芯まで冷え込んだ心が温まる「ハートウォーマー」本
道尾秀介「カラスの親指」は、伏線回収の背後に幾重にも
折りたたまれた物語が内包された、家族の物語だ。
さわや書店フェザン店(岩手)長江貴士さん
「一緒に暮らすだけじゃ、家族になれない」
十市社『ゴースト≠ノイズ(リダクション)』を読んでフッと浮かんだフレーズだ。この物語は、作中の大仕掛けが取り沙汰されることが多い。しかし僕はこの作品を、一人の少女の決断と闘いの物語として読んだ。クラスの中で「幽霊」として扱われている高校生の一居士架と、席替えで架の前の席になった学校を休みがちな玖波高町。誰とも話さない日常に慣れてしまった架だったが、何故か高町に話しかけられ、放課後を一緒に過ごすようになる。壮絶な日常を背負った高町と、傍観者のプロフェッショナルである架。そんな二人が出会うことで、あやふやだった現実が輪郭を持つようになる。家族を巡る絶望的な日常に新しい光が射し込む物語だ。
家族になれないのは高町だけではない。宮下奈都『太陽のパスタ、豆のスープ』の主人公である明日羽もまた、家族になれなかった一人だ。式場まで予約したのに婚約者である譲さんから婚約破棄を突きつけられた明日羽を救ったのは、叔母のロッカだった。漂流する者たちへの指針となる「ドリフターズ・リスト」を作るように言われた明日羽は、やりたいこととして 「食べたいものを好きなだけ食べる・髪を切る・ひっこし・おみこし・たまのこし」の五つを書く。明日羽はリストの内容を随時書き換えながら、失ったものの正体を見極め、前に進むための原動力を探し始める。足踏みをしながら絡まった糸を解くようにして進む物語は、スープのように温かい。厳しい現実を生きている人ほど、この物語はあなたの内側に染み込んでいくはずだ。
そして、家族ではないのに一緒に暮らすところから始まる物語が、道尾秀介『カラスの親指』だ。詐欺師であるタケさん、テツさんの二人は、ひょんなことから出会い一緒に仕事をするようになる。共に辛い過去を持つ二人。住んでいたアパートが火事になったことをきっかけに引っ越しをする。そんな折、一人の少女と出会う。その少女の姉カップルを含めた五人で生活するようになった彼らは、それぞれが抱える過去を清算するために、一世一代の大博打に挑むことになるが……。畳み掛けるような伏線の回収に圧倒されるが、それだけの物語ではない。伏線回収の背後に、幾重にも折りたたまれた物語が内包された、やはりこれは家族の物語なのである。
夢で登場人物に会えるくらい「ハマれる」本
芦沢央さんの『許されようとは思いません』を読み終えた翌日は、
夢を見て、絶叫する自分の声で飛び起きた。
三省堂書店池袋本店(東京)新井見枝香さん
夜中にふと目が覚める。暗い海の底からフーと浮き上がるように。あぁついにやってしまった。これで何もかもおしまいだ。ぐったりと脱力した指の先から、やがて全身に広がる激しい震え。噴き出す大量の冷たい汗。警察がドアのチャイムを鳴らすのは、あと何時間後だろうか。そして職場に連絡が行き、社内は「新井逮捕」のニュースで騒然とする。大切な職を失い、家族に縁を切られ、たくさんの人間に迷惑をかけた私は、一生世間から許されない。ぴぴぴぴぴぴ……。ハッ! 6時だ。今日は早番だ。枕の横には昨夜読み終えたばかりの本がある。パジャマはビショビショでとても寒い。そうか、また夢を見ていた。小説を読むと、どうしても罪を犯した人に深く感情移入をしてしまう。
早見和真さんの『イノセント・デイズ』は、私と同世代の女性が死刑を静かに待っている物語だ。なぜ彼女は、その重すぎる判決を受け入れたのか。彼女の生い立ちから、事件の真相を順に知っていくと、独房でひっそりと死を待つ彼女の心に同化する。彼女に寄り添って独房で夢を見る。それははたして悪夢だろうか。
薬丸岳さんの『友罪』は、友達が過去に重大な罪を犯していたと知っても、友達でいられるだろうか、という物語だ。しかし私は、自分の過去を知っても、友達でいてくれるだろうか、という物語として読んでしまう。罪を犯した人間は、友達と笑い合うことを、死ぬまで一生許されないのだろうか。悪夢のような人生だ。でも、もしたったひとりでも受け止めてくれたら……。
芦沢央さんの『許されようとは思いません』は、すべてが長編級の読み応えがある暗黒ミステリ短編集だが、「目撃者はいなかった」の恐ろしさは後を引く。仕事上でちょっとした嘘を吐いたところ、その嘘を吐き通すためにどんどん別の嘘を重ねる羽目になり、あ!!!っと追い詰められる、誰にでも起こりうるだろう脂汗系の悪夢。読み終えた翌日は、職場の夢を見て、絶叫する自分の声で飛び起きた。……はぁ、夢か。安堵、そして放心。ぴぴぴぴぴぴ……。会社から電話だ。こんな朝早くに? まさか、あれがバレたのだろうか。さっきのが単なる悪夢なら良いが……もし、出社しても状況が変わっていなかったら……もう夢も見ずに、永眠したい。
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