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今月飲むのを我慢して買った本

原田マハさんの『太陽の棘』は、国籍や職業を問わず、
生きているからこそ体験できた喜びや命の尊さを感じる。

喜久屋書店阿倍野店(大阪)市岡陽子さん

 飲みに行くことは、美味しい食事を楽しみにするのもさることながら、同じ時を過ごす人を大切にしたいから、いそいそと出かけます。本を読むことも、日常の憂鬱から離れて、夢中になる時間を大切にしたいから。どちらも生きていく上で欠かすことはできません。

 原田マハさん『太陽の棘』は、終戦直後の沖縄を舞台に、米軍の若き精神科医と美術村で活動する画家たちとの交流を描いた物語。

 国籍や職業を問わず、誰もが傷つき幸せでなかった時代に、必然とも奇跡とも両方に感じ取れる出会いがあったことは、生きているからこそ体験できた喜びであり、命の尊さをひしひしと感じます。

 生死を論じる時に芸術は必要かと問われても、これからは胸を張って「はい」と頷ける物語です。

 原田ひ香さん『ミチルさん、今日も上機嫌』は、四十五歳山崎ミチル(バツイチ、子どもなし)の物語。

 仕事も恋人も失って、プライドを捨て必死に見つけたポスティングスタッフの仕事で思いがけない才能が開花した矢先、またもや足元を掬われるような事件が起こります。
ミチルは基本的にはパワフルでコミカル。けれども明るさと相反する心細さと繊細さも私たちと同様に、心の中に秘めています。

 女性はどこで人生に違いが生まれるのかな、とこればかりは一人で杯を傾けて考えたくなるような、共感の連続でした。私もミチルさんに倣って、自分の正直な気持ちと対峙しながら、心豊かな人生を歩みたいです。

 最後に、佐野洋子さん『そうはいかない』。「物語エッセイ」と名付けられた六ページほどの小品集はどれも人間のありのままの姿をさらけ出しています。

 つい愛想笑いで取り繕ってしまう私など、すべてを見透かされそうで、恥ずかしさの余り逃亡したくなるのですが、そんな弱いところもこだわらず振り返らず、無理せず自然のままでいることを、小さな文庫の中から全開のパワーで肯定されたような感覚です。

 佐野さんと同じ名前の読みであることさえも誇らしく、もしかすると読書は飲むこと以上の高揚感を味わえるのではと思える、最強の一冊です。

当店の売れ行き30位前後にいる小説

帯刀の存在感が、歴史が人の連なりであることを際立たせ、
物語に奥行きを持たせている伊東潤さんの『天地雷動』。

紀伊國屋書店浦和パルコ店(埼玉)長島千尋さん

 三十位ですか。学校の成績に例えると、結構やるじゃんヒュ〜っ、てな。五教科そつなくこなしながらも、抜きん出たモノがあるような。そんな三冊。クラスメイト気分でご紹介します。

 まず、政治経済と数学が得意なクールなアイツ。石川智健さん『エウレカの確率 経済学捜査員 伏見真守』。

 捜査が行き詰った連続殺人事件に経済学者伏見真守がやってきた! おう……。取り合わせの妙に主人公麻耶と一緒に戸惑いつつも、おう……? おう……! と、伏見の見解に感心しきり。四章から加速する物語の展開に、麻耶の、ぽわぽわした危なっかしさにドッキドキ! 伏見みたいな端正で、飄々とした男子に女子は弱いのよねぇ……。そして、麻耶みたいな頼りなげで、ギリギリ歯を食いしばってる風情の女子に男子は弱いのよねぇ……!

 お次は! 美術学生トップの才媛。原田マハさん『太陽の棘』。終戦後の沖縄に軍医として赴任してきたエド。そこで出会ったニシムイ美術村の芸術家たち。育ってきた国や、いま置かれている状況がどんなに違っていても、芸術と呼ばれるものは、一瞬でその垣根を越えて心の奥に響くものだと。見つめた先に確かに輝くものを、顔をあげて生きていれば出会えるんだと思えます。

 最後に! 校内最強の歴男。伊東潤さん『天地雷動』。

 歴史に名高い長篠の合戦。信玄亡き後、半端ないプレッシャーの下、負け戦へ突き進む勝頼。信長からのストレスでいっぱいいっぱいの家康。信長の無茶振りに己の器量を広げていくことで応えていく秀吉。軍役で武田方に属する地侍、晴れやかなナイスガイ帯刀。

 一大合戦をこの四人の視点からクルクル眺めることで、飽きることなく、わかりやすく、面白く存分に味わえます。

 信長の、鉄砲に対する先見が見事なのですが、そこにキッチリ対応する秀吉、オロオロしつつも絶妙の立ち位置で踏ん張る家康、後手後手になる勝頼。

 この辺の描写はビジネス書のような味わいもあり。普段は良き百姓である帯刀の存在感が、歴史が人の連なりであることを際立たせ、物語に奥行きを持たせています。

私はこの本を1日1冊1すすめ

正直な思いを言葉にし抱えている悩みに向き合うのは貴重な時間だと思える、
中田永一さんの『くちびるに歌を』。

ジュンク堂書店三宮駅前店(兵庫)池畑郁子さん

 中学生の、高校生の、二十歳ごろの自分だったら、どう受け止めるんだろう、その年齢の時に出会いたかったと思う本が沢山あります。そんな本の中から紹介させていただきます。

 まずは森絵都さんの『ラン』。身内を全て亡くし、孤独な身の上の環。アルバイト先でもほとんど人と係わらずに暮らしている彼女が、唯一通っていた場所は自転車屋「サイクル紺野」。可愛がっていたその店の猫こよみが死んでしまい、話し相手だった店主の紺野さんも店を閉め、郷里へ帰ってしまうことに。環は紺野さんが、亡くなった息子のために用意していた一台のロードバイクを譲り受けます。

 で、ここからロードバイクでの物語が始まるかと思いきや、タイトル『ラン』の示す通りランニングの話へと進んでいくその過程は、是非とも本編をお読みいただくとして、この物語には、環や紺野さんの他にも様々な人が出て来ます。いい人も意地悪な人も、皆それぞれに色んな事情を抱えて生きています。その中の誰に共感を覚えるかは、この本を手にする年代でそれぞれ違うでしょう。でも、どの人にとっても、その時の自分に相応しい何らかのエールを貰える、そんな気がするのです。

 さて、『ラン』がもうすぐ社会に出ていく人にお薦めだとすれば、椰月美智子さんの『未来の手紙』は、中学生の間に読んでもらいたい一冊です。「将来」なんてものにまだ何のビジョンも持てないけれど時間だけは過ぎていく、確実に何かが変わる時は迫っているけれどその時を迎えるまでの不安と期待の入り混じった気持ち。誰にでも思い当たる感情が、この本の中の六つの短編に詰まっています。

『未来の手紙』というタイトルから連想してしまう物語が中田永一さんの『くちびるに歌を』なのですが、こちらは五島列島の中学校の合唱部員たちが、コンクールの課題曲を理解するために、十五年後の自分に向けて手紙を書くように、と指示される。誰かに見せるためではなく、自分宛てのものだから、飾る必要のない正直な思いをきちんと言葉にし、抱えている悩みに向き合うということは、とても貴重な時間だと思うのです。私は、彼らの幼い頑なさとかをとてもいじらしいと思ったのですが、同年代の皆さんはどんな風に思われるのでしょう。もちろん、中学生の皆さんだけでなく、親御さんを始め、幅広くお薦めできる一冊です。

 

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