体のだるさを吹き飛ばす爽やかな本
およそ人間の経験することがまるごと描かれた、佐川光晴さんの『大きくなる日』。わたしたちは小説を読むたび、生まれ変われる。
三省堂書店神保町本店(東京)大塚真祐子さん
現在1歳の娘を育てながら書店勤務をしている。言葉でのコミュニケーションがはかれないので、日々全身にアンテナを立て娘とのあれやこれやをためしている。仕事を終え明らかに疲弊しているはずなのだが、目の前の娘が手を伸ばす先が安全なのか危険なのか、なにを望んで泣くのかどこか痛いのか、いますぐ見極めなければいけないので、「体のだるさ」を感じている暇がない。外に出れば足元のアリにぺこりと挨拶し、遠くで佇むカラスに向かって一目散に駆けていく娘を見て、こんなふうにくるくると動く目と体を、わたしはどこへ置いてきてしまったのだろうと思う。電車で隣にもたれるあの人も、聞こえるように舌うちをするあの人も、かつてはその目に映る初めての景色を、驚きや期待とともに体いっぱい感受していたはずなのだ。
保坂和志『季節の記憶』を読んだのは、まだ子どもなど産むつもりも予定もなかったころのことだ。が、4歳のクイちゃん(圭太)が父に問いかける「時間って、どういうの」の台詞にのっけから衝撃を受けた。緑に囲まれた鎌倉での父とクイちゃんの暮らしは、彼らをとりまく人々の歩みとともにゆっくりと流れる。子どもをもってから読んでみると、これは折にふれて読み返したいすぐれた育児書であると思った。いまの自分なら冒頭の質問にどう答えよう。
尾辻克彦『肌ざわり』も父子小説であるが、こちらは胡桃子という女の子が登場する連作だ。目に入った虫をきっかけに、宇宙の原理にまで話が深まる「虫の墓場」は、見知ったはずの世界を父子の会話が鮮やかに組みかえていく。「だけど悲しいって、本当はどういうことなのかなァ」という幼い胡桃子の台詞にはっとなる。
佐川光晴『大きくなる日』はさまざまな家族の物語だ。「ぼくのなまえは都営地下鉄三田線くんなの」と自己紹介する3歳の太二の成長を中心に、保育の問題、親同士の関係、友とのすれ違いや恋心など、およそ人間の経験することがこの一冊にまるごと描かれている。小説という装置をとおして登場人物それぞれの目線に同化するたび、自分の景色も新しくなる。それはここに挙げたどの小説もそうだ。「小説」のなかでわたしはもういちど子どもになれる。それこそが「小説」のもつ魅力であり、「小説」を読むたびわたしたちは何度でも生まれることができるのだ。
ジャケットに惹かれて買ったら面白かった本
住野よるさんの『また、同じ夢を見ていた』は、幸せを見つけるのも、見つけられないのも、自分次第なのだと気付かされます。
MARUZEN名古屋本店(愛知)竹腰香里さん
今回は、ジャケ買いがテーマという事でしたが、今月号が発行される時期はちょうど世間の皆さまが五月病にかかる頃なのでは。そこで、万年五月病の私がお薦めする3冊は、素敵なイラストの青い装丁が印象的で、かつ悩める青少年が主人公の小説を選ばせて頂きました。日々の生活に少し疲れてしまったら、お手に取って欲しい3冊です。最初の1冊は、住野よるさんの『また、同じ夢を見ていた』。主人公の奈ノ花は聡明な小学生の女の子。周りの同級生が幼く見えてしまい、いつも一人ぼっち。学校で「幸せって何か」という宿題が出され探します。その過程で出会う三人の大切な友達。三人が示してくれた幸せの答えとは。奈ノ花は、はたして無事に答えを見つけることができるのか。幸せを見つけるのも、見つけることができないのも、自分次第なのだと気付かされます。前作の「君の膵臓をたべたい」同様、あっと驚く展開と仕掛けに感動します。
2冊目は、中田永一さんの『私は存在が空気』。浅野いにおさんが描く憂いを帯びた少女の表紙が印象的な短編集です。超能力を持った主人公たちが、その力を悪意を持って使用する事もなく、優越感に浸ることもなく、世のため人のために発揮するところにぐっときます。自分を守るために存在自体を消したり、容姿に思い悩んで引きこもったり、思春期の青少年だけでなく幅広い年齢の方々の悩みに通じると思います。どの作品も、自分の思いが通じない切なさが繊細に綴られ、読み終わった後は感動が沁み渡ります。清々しさと希望に溢れたラストシーンは何度も読み返したくなる事請け合いです!
3冊目は、額賀澪さんの『タスキメシ』。陸上の長距離選手として将来有望だった主人公の早馬が、大怪我のリハビリ中に調理実習部の都に出会います。自分の心の傷を癒すかのように料理に夢中になる早馬。早馬と春馬の兄弟、早馬と都、早馬のライバルで都の幼馴染の助川、それぞれの思惑と交流を絡めながら物語は佳境にさしかかります。そして、迫力ある駅伝のラストシーン。著者の額賀さんが駅伝の大ファンなので思い入れが半端なく、疾走感と熱意が本の中から立ち上ります。読後は、幸せな気持ちで満たされます。悩める人に寄り添う、そんな素敵な作品です!
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