今月飲むのを我慢して買った本
瀬尾まいこさんの『春、戻る』は、この兄妹の在り方が
心に温かさをくれる、やわらかな春にぴったりな一冊。
新栄堂書店サンシャインアルパ店(東京)新井理恵さん
春ですね。春といえばお花見。花を愛でるのもいいですが、やはり花より団子! しかし、お題に背くわけにはいかない。食べたい飲みたいをグッと我慢し、ならばせめて春の気分に浸れる本をご紹介。
まずは、瀬尾まいこさんの『春、戻る』。結婚を控えたある日。主人公さくらの前に、兄だと名乗る一回りも年下の青年が現れる。名前や住所の基本情報から、食べ物の好き嫌いなど、さくらのあれやこれやを知っている青年。とても怪しい……。新手の詐欺? でも、この正体不明な「おにいさん」がとっても魅力的。飄々としていて、でも愛嬌たっぷりでなんとも憎めない。おにいさんが何者なのか気になり一気読みです。この兄妹の在り方は心に温かさをくれる。読了後は、ふっと笑顔になれる、やわらかな春にぴったりな一冊。
続いて、田牧大和さんの『甘いもんでもおひとつ』。まず、タイトルが良い。甘いもの好きからしたら、「それでは遠慮なく。……あ、あの、もっと頂いてもいいですか?」と言いたくなるところ(笑)。物語は、父母亡き後、叔父から生家「百瀬屋」を追い出された兄弟が、職人の茂市を頼り、小さな菓子屋「藍千堂」を始める。叔父の嫌がらせにも屈せず、様々な難題も和菓子を通して乗り越える。和菓子職人として真っ直ぐな兄、晴太郎と、商才に恵まれ兄以上にしっかりした弟、幸次郎。二人を見守り支える職人、茂市のバランスがとても良い。そして、出てくる和菓子がまあ美味しそうで。柏餅、青柚子の葛切、柿入りういろう餅、百代餅……。やはり、甘いモノは正義だ! また章扉図案には、「菊寿堂いせ辰」さんの千代紙が使用されているのも、粋でとても素敵。
最後は、加納朋子さんの『はるひのの、はる』。「ささら」シリーズの第三作目。あのユウ坊が大きくなって帰ってきました。
幽霊が見えるユウスケは、ある日、“はるひ”という不思議な少女に出会い、「未来を変えるために、助けてほしい」と頼まれる……。連作ミステリーだが、SFとしてもよく出来ており、「そこでそう繋がるのか……!」と、ただただ感動。ラストは切なくもあり、しかし、じんわりと温かい気持ちにもなりました。
ぽかぽかと温かい気持ちになったら、お腹も満たしましょう! 春を感じる本を片手に、花見酒などいかがでしょうか。
当店の売れ行き30位前後にいる小説
人の力強さも優しさも状況次第で表れてくるものが
違ってくると教えてくれた神田茜さんの『ぼくの守る星』。
小田急ブックメイツ新百合ヶ丘店(神奈川)狩野大樹さん
お店で30位前後で売れている本には大まかに分けて2種類あると思います。ずっと売れ続けて店の売り上げの土台になっている本。もう一つはじわじわと売れ始めてこれから伸びる可能性のある本。そんな魅力的な本をご紹介します。
神田茜さんの最新小説『ぼくの守る星』は読んでいて優しさと辛さを同時に感じさせる小説でした。小説を読んでいるとこんなに鮮明に人の心の深い部分に触れられるのに現実ではその事にすら気づかず生きているのは何故なんだろう? そんな時にこの小説を読むと人は誰しも黒さと白さを持ち合わせ力強さも優しさも、状況次第で表れてくるものが違うと思い出させてくれます。人って分かりやすそうで、でも決して単純じゃないと。家族、友達、その触れ合いの中にも優しさと厳しさがあるのだけれど、きっとその先に光があると教えてくれる素敵な小説です。
続いてご紹介したい作品は仁木英之さんの『まほろばの王たち』です。普段歴史小説や時代小説を好んで読まれている方はもちろんですが、ちょっと苦手だと思っている方にこそお薦めです。実在の人物(教科書などで触れた)と物語の主人公たちが活躍していくファンタジーは安心して読み進めていける優しさと強さがあります。登場人物の魅力にも繋がりますが、人間味溢れるとても愛嬌のあるキャラクターが神様だったり仙人だったりして、その事でとても身近にそして独特の世界観に入り込む手助けをしてくれています。個人的な見方になりますが小角に惹かれ広足の作る料理に惚れ込んでしまいました。仁木さんは多作な作家さんなので読み始めてしまえばその世界に入り続けていられるのが嬉しいですね。
最後に紹介させていただくのは本城雅人さんの最新文庫『ビーンボール スポーツ代理人・善場圭一の事件簿』です。僕はスポーツ選手ではないのでその業界の裏側も華やかな表の一部の顔だけしか知らないのに、自分でも驚いてしまうほど入り込んでしまいびっくりしました。それは主人公である全能の代理人と呼ぶに相応しい善場の人間性と、取材と経験からくる見事なリアルな描写がこの小説に込められているからでしょう。完璧に見える善場が元選手で大成しなかった事でその代理人としての才能を開花したという可能性、ここに本物の人としての広がりを無限に感じました。
私はこの本を1日1冊1すすめ
梓崎優さんの『リバーサイド・チルドレン』は、
読後に残るひっかかりも含めて、魅かれるところのある作品。
有隣堂戸塚駅西口トツカーナ店(神奈川)高橋美羽子さん
松家仁之さん『沈むフランシス』。昨年の読書体験の中で、私の一番の収穫はこの作家を知ったことでした。
北海道のとある村。郵便を配達する女と、音を集める男との出会い。でも、ストーリーを説明しても、この作品の良さは伝わらないと思います。
前作『火山のふもとで』もそうでしたが、何か出来事が起こっても、静かな空気が流れている小説です。上質の手織りの布に触れているような小説、といえばいいでしょうか。本好きを自認する方には、読んでいただきたい作家です。
梓崎優さん『リバーサイド・チルドレン』。梓崎優さんの作品は、読後感が後を引くというか、何か、ひっかかりが残ります。それが何かはわかりません。切り口も新鮮で面白い。
でも、こんな切り口でこの題材を書く作家なら、もっと凄い作品を書く可能性があるのではないか、という期待感なのでしょうか。そのひっかかりも含めて、魅かれるところのある作品です。
カンボジアで、ゴミ山を仕事場として暮らしているストリートチルドレン。その中の一人、日本人少年のミサキが主人公。切ないミステリーです。
塩野七生さん『皇帝フリードリッヒ二世の生涯』。大御所というか、紹介などしなくても、読む人は読むでしょうという感じの著者です。もちろんどの作品も一定のクオリティがあり、面白いのですが、チェーザレ・ボルジア、ユリウス・カエサル、そしてこのフリードリッヒ二世。著者がイイ男だと思っている男性について書かれたものは、一段と面白いですね。塩野七生さん、女性だなあ。
フリードリッヒ二世は赤ん坊の時に両親を亡くし、ろくな後ろ盾もなく、14歳で自ら成人宣言し、現在の南イタリアと神聖ローマ帝国だったドイツを統治します。
キリスト教が絶対の中世ヨーロッパで、教皇に何度も破門され、席の温まる暇もなく各地を移動し、女にはよく手を出し、献身的な部下を引き付ける何かがあり、「メルフィ憲章」を制定して法治国家を目指し、次世代の育成にも目配りしました。
この皇帝、面白すぎます。
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