今月飲むのを我慢して買った本
柚木麻子さんの『3時のアッコちゃん』は、無茶苦茶で、優しくて、痛快で、読み終わった後に元気になれる一冊。
文教堂書店代々木上原駅店(東京)富田結衣子さん
アッコちゃんとの再会は私にとって特別だった。前作『ランチのアッコちゃん』(柚木麻子著)を読んで、私もこの人と友達になりたい! 読むたびに元気を貰いながら本気でそう思った。勿論、物語の中の人物だとはわかっていた。しかし、それほどまでにアッコちゃんの存在感は途轍もなかったのだ。
そして、唐突にアッコちゃんはまた出現した。そう、出現。神出鬼没な彼女を表すのにはピッタリな言葉だ。『3時のアッコちゃん』は前作同様に強引で、無茶苦茶で、優しくて、痛快で、読み終わった後に元気になれる一冊だ。疲れた頭や身体にとても染み渡る。多分、アッコちゃんが入れてくれた紅茶のように。
それとは全く別のスタイルで、これから何度も読んで明日も頑張ろう! と思わせてくれることになるであろう作品が『ハケンアニメ!』(辻村深月著)だ。アニメを作る様々な人達が、章ごとに語り手となり進むこの物語。
主人公が替わりながら進んでいく中で、すれ違ったり、対立したり、時には悔しくて涙を堪えたりしながらも、共通しているのは登場人物全員が本気で仕事をしている点だ。この仕事が好きだ、良い作品が作りたい、という強い強い気持ちだ。その気持ちに呑まれるかのように、私もこの仕事が好きだ、という気持ちが段々と高まっていく。『ハケンアニメ!』は仕事小説でありながら、青春小説だ。登場人物たちの熱に引っ張られて、気付けば自分のテンションも上がっている。
あくまで個人的にだけれど、それでも、もう無理だ、と思った時の究極の解決方法がある。遠くへ行ってしまえばいいのだ。そう、逃避。仕事どころか日常からすらも。
ミステリーは私の娯楽であり快楽であり、切り札だ。とりあえず、自分の一切合財を全ていったん保留にして、ページをめくる。
『Nのために』(湊かなえ著)は章ごとに視点が変わり読み進めていくと、様々な事実が浮かび上がってくる作者の得意なタイプの小説だ。
流石だなと思わせるのは、登場人物は自分の知っていることしか知らず、読者だけに真相が解るという手法。夢中になって頭の中でそれぞれのNについて考えながら読んだ。
一気に読んで気が付けば丑三つ時。日常に帰って来て、少し気が軽くなっていることに気が付きつつ倒れるように寝る。これ、オススメです。
当店の売れ行き30位前後にいる小説
見ないでおきたいと思うような心の奥底を、がっちりと掴んで揺さぶられる辻村深月さんの『盲目的な恋と友情』。
ジュンク堂書店藤沢店(神奈川)宮下さくらさん
当店は家電量販店の中にあるためか、割と偏りのあるランキングだったりするのですが、その中からおすすめをご紹介したいと思います。
畑野智美さんの『運転、見合わせ中』は、タイトル通り電車が止まってしまったまさにその中にいる人々を描いた連作短編集です。毎日電車に揺られながら学校や会社に通う大学生、フリーターなどに駅員や引きこもりといった様々な登場人物たちは、立場は違うけれど恋愛やしごとの悩みを抱えていて、みんなどこか少し弱くて情けなくて格好悪い。状況を変えたいけれど、うまいこと前に進めない彼らの状況こそが運転見合わせ中なのかもしれません。電車が止まってぽっかりと空いた時間でふと立ち止まって考える。明日から何かが大きく変わることはないかもしれないけれど、変わるためのきっかけをもらえたようで嬉しくなります。
こちらはじわじわと売れている、また趣の違った連作短編集ですが、飛鳥井千砂さんの『女の子は、明日も。』。高校の同級生4人が14年後に再会して傍から見ると4人とも幸せそうに見えてもそれぞれ結婚・妊娠・出産といった自分ひとりの力だけではどうにもならない問題を抱えています。
台詞の中で「誰にもどれだけ欲しがってもどうしても手に入らないものが平等にある」とありますが、誰かと比べても仕方がないのに、手に入らないからこそ羨ましくて仕方がない。ひとりじゃ解決できないから、家族でも友達でも、誰かと支えあって乗り越えていくのかなと思います。
女友達って楽しいけれど難しい、そう感じるのが辻村深月さんの『盲目的な恋と友情』。
辻村さんの作品はいつも心の奥底の出来れば見ないでおきたいと思う場所にさらりと触れる感じがするのですが、この作品ではそこをがっちり掴んで揺さぶられるようです。恋愛感情や友情がコップに入った水のように目に見えるものなら、自分が注いだ分と同じかそれ以上のものを返してほしい。あなたの事をこんなに思っているのにどうしてこっちを見てくれないの? 相手の事を盲目的に求める気持ちはヒリヒリとした痛みを伴うようです。コップの水がいっぱいになって、表面張力ギリギリで保たれていたバランスが崩れたらどうなるのか。最後まで読み終えた時、再度読み直したくなること必至です。
私はこの本を1日1冊1すすめ
海外文学の香りも併せ持ち、異国を体感できる梓崎優さんの『叫びと祈り』は、目の肥えた方にも魅力的に映るはず。
未来屋書店幕張新都心店(千葉)谷口澄子さん
本が好きで書店勤務をしていますが、恥ずかしながら本を読む気がまったく起こらないことがあります。そんなときいつもの読書気分に戻してくれるのは決まって家の本棚にある中短編の小説です。パラパラめくって斜め読みするうちに自然と再読してしまう小説──その中から三冊紹介させてください。
一冊目は中田永一さんの『吉祥寺の朝日奈くん』。収録作のなかでも「三角形はこわさないでおく」が特におすすめです。平凡な高校生(クラゲが怖い)廉太郎。その友人のイケメン優等生ツトム。涼やかなショートカットのクラスメイト小山内さん。友情と淡い恋心の間で見せる三者三様の優しさに身悶えさせられます。大人になってしまうと学生のピュアで真っ直ぐな気持ちが眩しすぎて困ります。小説だからこそ伝わるキラキラに目を細めてもらえると嬉しいです。
二冊目は九〇年代に書かれたシリーズの復刻版、渡辺浩弐さんの『1999年のゲーム・キッズ』。ライトノベル風の装丁に苦手意識を持たれる方もいらっしゃるかもしれませんが読み逃すのは勿体ない名作です。本当に九十年代に書かれたの!? と驚かされる鮮やかなショートショート。五頁で読める五十タイトル、どれもピリッと皮肉が効いています。IT依存の現在を予見したかのようなブラックさに本気でデジタルデトックスを考えてしまいました。お気に召したら是非、シリーズ読破してくださいませ(シリーズはあの「世にも奇妙な物語」という有名TV番組の原作だったりします)。
話が逸れてしまいますが「シチリア!シチリア!」という映画をご存知でしょうか? 肌に纏わりつくような熱気、刺すような日差し、乾いた土の匂い、一瞬で日本からイタリアへトリップさせられる大好きな映画です。最後にご紹介したいのが、そんな異国を体感させてくれる小説、梓崎優さんの『叫びと祈り』です。
ジャンルはミステリになるのでしょうが、ロマンティックで甘すぎない文章はジャンルを問わず皆さまの肥えた目にも魅力的に映るはずです。なかでも「凍れるルーシー」は修道院の厳かで冷たく暗い雰囲気と浮世離れした修道女の姿に呑み込まれてしまいました。海外文学の香りも併せ持つ不思議な一冊です。寒くなるこの季節、暖かな室内で異国の地の非日常へと旅をしてみてはいかがでしょうか? 素敵で贅沢な時間をお約束します。
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