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今月飲むのを我慢して買った本

絵に出合った作家の手によって、数年間の眩しい物語が
蘇ったことに奇跡を感じる原田マハさんの『太陽の棘』。

紀伊國屋書店広島店(広島)藤井美樹さん

 何かで読んだことがあるけれど脳は記憶を改ざんして自分にとって都合の悪いことは意識にのせないらしい。ただ、「事実」は「ある」ので、それは無意識に止まり、夢などに現れるのだとか。道尾秀介さんの『貘の檻』は夢のシーンが多い。主人公は「忘れたいもの」を薬で抑えてはいるものの、何度も何度も夢を見る。それが記憶なのか、妄想なのかわからなくなる程に。少しだったはずの齟齬。人によって見え方が違ってしまう事実は、気づけば取りかえしのつかない悲劇を生んでしまう。横溝正史を思わせる山村を舞台にしたミステリ。幾重にも張られた幻惑の糸は、自分で作った檻なのかもしれない。知らず息を詰めて読んでしまった。

「大枠は事実です」。先日書店まわりで立ち寄ってくださった時の原田マハさんの言葉。目力の強さがかなり印象的な肖像画が二枚。これが『太陽の棘』の表紙の表と裏になっている。戦後、沖縄で出会った若きアメリカ人軍医と日本人画家。戦争がなければ、絵がなければ接点などなかった二人。芸術の神様に愛された人達は「描かずにはいられない」「これしかできない」と口にする。それで多くの物を引き換えにしていても。戦後七十年が経とうという今、その時描かれた絵がきちんと残されていたことに奇跡を感じる。その絵に出合った作家の手によってたった数年間の二人の眩しい物語が蘇ったことにも。「五年間あたためていて絶対書こうと思っていた本なんです」。力強く語る原田さんもまた眩しかった。

 高級食材だと思っていたイベリコ豚商品が手軽に売られているのはなぜ? ふとした疑問を持ってしまった野地秩嘉さんの取材を基にした『イベリコ豚を買いに』。

 日本とスペインを行きつ戻りつ。さまざまな食肉業者や料理人、本物のイベリコ豚との出合いでわかる業界の内幕は、とにかく知らないことだらけ。

 イベリコ豚を買って商品化するはめになってしまった野地さんと一緒になって、感心したり頭を抱えたり。ただ難点が。ナッツの香りがするイベリコ豚の生ハムがとにかくおいしそうでたまらない! もちろんワインと一緒に。これじゃお酒をガマンできないじゃないか! …… とりあえず生ハムは買いに行こう。

当店の売れ行き30位前後にいる小説

三浦しをんさんの『神去なあなあ日常』は、自然に感謝すると
いう大切なことをわかりやすく教えてくれる小説。

TSUTAYA堺プラットプラット店(大阪)石橋俊幸さん

 書籍と一緒にCD、DVDを提供している当店でじわじわ売れ始めていて、今後映像化が予定されている本をご紹介します。

 三浦しをんさんの『神去なあなあ日常』。田舎育ちの私は自分の育った実家の風景を想像しながら読みました。タイトルにもなっている「なあなあ」の言葉に象徴される田舎のゆっくりと流れる時間、そこに生きる自由奔放な人々。都会から来た主人公には見るもの全てが珍しく戸惑います。

 神去村には、現代人が忘れてしまった古き良き時代の日本人の姿があります。自然にある全てのものに神が宿ると信じ、自然を恐れ敬い感謝する。そんな大切なことを、わかりやすく教えてくれる小説です。

 続いて紹介するのは、村上龍さんの『55歳からのハローライフ』。退職、離婚、家族との死別、など人生の転機からの再出発をはかる人々のお話。実際に五十代の方よりも、もっと若い方に読んで欲しい一冊。忙しい日々を過ごしていると、時間などあっという間に過ぎて行く。そう遠くない未来に自分にも訪れるかもしれない現実がそこにあります。その現実は厳しく、とても辛いものですが、この小説はそんな辛い日常の中にある、ほんのささやかな出来事が、とても大きな生きる力になることを教えてくれます。

 全ての話の共通のキーワードとして様々な飲み物が登場します。何か思い悩んだとき、飲み物をゆっくり味わってください。

 きっと心が静まり新しい答えが見つかるはずです。

 最後に紹介するのは土橋章宏さんの『超高速!参勤交代』。東北の弱小貧乏藩に幕府から下される過酷な制度「参勤交代」。本来、徳川家以外の諸藩に多額の費用と人員を使わせ、力を蓄える暇を与えない。本来の意味からすると、この時代の現実であり仕方がないことではあるのですが、当事者には過酷な制度であったのは間違いないでしょう。そんな強大な権力からの無茶振りに必死に立ち向かう人々の姿に共感し、応援したくなります。

 実在する人物を描く本格的な時代小説でありながら、超高速で一気に読破出来ます。時代小説は苦手だという方にもおすすめです。

私はこの本を1日1冊1すすめ

真剣に何かを目指している人に、是非お薦めしたい塩田武士さんの『盤上のアルファ』は、終盤の畳み掛けが圧巻。

谷島屋浜松本店(静岡)野尻 真さん

 お薦めの3冊がなかなか選べない。自宅でまず候補を、と思い何も考えずに好きな本を並べ始めた。20冊を超えた時点でこりゃぁ駄目だ、と思いリセット。

 最初に浮かんだ3冊をご紹介することに方針転換です。

 さて、まず1冊目。個人的に今一番新刊が待ち遠しい作家、畑野智美さんの『国道沿いのファミレス』。

 この作品で小説すばる新人賞を受賞しデビューした畑野さんは、2014年4月現在で4作出しているのだが、どれも文句なしの上手さと面白さ。

 40歳のおじさんが恥ずかしげもなく、堂々と言ってしまえるほどの“胸キュン”さと青春のど真ん中っぷりがたまらない。歳を重ねるにつれて、青春小説から遠ざかっていたが、この作品に出合って、甘くて痛いあの頃に引き戻されました。

 読後、20年前に観た「リアリティ・バイツ」という映画を思い出した。そう、現実の青春は厳しいのだ。男女問わず全ての年代の方にお薦めの1冊。

 2冊目は畑野智美さんと同じ1979年生まれの作家、塩田武士さんの『盤上のアルファ』。家も職もないのに目標がプロ棋士という主人公を中心に、個性的な登場人物が織りなす痛快な人生逆転物語。小説現代長編新人賞を満場一致で受賞した今作でデビュー。全体的に粗削りだが、それだからこその良さが際立つ。作品全体に流れているのはあつい想い。終盤の畳み掛けは圧巻。ページをめくる手が止まらなくなる。真剣に何かを目指している人に、是非お薦めしたい1冊。

 最後の1冊は、病的に好きになりそうで困っている中村文則さんの『去年の冬、きみと別れ』。元々全作品を読むほど好きな作家なのだが、今作はあまりに凄すぎる。小説は最高のダンスミュージックと同じように、うねりを持ったグルーヴを生むことができ、最高のロックミュージックと同じように格好良いものなのだと教えてくれた。読後、新しい時代がこの小説から始まる。そんな予感を抱かせてくれた。最高にクールな小説に出合いたい方へお薦めの1冊です。

 

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