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食欲より読書派にならないわけがない「今秋のハマり」本

小説のもつ「語る力」をまざまざと見せつける
白石一文『記憶の渚にて』は、読書の歓びを堪能できる大作だ。

三省堂書店神保町本店(東京)大塚真祐子さん

 台所と向き合うと、頭の中が静かになる。今日残した仕事のこと、刻一刻とせまる保育園の迎えの時間、竜巻のように渦巻く数々の現実が一旦すっと沈み、台所と自分だけになる。そこではじめて音が聴こえる。玉葱とまな板の間を弾むリズミカル……とはいいがたい自分の包丁の音。もう少し料理を学んでおくべきだった、と何度も悔いながら思いだすのは、幸田文『台所のおと』で病床の夫が妻に言う台詞だ。「女はそれぞれ音をもってるけど、いいか、角だつな」。病に伏せる料理人の夫佐吉に代わり、小料理店の台所に立つ妻のあき。障子一枚を隔てて、佐吉は台所の音に耳をすます。治りがたい病であると知らないはずなのに、佐吉はあきの立てる音の変化を指摘し、あきをひやりとさせる。明るい物語ではないのに読後に心地よさのようなものが残るのは、生活に根ざした実体の伴う描写の、凛とした美しさだ。幸田文の紡ぐ文章のように老いたいと思うけれど、まずは自分の台所の音をしなやかにしなくてはいけない。

 ならばこんな料理教室に通いたいと憧れたのが、辻村深月『東京會舘とわたし』に登場する実在のクッキングスクールだ。百年の歴史を持つ丸の内の「東京會舘」に、“本格的なフランス料理を一般の人に教えるクッキングスクール”として昭和三十年開講、第八章『あの日の一夜に寄せて』では、スクールの卒業生である四人の女性が、東日本大震災の一夜を偶然この會舘で過ごす様子が描かれる。受け継がれるレシピの丁寧で華やかなこと。なかでも「若鶏のカレー」は物語のラストを彩る大切なメニューの一つであり、「料理」というものがいかに人々の日常を支えているかを切に思う。

 度肝を抜かれたのが、白石一文『記憶の渚にて』だ。世界的ベストセラー作家の兄の突然の死、死後読んだ随筆の内容はまったくの出鱈目だった。なぜ兄はこの文章を書いたのか。兄の死の真相を追う古賀純一を中心に物語はうごく。序盤、古賀が営む石鹸会社で社員に「みそおでん」をふるまう場面がある。これが抜群に旨そうなのだ。そんな細部も含めて人が記憶を呼び記憶が人を呼んで、物語全体が海のうねりのように大きなスケールでどんどん立ちあがる。小説のもつ「語る力」をまざまざと見せつける本書は、読書の歓びを堪能できる大作だ。

99%の人が泣けると思う「必涙」本

西加奈子さんの『まく子』は、命の大切さと愛おしさと
温かさに溢れたラストシーンに涙腺が爆発するでしょう。

MARUZEN名古屋本店(愛知)竹腰香里さん

 読書の秋! ですが、普段から何を読もうか目移りしてしまう今日このごろ。今回のテーマは99%の人が泣けると思う「必涙」本です! 私は人一倍涙もろい性質です。あの名作絵本『100万回生きたねこ』を立ち読みし、泣きながら書店から立ち去った思い出があります。電車内での読書も、泣きそうになったら急いで本を閉じます。そんな私が、何回読んでも泣ける三冊を紹介します。共通するのは、家族との繋がり、周りの人たちとの触れ合いにより主人公が成長する物語。読みながら、主人公と共に自分も成長していく感動を覚えます。

 一冊目は、西加奈子さんの『まく子』。大人になりたくない主人公の「ぼく」が、ある日突然やってきた少女・コズエに出会います。彼女には秘密があって……。受け入れること、与えること、信じること、誰にでも訪れる変化を、西加奈子さんが登場人物だけではなく読者まで包み込む愛情たっぷりの筆致で迫ります。命の大切さと愛おしさと温かさに溢れたラストシーンに、涙腺が爆発するでしょう。

 二冊目は、小川糸さんの『ツバキ文具店』。祖母から継いだ文房具店の店先で、代筆屋を請け負う主人公・鳩子。祝儀袋の名前書きから離婚の報告、果ては借金のお断りの手紙まで風変わりな依頼も続々と舞い込みます。大切な人だからこそ、自分では伝えられない想いを鳩子が代わりに届けます。手紙を通して繋がる人々との交流。鳩子は、次第に代筆という仕事に喜びを見出し成長していきます。厳しかった祖母との関係を見つめなおす過程で、真実が明かされる場面は涙なくしては読めません。読み終わった後は、大切な人に手紙を書きたくなります。

 三冊目は、有川浩さんの『アンマーとぼくら』。休暇で沖縄に帰ってきた主人公リョウが「おかあさん」と親孝行のため三日間の島内観光を計画。一人目の「お母さん」は幼い頃に亡くなり、再婚した父も他界。観光を続けるうちに、リョウは何かを不思議に感じ始めます。リョウと二人の母、そして子供っぽい父。性格の真っ直ぐさが誤解を招く父の行動に翻弄されながらも、二人の母の愛情に育まれ成長するリョウ。不思議の正体にも気付き、親子の愛情の深さに涙が止まりません。血の繋がりを超えた親子の物語の幕切れには、深い感動があなたを待っています。

 

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