今月飲むのを我慢して買った本
森沢明夫さんの『癒し屋キリコの約束』は、読み終わる頃には
あなたもきっと霧子さんに癒されてしまうはず。
蔦屋書店イオンモール幕張新都心(千葉)後藤美由紀さん
埼玉で育った私にとって横浜は憧れの地であり、嫁ぐなら横浜に! と思っていたのですが、残念ながら嫁いだ先は千葉でした……。そんな私にとって吉野万理子さんの『海岸通りポストカードカフェ』は横浜のイメージそのもの、出合ってしまった! と思えた1冊です。店中にポストカードがびっしりと貼られた海岸通りのカフェとそこに来る人たちの物語。連作短編のようでいて、一編一編が完結しない。各編を読み終わる度に「え、この人どうなっちゃうの?」と先が気になって仕方ありません。そして、ラストを迎えた後もこのままずっと物語が続いていくような気がするのです。それぞれの未来に思いを馳せながら、窓から海の見えるカフェで静かに物思いに耽っている、そんな素敵な錯覚に陥らせてくれる作品です。
さて、横浜に憧れていた私ではありますが、千葉に来て十数年、すっかり千葉県民となり千葉が舞台の物語というと無条件に反応してしまいます。だから、売場で柏井壽さんの『鴨川食堂』というタイトルを見かけた時に、房総の鴨川を想像してしまったのです。しかし、よくみたら京都が舞台。そんな勘違いから手にとった本でしたが、よくある食堂小説とはちょっと違い、元警察官で料理人の鴨川流とその娘こいしが依頼主の思い出の味を再現するという一風変わった食堂物語でした。
思い出の味の再現を依頼した人たちにはそれぞれに過去へのこだわりやわだかまりがあります。彼らがそれを乗り越えるための後押しをする流さんの優しさと、彼が作る美味しそうなお料理の数々はほっこりと温かい気持ちをもたらしてくれます。
そして、千葉といえばなんといっても千葉県在住の森沢明夫さん!
森沢明夫さんの最新作『癒し屋キリコの約束』は、森沢さんの大ファンの私にとって待ちに待った新刊だったのですが、読み始めると何やら違和感が……。主人公の霧子が今までの森沢作品にはないタイプなのです。金にがめつくて、酒好きで、だらしがなくて、わがまま。どうにも好きにはなれそうもない。なのに、皆が彼女を慕ってやまないのはなぜなのか。最後にその謎が解けた時、あなたもきっと癒されているはずです。
当店の売れ行き30位前後にいる小説
瀧羽麻子さんの『ぱりぱり』を読むと、大切なものは
気づかないだけですぐそばにあると改めて気づかされます。
MARUZEN広島店(広島)中島伏美子さん
家族の中でしかわからない、そんな物の呼び方、ありますか? うちにはあります。そして瀧羽麻子さんの『ぱりぱり』に出てくる「ぱりぱり」も、中楚家のある食品の呼び方なのです。中楚家の長女・菫は、17歳の若さで詩人としてデビューします。小さい頃から菫は菫だけの世界を持っていました。大人になっても変わらず、そんな菫と関わった人たちの心温まるお話です。まだ幼い菫が母親に「しあわせ?」と問いかけるシーンがあります。大切なものは気づかないだけで、すぐそばにあるんだよ。この本を読むと本当にそうだなと改めて気づかされます。
次に柚木麻子さんの『ねじまき片想い〜おもちゃプランナー宝子の冒険〜』。おもちゃ会社で働く宝子の片想いを描いたお話です。ずっと片想いをしている西島のために、彼の周りで起きるトラブルを探偵のように解決していくのです。
宝子の西島に対する想いの強さに、そこまでしちゃうの? とびっくりさせられますが、読んでいくうちにどんどん宝子を応援したくなります。最終章は「あなたもカーニバル」というタイトルなのですが、これは、成長した宝子とカーニバルに参加して、一緒に前へ進んで行こうと言われたように感じてしまいました。
恋愛だけでなく、ちょっと疲れた心を元気にしてくれるお話です。
ちなみによくある探偵の決めゼリフ、宝子探偵にもあって、「自分の心のねじを巻いてくれるのは自分だけ」。素敵な決めゼリフだと思いませんか?
最後に瀬尾まいこさんの『春、戻る』。結婚を控えたさくらが、12歳年下の「お兄ちゃん」と出会う不思議なシチュエーションから始まります。最初、胡散臭いと思っていたさくらなのですが、おにいさんのペースに乗せられてしまい、気づけば自然とそばにいるような関係になっています。
さくらの嫁ぎ先となる山田家のおおらかさ、おにいさんと校長先生の優しさ。「予想どおりに行かなくなっても、さくらが幸せに思えるんならそれでいいじゃん」というセリフには心打たれます。
どのお話にも心に残る言葉があります。そしてまた、心に残る言葉に出合うために、本を読み続ける毎日です。
私はこの本を1日1冊1すすめ
花村萬月さんの『弾正星』は、戦国を生き抜いた男二人の
ブロマンス文学といえる、罪作りなほど面白い作品。
三省堂書店神保町本店(東京)母袋幸代さん
大人のためのエンターテイメントとして、歴史小説を強くお薦めしています。最近のベスト3をご紹介。
まずは、久々の文庫復刊、柴田錬三郎さんの『人間勝負』。謎の老人が一芸に秀でた男女五人ずつを集め、琉球に隠した財宝を江戸に持ち帰れという。お宝を手にできるのは男女一名ずつ、しかも夫婦になっていなければならない。これだけでも面白い設定なのに、さらに、敵味方の忍者達、男装の美姫、盗賊、女掏摸、腹の据わった商人、豊臣の姫君、真田幸村、海賊、ニヒルな剣士、胸を患った美女と、登場人物はエンタメ要素山盛り。柴錬の世界観をあますところなく堪能できる一冊。
二冊目は長谷川卓さんの『嶽神伝 無坂』。柳田國男が山人の研究者として、執念を感じさせる筆で風説をまとめ、三角寛はサンカ文学の世界を作った。その流れの先にこの山の民シリーズはある。
山深い地に住み、あるいは山を巡って暮らし、里の者達とは異なる掟で暮らす人々。差別を受けながらも自由に山を駆け巡る能力と野草の知識は、武将らも一目おく。舞台を戦国の甲斐、諏訪の山々としたことで、武田信玄の野望や北条の風魔一党の暗躍する場での、山の者の能力が際立つ。
だが、実は動物や自然の方が恐ろしいと肌で感じさせる。山でのリアルな生活とスピード感あふれる戦いのシーン。
ハマった方はシリーズをコンプリートしてください。
最後に花村萬月さんの『弾正星』。これは果たして、歴史小説と言い切っていいものだろうか。戦国時代の梟雄・松永久秀と、彼が義理の弟とした蘭十郎との、上方訛の洒脱な会話を中心に歴史が進んでいく。久秀の、常人には理解し得ない「悪」も、蘭十郎を通して語られると情が移ってしまい、許している。そして、久秀を追い抜いていく男、信長に御老人呼ばわりされると、無性に哀しくなってしまう。
触れると血が出るむき出しの刃の様な愛。萬月作品の正統にして、戦国をひょうひょうと生き抜いた男二人のブロマンス文学といえる、罪作りなほど面白い作品。
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