこの「夏が破れる」は、当初の構想では、清涼飲料水のコマーシャルフィルムのごとき爽やかな青春群像劇をイメージしていた。にもかかわらず、終わってみれば、青春とは真逆のサスペンススリラーに様変わりしていたのはどういうわけだろう。連載中は、物語の風呂敷をたたむのに精一杯で作品を俯瞰