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今月飲むのを我慢して買った本

村田沙耶香さんの『しろいろの街の、その骨の体温の』には、
匂い立つような美しさも感じられ圧倒されっぱなし。

三省堂書店海老名店(神奈川)高島いづみさん

 ようやく関東地方の梅雨明けが発表されました。

 強烈な日差しと湿気で私のからだはすでに夏バテ気味。なんとなくだるさが拭えません。

 新刊が出たら必ず購入する作家のひとり、北大路公子さんの新刊『石の裏にも三年 キミコのダンゴ虫的日常』は、夏の暑さでイマイチなコンディションのときも(もちろん絶好調の場合も)じわりじわりと笑える脱力系の日記です。

 札幌在住、趣味は昼酒という公子さんの日常はのんびりしているようで実はいろいろしなくちゃいけなかったり(雪かきなど)、巻き起こったり(妄想など)、じわじわと笑えるエピソードが満載です。

 本文はもちろんのこと、ぎっしりと掲載された丹下京子さんのイラストがとてもかわいくて見ごたえがあるのもこの本の素敵なところです。

 それにしても『今月飲むのを我慢して買った本』でこの本を紹介するのは少し無理があったかなかぁ(結局おビールをぐびぐび)。

 前田司郎さんの『私たちは塩を減らそう』は、タイトルと装丁に惹かれてジャケ買いしました。小説と紀行文が収録されている短編集です。

 前田さんの小説を読むのは初めてだったので、少し緊張して読み始めましたが、ほんの二、三ページでこれは当たりだ! と確信しました。

 なめらかな文章が心地よく、すいすいとページをめくっていると、そこにハッとするフレーズが忍び込んでいて、気がついたら心は完全に小説世界に連れて行かれている。

 一見すると、気軽に手に取ってリラックスしながら読めそうな佇まいの本なのですが、胸の中にさざなみを立てるパワフルな一冊でした。

 日記、短編集と読んできましたので、もうひとつは濃厚な長編を選びました。

 村田沙耶香さんの『しろいろの街の、その骨の体温の』です。主人公は容姿や内面に自信がなくクラスでも目立たないタイプの少女。そんな彼女が健やかな性格の少年と関わることによって、苛立ちと焦がれを暴走させ、ある行動に出るのですが、序盤でこの展開……!

 鬱屈した思春期経験者なら悶絶必至の残酷でリアルな感情描写が続くのですが、匂い立つような美しさも感じられて、最後の一行まで圧倒されっぱなしでした。

当店の売れ行き30位前後にいる小説

心がぎゅっと締め付けられるような苦しく切ない場面が
たくさんある窪美澄さんの『ふがいない僕は空を見た』。

大盛堂書店(東京)稲坂梨奈さん

 夏真っ只中……。汗がだくだく流れて辛い毎日ですね。こんな時は体の怠さを吹き飛ばすような爽やかな小説を紹介したいところですが、なぜか当店で売れているのは重い内容の小説が多いのです。

 まず紹介するのは中村文則さんの『掏摸』です。「僕」を一人称にして語られる話は掏摸だけでなく殺人、売春、万引き、育児放棄……他の中村作品と同じくとても暗いです。しかしただ暗いだけでは終わりません。木崎という絶対的な悪の存在に運命を翻弄された主人公が不可能に近いと思われる掏摸を見事にやってのける。そこで描かれる巧妙な掏摸のテクニックに加え緊張感のある文章と展開に気分の高揚は止まりません。純文学とエンターテインメント両方を兼ね備えていて非常に面白いです。

 次に、森見登美彦さんの『夜は短し歩けよ乙女』。冒頭の四段落ですっかり心を奪われてしまった一冊です。

 黒髪の乙女に好意を抱く先輩。この男は何度も何度も偶然を装って乙女の前に現れ、「たまたま通りかかったもんだから」と嘯く輩なのです。周りからすればただの変態、しかし本人は至って真面目に恋愛をしているつもりだから面白い。そして読めば読むほど乙女の赴くままに動き回る姿に読者は夢中になってしまいます。独特な物語を繰り広げる森見ワールドの扉を開いたら中毒になることは間違いなし。

 最後に窪美澄さんの『ふがいない僕は空を見た』です。本作は高校生の斉藤と主婦のあんずとのセックスを中心に、第一章から第五章まで斉藤や彼に関わる男女の視点が物語を紡いでいきます。

 誰にとっても切り離すことが出来ない性と生を題材にしていて、繊細かつ複雑な問題を真正面から描いた衝撃的な作品。心がぎゅっと締め付けられるような苦しく切ない場面がたくさんありました。でも、登場人物たちが抱える苦悩やそれを受け入れる姿を通して、弱く儚い人間が必死に生きていく美しさを見ることが出来ました。

 この物語には大きな救いや光が訪れることはありませんが、窪さんは最後まで斉藤たちや読者を見離すことなく、優しく見守っていてくれるのです。

 同時代に活躍した画家たちも登場し、華やかな京の描写も加わって、正に若冲の絵のごとく絢爛な物語だと思います。

 ランキングにかかわらず、物語が時を忘れさせてくれる3冊です。小説を読む愉しさは、時が止まることだと思うのです。そしてそれは、魅了する読者の数の多寡ではないのではないか、と思います。

私はこの本を1日1冊1すすめ

原田マハさんの『あなたは、誰かの大切な人』は、
明日笑うために涙を流したい方へ、お薦めしたい優しい物語です。

ジャック鷲津駅前ブック館(静岡)山本幹子さん

 本好きを豪語しながら読書家ではない私の言葉に、どれだけ説得力があるかわかりませんが、これからご紹介する3冊の中に、みなさまの心に寄り添ってくれる1冊があることを願って……。私は壮大な冒険物語や、息つく間もないほど次々と事件に見舞われるミステリーよりも、日常に寄り添った物語が好きです。今この瞬間、どこかでこんなことが起こっていると思わせてくれるお話に、わくわくします。そしてそれが美しい日本語で語られていると、さらに幸せになります。

 宮本輝さんは、私にそんな幸福な時間を連れてきてくれる作家さんで、最新刊『田園発港行き自転車』は、わくわくとどきどき、そして何よりも温かさをいっぱい詰め込んだ作品です。

 いくつかの偶然はやがて奇跡になり、それぞれ別の場所で生きる人たちの縁を繋いでいきます。その縁は時に登場人物たちの戸惑いも生みますが、やがてそれは幸せへと色を変えていきます。この作品は、きっとあなたの心を新しい明日へと連れて行ってくれるはずです。

 どうしようもなく身動きが取れなくなると、何かに縋りたくなる瞬間があります。私にとってそれは言葉だったりするのですが、それは意外と、物語の中に隠れていることが多いのです。

 瀬尾まいこさんの『幸福な食卓』には、私の背中を押してくれる言葉がいっぱい詰まっています。私たちは知らないうちにいろいろ守られていて、そしてそれはとても幸福で大切で、だから甘えていられる。誰かに心を掬い上げてほしくなったら、ぜひこの小説を読んでみてください。いろいろな感覚を持った登場人物たちが、あなたにぴったりの言葉をプレゼントしてくれますよ。

 そして最後に、明日笑うために涙を流したい方へ、原田マハさんの『あなたは、誰かの大切な人』を。6編のやさしい物語の集合体であるこの小説は、「自分も誰かに必要とされていた」「私にもちゃんと大切な人がいた」という気持ちを思い出させてくれます。悲しいことも苦しいこともいろいろあるけれど、人生って悪いもんじゃない。だって気づけば大切な人はそこにいてくれるから。

 みなさんの読書時間が幸福なひとときでありますように。

 

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