今月飲むのを我慢して買った本
坂井希久子さんの最新刊『ヒーローインタビュー』を読むと、自分自身をもう少し好きになれるかもしれません。
山下書店南行徳店(千葉)高橋佐和子さん
寒さが厳しくなるこの季節、毎年、本屋大賞の一次投票へ向け読み込みを始めます。自分の一票に責任がある以上、やはり気になっている本を読み込んで投票をしたい。自然、冷酒は我慢せざるを得なくなるのです。
まだ読み込んでいる最中のため、熱燗より「あったまる」本をご紹介したいと思います。
ある小説教室で出会ったとき、一人凛とした佇まいをして輝きを放っていた魅力的な女性。
坂井希久子さん『ヒーローインタビュー』。主人公の全は打者として才能を秘めている。しかし陽の目が当たらない。それでも常に笑って自分らしさを失わずにいる全。
身体の芯から「あったまる」小説です。坂井さんが一人で喋り切ったようなスピード感があります。
全の懐の深さに、「人は一人一人役割や突出したものがある。だから、自分にとって大事なもの、自分にとって素晴らしいところを探していこうよ」と言われている気がしました。
野球があまりよく分からない人も、この本で「あったまる」と共に、自分自身をもう少し好きになれるかもしれません。
編集さんに「乗り越えた作品ですね」とお伝えした一冊。中村文則さん『去年の冬、きみと別れ』。狂気を描く中にも「蝶」など外へと向かうイメージが持てる表現が感じられ、向き合うことの怖さや不安から逃げずに今作、やっと答えを見つけ出したかのような美しさがありました。人が大好きな中村さんが描く感情の渦を味わい、突き抜けた「あったかさ」を感じてください。
読み終えて「アダムとイヴのようだ」と感じた、市川拓司さん『こんなにも優しい、世界の終わりかた』。
世界が青い光に晒され凍結し終わっていくさまと、その先にある輝かしい光が放つ温かさを両方とも感じられる一冊。私も歩みを止めずに頑張ろうと勇気が湧きました。「優しさ」と「あったかさ」を失ってはならないと、教えてくれました。
書店員をしていて何よりも大事な本屋大賞。毎年勇気をもらっています。
お酒を我慢して悔いのない選書をしたいと思います。頑張ったご褒美は、もちろん美味しい日本酒です!
当店の売れ行き30位前後にいる小説
警察官の卵達を題材にした長岡弘樹さんの連作短編集『教場』は、警察小説の奥深さを見せつけてくれました。
丸善日本橋店(東京)松橋由紀子さん
読んでいる小説のジャンルで一番好きなのが警察モノの私。色々な作家の作品を読み比べてきましたが長岡弘樹さんの『教場』は少々毛色が違っていてなかなか読み応えがありました。警察学校を舞台にした連作短編集という今までにない切り口にまず興味をそそられます。
まだ第一線にも立っていない警察官の卵達を題材にする、しかもミステリー作品である。と、ハードル上がりっぱなしですが、それらを見事にクリアしたこの作品は警察小説の奥深さを見せつけてくれました。
全編を通し一貫して語られる“警察官としての資質”という原点回帰的なテーマは、警察小説を読み慣れた人にとっても逆に新鮮に感じられるはずです。
先日ドラマ化もされた湊かなえさんの『花の鎖』。初期から順番に湊作品を読んでいる方なら読了後何かしら作風の変化を感じたのではないでしょうか。
正直、湊作品を読んで涙するとは思っていませんでした。しかも号泣。
三人の女性それぞれの視点で物語が展開し、そこに「K」という人物をめぐる謎が絡みミステリーの要素も踏まえているのですが、感情の機微に重きを置いた事でブラック先行型作風のイメージをいい意味で裏切ってくれています。
深層心理を表現するのが得意な作家さんですが、更にそこに深みが増し大きく感情を揺さぶられました。確実に湊作品の転機となった記念すべき良作です。
最後にご紹介するのは馳星周さんの『ソウルメイト』。怪しいタイトル出してきたなぁと思わせられますが、この作品にはやはりこのタイトルしか有り得ないのであります。
馳さんが書く犬たちの描写は堪らなく的を射ています。愛情の深さがガンガン伝わってきます。
しかしそれを前面に押し出す事なく、どちらかというと淡々と物語を進めた事が非常に上手く作用し、より深く、より確実に、犬たちを取り巻く環境や問題を伝えられる結果となりました。
その抑えた表現を代弁するかのように付けられた『ソウルメイト』というタイトルにパートナーとしての犬への大きな愛情とメッセージが込められているのです。
私はこの本を1日1冊1すすめ
たとえ読み終わるのに1年掛かっても、世界中の全ての父親に、自分の子供を思いながら読んでほしい小説。
マルサン書店仲見世店(静岡)小川誠一さん
映画公開の1ヶ月ほど前から原作本や関連書を一箇所に集め、ポスターを貼ったりトレイラーを走らせたりと、売り場を盛り上げていく販売方法が全国の書店で一般的になってきました。『そして父になる』も公開前からいい場所での展開をしました。陳列後、初めてトレイラーを走らせた時……目が離せなくなりました。会社帰りと思しき40代男性や買い物帰りの30代女性。大きく積まれた本の山からおもむろに1冊を手に取りレジに向かう。もちろん私もその中の一人でした。
息子の取り違えを契機に、親子の関わり方を真剣に考えさせられることになるエリートサラリーマンの父親。それはいつしか満たされることのなかった自分の子供時代を振り返ることになります。
寄りかからず甘えず生きてきたおかげで、仕事では成功したかもしれないが、どこか歪んだ考え方を育ててしまっていたのかもしれない。そんな自分から逃げるように仕事に埋没する姿が痛々しい。
息子が好きで好きで愛おしくて愛おしくて、たまらなくなる気持ちが行間からあふれ出して読者を包み込みます。
この作品を読んでいて脳裏に浮かんだ2作品があります。ひとつはコーマック・マッカーシーの『ザ・ロード』。世界中が荒廃した近未来。少しでも安全な土地を目指し荒野を彷徨い歩く父と幼い息子。暴力と略奪が支配するこの見捨てられた世界で、父親の願いは息子の将来のことだけ。互いに労わり慰めあう親子の情が心に沁みます。
もう一つは天童荒太の『歓喜の仔』。子供たちに辛くあたる大人たちに怒りを抱き、子供たちのたくましさに涙し、そして、自分がこれまで歩んできた人生を悔やみながら読みました。読んだあとで、何一つ変わることなどないかもしれない。しかし、自分の子供を抱きしめたくなることだけは確かです。
タイトルと矛盾しますが、この3冊を一日一冊読むことはオススメしません。あまりの悲しさに心が揺さぶられすぎるから。じっくり、1ページずつ、たとえ読み終わるまでに1年掛かったとしても、世界中の親、とくに全ての父親に、自分の子供のことを思いながら読んでほしいと思います。
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