エッセイ

英国つれづれ第8回バナー
椅子から立ってみると、彼女が両手に大皿を持ち、キッチンからダイニングへ移動しているのが見えました。今度こそ、運ぶくらいのお手伝いは……と思ったのですが、ランチは大きなお皿一枚に全部盛りでした。あとは、水道水を満たしたグラスとカトラリーを置けば、テーブルセッティングは完了。特にお手伝いは必要ありません。しょんぼり。「昨日
作家を作った言葉〔第15回〕櫻木みわ
 びわ湖のなかの島に住んでいる。車も信号もコンビニもない、人口二百五十人ほどの小さな島だ。去年の冬にひょんなことから住み始め、いつまでいるかもわからないまま、島の文化や高齢者たちの話に惹かれて暮らしている。島から対岸には定期便で運航している通船が出ていて、片道十分ほどで行き来ができる。いまは観光客も多いけれど、二十五年
ハクマン第103回
数日前に税理士から確定申告が完了したので決算書などを取りに来いとの連絡があった。確定申告提出の締め切りは3月15日なので、締め切りの10日前に提出どころか全てが終わっているという状況だ。漫画で言えば、締め切りの1年前に原稿を提出し、掲載の半年前にネットに全部流出するぐらい仕事が早い。片や今、この原稿を催促を受けてから書
# BOOK LOVER*第15回* EXIT りんたろー。
 初めての著書『自分を大切にする練習』を執筆し、発売日を迎え、インタビューをたくさんしていただき、べらべらしゃべり。ひと通りアウトプットを終えたらむくむくとインプット欲が湧いて、読書好きの妹に「何か面白い本はないか?」と聞いて薦めてもらったのが、赤染晶子さんのエッセイ『じゃむパンの日』でした。この本の中で書かれているの
英国つれづれ第7回バナー
プレゼントを渡してさっと失礼するべきだったのかもしれませんが、私は結局、のこのことお家に上がり込み、お茶をご馳走になることになってしまいました。明るく、当たり前でしょって感じで招き入れてくださったことが、勿論いちばんの理由なのですが……。イギリスの一般家庭、その中でもうんと素敵な部類であろうこのお家の中を見てみたい。目
乗代雄介〈風はどこから〉第1回
第1回「野生動物に会いに行こう」 7月末の平日の朝、JR木更津駅から1時間に1本のJR久留里線に乗りこむ。窓を縁取るような青と緑に黄色いドアのカラフルな車両。いわゆるローカル線で日中は1両編成の時さえあるが、朝は通学のために車両が増え、この時は3両編成だった。もう夏休みのはずなのに学生が多い。部活にしてはみんなスクール
辻堂ホームズ子育て事件簿
「子どもと色、色と性差」2023年2月×日 「いこうよ、いこうよー」「今は赤信号でしょ。赤は、とーまーれ。行けないの」「うえぇぇぇぇぇぇん」半年前に引っ越してきた旧祖父母宅のあるこの街は、基本的に車社会だ。保育園の送り迎えも、買い物などの用事の際も車で移動するのだけれど、3歳になったばかりの娘はどうも信号で止まるのを非
日本語「再定義」バナー
【名詞「外タレ」】「外タレ」とは「外国人タレント」の略称であるが、正式名称よりもモノゴトの本質ニュアンスを突いた単語という印象を受ける。その本質とは、 ・ちょっとやそっとでは真似のできない語学力・ちょっとやそっとでは真似のできない表現力 ・ちょっとやそっとでは真似のできないインチキくささ に対する羨望と揶揄のミックスだ
ハクマン第102回
そろそろ催促が来るだろう、と思いながら今この原稿を書いている。いつもは来てから書いているので今回は著名人が死んだときのウィキペディアンぐらい仕事が早い。毎回催促を受けて「今からやろうと思ってたのに、完全にやる気なくしたわ」と部屋が汚い中学生ムーブをする前に書けば良いのではないか、と思うかもしれない。しかしこの仕事は余裕
あさのあつこ『神無島のウラ』
神話と現実と トカラ列島の真ん中に位置する悪石島。そこに渡るために鹿児島港から〝フェリーとしま2〟に乗り込んだのは、2019年5月31日の夜だった。悪石島のボゼがユネスコの無形文化遺産に登録された、その記念ツアーに参加したいと思ったからだ。別にゲストとして招かれたわけではなく、ボゼという異形の神に強く惹かれ、是非とも逢
吉村栄一『坂本龍一 音楽の歴史 A HISTORY IN MUSIC』
目を瞑って、龍をなでる。『坂本龍一 音楽の歴史』について 2009年ぐらいから、坂本さんにはその音楽作品をまとめた包括的なディスコグラフィーを作りたいという話をしていた。これまで世に出たレコード、CDなどを網羅し、代表的な作品についてはあらためて語っていただくという形で構想していた。幸いにもそれに賛同いただき、では、自
岩井圭也『完全なる白銀』
「冬のデナリを登る人」 「女性と登山」という組み合わせを着想した原点は、おそらく母と妻にある。母は若い時分、日本アルプスの山小屋に住み込みで働いていたらしい。しかしながら、息子である私には登山の経験がない。登山の楽しみはどこにあるのかと問うと、母は「なんでやろなぁ」と毎度とぼけていたが、その顔は昔を懐かしむようであり、
英国つれづれ第6回バナー
油断すると転びそうな階段を、小さくて可愛い花々を眺めながら降りると、そこには、道路で見ていたよりさらに可愛らしいコテージがありました。1階の窓は大きいので、レースの繊細なカーテン越しに、暖炉の火が燃えているのがうっすら見えました。ますます素敵だ……!素朴な木製の玄関扉は、少しくすんだ、でもまったく陰鬱な感じはしない、絶
ハクマン第101回
そろそろ確定申告の時期だ。そう言いたいところだが「3月10日以降」を確定申告の季節と定めている作家も珍しくない。そのタイプにとって2月、まして1月から確定申告の準備を始める人間は、銭湯に行くのに家を出る段階から全裸になっている奴みたいなもので、通報した方が良いか迷うレベルの変態なのだ。しかし一般的に見れば先手全裸の方が
作家を作った言葉〔第14回〕寺地はるな
 作家はいつ「自分は作家だ」と自覚するのだろう。わたしはデビュー作を刊行してから数年が過ぎてもまだ自分を作家だと思っていなかった。自身のことを「非正規雇用者で、たまに小説を書いている主婦」と認識していた。作家という職業になにか華々しい、特別なイメージを持っていたせいで、こんなわたしが作家を自称するなんて図々しいのでは、
# BOOK LOVER*第14回* 福田萌子
 小説を読むのは昔から好きで、大学では英米文学を専攻しました。でも、衝撃を受けた一冊をここで挙げるのならば、中学生のときに国語の授業で出会った『高瀬舟』です。喜助という男が、弟を殺した罪で島流しにされる。それなのに喜助の表情は不思議と晴れやかで、舟を漕ぐ男が理由を尋ねると……。有名な小説ですからあらすじをご存知の人は多
英国つれづれ第5回バナー
どこまで行っても、窓から見えるのはたいてい住宅街。しかし、これまで見てきた街とは、少し様子が変わってきました。ブライトンの街中でよく見る住宅は、いわゆるフラットです。京都の町屋のように、間口が狭く、奥に向かって細長く、裏手に小さな庭がついている……たいてい3階建てくらいの長方体の住宅が密接して並ぶ、なかなか圧迫感のある
相場英雄『覇王の轍』
素朴な疑問が出発点 〈こんなビジネスモデルで、どうやって経営を続けていくんだ?〉拙著『覇王の轍』は、こんな素朴な疑問が出発点となった。先に触れたビジネスモデルとは、〈ガラガラに空いた列車〉を指す。素人目にみても、将来的に破綻するのが目に見えていると映ったのだ。私事で恐縮だが、日頃の取材活動では自ら自動車やバイクを駆り、