◎編集者コラム◎ 『ガラスの虎たち』著/トニ・ヒル 訳/村岡直子

◎編集者コラム◎

『ガラスの虎たち』著/トニ・ヒル 訳/村岡直子


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 いきなりですが、70年代の人気アニメ『マジンガーZ』の像がスペインにあることをご存じでしょうか。

 アラフィフの方ならおなじみ、永井豪さん原作の「巨大ロボもの」の先駆けアニメは世界各国で大人気を博し、特にスペインでは放送当時、最高視聴率80%(!)という、お化け番組でした。その人気のあまり、バルセロナの西100キロにあるカブラ・デル・カンプ村の公園に、高さ10メートルの巨大像が建てられたそうです。

 本作『ガラスの虎たち』は、そのマジンガーZが重要なカギとなる、スペイン・ミステリです。舞台は1978年と、37年後の2015年のバルセロナ近郊の貧困地区。12歳だった二人の少年の友情と、時を経ての偶然の再会を描きます。

 少年の一人は、父親の虐待と母親のアルコール依存に苦しむクラスのいじめられっ子。もう一人は、地域のリーダー的存在の両親を持つクラスの人気者。全く対照的な存在にもかかわらず、クラスの席替えをきっかけに周囲も羨むほど強い絆で結ばれた二人にとって、共通のヒーローはマジンガーZであり、その操縦者コージ・カブト(兜甲児)でした。当時のスペインの少年たちの間で、マジンガーのブロマイド集めが大流行したという作中のエピソードには、私も何ともいえない懐かしさと共感を覚えました。70年代に子ども時代を過ごした方ならおわかりかと思いますが、好きなキャラクターやスターのブロマイド集めというのは、子どもたちにとっては本当に心ときめく楽しみで、それはもう、宝物のように大切にしたもの。物語の中では、そんな憧れのヒーローのたった一枚のブロマイドが、その後の少年二人の人生を大きく変えるきっかけとなってしまうのですが……。

 1978年のスペインといえば、長く続いたフランコ独裁政権が終わり、労働運動が盛り上がっていた時期です。ここに描かれる貧困地区シウダード・サテリテでは、まだまだ家父長制が根強く残っていて、父親は外では自由を叫びながら家の中では威張り、夫に従順であることを強いられる母親は忙しく家庭を切り盛りし、子どもたちは放任の親や高圧的な教師たちのもとで理不尽な思いをしながらも、逞しく生きていたような時代でした。そんな空気の中で、マジンガーのようなテレビヒーローとその憧れを共有する友だちが、どれほど彼らの生きる糧となっていたかを思うと、二人の少年がその後に辿る運命には、何とも言えずやるせなさを感じずにはいられません。

 装画は『ベルリンは晴れているか』の小山義人さん。その絵を見た途端、70年代の子ども時代に引き戻されてしまうような、素晴らしいカバーもぜひお楽しみ頂きたいです。

 もちろん、本作の魅力はノスタルジックというだけではありません。さすがベストセラー警察小説『死んだ人形たちの季節』の著者、サスペンスにぐいぐいと引き込まれ、終盤の衝撃の展開、そして最後の最後にあっと言わされること間違いなし。21世紀を生きる私たちが今もなお抱える問題を鋭く描く、奥深い味わいの傑作ミステリです。

──『ガラスの虎たち』担当者より

ガラスの虎たち

文学的「今日は何の日?」【4/13~4/19】
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