今月飲むのを我慢して買った本
道尾秀介さんの新たな代表作と呼ぶに相応しい『鏡の花』は、
それまでの「?」が最終章でストンと腑に落ちる。
紀伊國屋書店渋谷店(東京)竹村真志さん
薄給の書店員に「飲むのを我慢して買った本」を教えてください、とはなんともニクいお題です。何があるわけでもないけど、お酒が飲める11月 。何もないなら、本を読んでみるのは如何でしょうか?
まず紹介したいのは、道尾秀介さん『鏡の花』。4つの家族、計11人にも及ぶ人々の運命を巡る6篇の群像劇なのですが、少年が自身の出生の秘密に迫る第1章を読み終え、第2章に進むと、そこで奇妙な違和感を覚えるはずです。そして更に読み進めると、第3章で再び「?」という気持ちになります。けれど、その感覚を大切にしてほしいのです。
あえて多くは語りませんが、ちょっぴり不思議なそれまでの5篇が最終章で像を結ぶとき、それまで積み重なってきた「?」がストンと腑に落ち、胸に沁みてきます。道尾さんの新たな代表作と呼ぶに相応しいオススメの1冊です。
つづいて、アンドリュー・カウフマン『銀行強盗にあって妻が縮んでしまった事件』。「飲むのを我慢してまで買った本が、そんなへんなタイトルかよ!」と言われてしまうと、ぐぅの音も出ないのですが、タイトル通り、銀行強盗に出くわした妻の背が、日に日に縮んでいく……というトンデモナイ物語です(あ、言っちゃった)。銀行に居合わせた他の人々にも、何とも形容し難い不可思議な現象が起こります。ある者は身体に彫り込んだタトゥーのライオンに追い掛け回され、またある者は夫が雪だるまになってしまい、心臓が時限爆弾になってしまう者も……。
これは全て暗喩に満ちた物語なのです。そんな理不尽な状況から、彼らは日常に戻って来られるのでしょうか? ね、面白そうでしょ?
最後は、畑野智美さん『南部芸能事務所』。こちらも連作短篇集なのですが、舞台はこれまたタイトルが示す通り芸能事務所(弱小)。お笑い芸人たちが主人公です。お笑いを始めるには、資本金も学歴も資格も要りませんが、そこは非常に狭き門。
いきなり芸人になると決めた学生、ブレイク間近の女ものまね芸人、ブームもピークも過ぎた悩めるコンビ達の悲喜こもごも。この本を読めば、お笑いライブに行きたくなる!
かく言う私も、初めてだし……と尻込みしていた某芸人さんのライブ、決めた、行きます! ああ、また飲み代が……(笑)。
当店の売れ行き30位前後にいる小説
発売以来じわじわと売れている鞍馬良さんの『秀長さん』は、
1年以上平台から外せない当店の隠れたエース。
丸善横浜ポルタ店(神奈川)柳 幸子さん
当店は、ショッピングセンター内にある50坪ほどの店舗です。置ける書籍も文庫、コミックがメインになります。比較的若いお客様が多く映画、ドラマ、アニメ化の文庫やコミックがよく売れているのですが、地味ながら長く売れ続けているのは、実は時代小説が多く見られます。
その中でも、発売以来じわじわと売れているのが、鞍馬良さんの『秀長さん』です。1年以上平台から外せない当店の隠れたエースです。
秀吉について書かれた本は多数有るかと思いますが、その秀吉の弟となれば? 一般的には、誰それ? ですよね。しかし、そこがかえってお客様が興味を持ってくださるポイントのようです。内容も、秀長がいきいきと描かれ、著者が丁寧に調べた上に愛情を持って書かれたことに好感をもちます。この本を読むと秀吉がいかに家族に恵まれていたかがよく分かります。
続いても時代小説です。伊東潤さんの『武田家滅亡』です。伊東潤さんは、『巨鯨の海』が今回の直木賞候補になりました。とても、迫力のある作品でした。
伊東潤さんの魅力は、大胆でいて緻密な構成と、心を揺さぶられるストーリー。一度読めば、たちまちその魅力に取りつかれてしまいます。その魅力を知って頂くには、ぜひこの作品を読んで頂きたいです。時代小説はあまり読まない、よく分からない、難しいと思っている方にもお薦めします。
史上最強といわれた武田家が、どうして滅びたのか、武田信玄の息子武田勝頼を主人公に書かれています。勝頼を知ることで、当時の武田家の内情、近隣諸国との関係が明らかになり大河ドラマのようにぐいぐいと引き込まれるように、一気読みしてしまいます。
最後の一冊は文芸書担当として、単行本を紹介します。タナダユキさんの『復讐』です。今年4月に発売されて以来じわじわと売れています。タナダユキさんは、今話題の映像作家です。そのタナダユキさんの長編ミステリーです。読み進めていくうちに、主人公の深い闇にこちらが呑み込まれるほど圧倒される作品です。また、自分自身にも問いかけられているようにも感じます。
人は他人の罪をどこまで赦せるのでしょうか。とても、考えさせられる一冊です。今後のタナダユキさんに期待です。
私はこの本を1日1冊1すすめ
時おり関西弁が交じる西加奈子さんの『ごはんぐるり』は、
食べ物とそれをめぐる人々への愛が感じられます。
宮脇書店旭川豊岡店(北海道)宮下佳奈さん
じんわりと心にしみる本に、美味しいものがたくさん登場する本。秋の夜長に、行楽のお供に、おすすめの三冊を紹介します。
はじめに、ドリアン助川さんの『あん』。主人公は小さなどら焼き店の雇われ店長。アルバイト募集の貼り紙を見てやってきたのは七十代の女性。彼女の作る絶品の「あん」によって店は賑わいはじめますが、やがて思いもよらないところから綻びが生じます。
それぞれが抱える過去の痛みと、今現在の生活の陰り。徐々に明らかになる互いの人生に安易に同情するのではなく、戸惑いながらも理解しようと努める姿に心を打たれます。
深刻なテーマをはらんだ物語を「あん」の甘い香りがふわりと包み込んで、不思議と重苦しくなることはなく、生きることについて深く考えさせられると同時に優しい気持ちになれる一冊です。
次に、石田千さんの『バスを待って』。主人公も舞台もばらばらですが、どの物語にも必ずバスが登場する短編集です。
といっても、バスはあくまで脇役。何気ない日常が描かれる中で、人々のくらしに寄り添うようにさりげなく、身近な存在としてバスが描かれます。
見知らぬ人たちとともに少し高い場所から眺める街並みは、車や電車からは見られない特別な景色。バスの中は、少し手持ちぶさただけれどゆったりとした心地いい時間が流れています。
人生の岐路に立った日に、何気ない一日に、主人公たちは晴れやかな気持ちになってバスを降りていき、読後はすがすがしくもあたたかい気持ちで心が満たされます。
最後に、西加奈子さんの『ごはんぐるり』。幼少時代を過ごした異国の食文化から現在の日々の食事、さらには活字の中の未知なる食べ物まで、「ごはん」を軸にさまざまな世界へ連れていってくれるエッセイ+短編集です。
時おり関西弁が交じる、どこか可愛らしくて小気味よい語り口。登場する「ごはん」の背景には必ず「物語」があり、食べ物とそれをめぐる人々への愛がひしひしと感じられます。
美味しいものを食べる、というシンプルだけれど人生最大の幸せのおすそわけをもらって、読んだ後はいつものごはんが普段より美味しく感じられるような気分にさせてくれました。
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