エッセイ

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穂村弘『短歌のガチャポン』
それはもう限界超えたマイケル踊り 朝、ハイヒールの会社員らしい女性が、駅の通路にしゃがみ込んでいた。体調が悪いのかと思って、どきっとする。でも、違った。彼女はガチャポンを見つめていたのだ。硬貨を入れてハンドルを回すとカプセルがポンと出てくる、あれである。急に親近感が湧く。大人なのに、通勤の途中だろうに、そんなに本気のエ
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辻堂ホームズ子育て事件簿
2022年11月×日 カチャ、と小さな音がした。朝6時過ぎの薄暗い寝室。夫と私は寝ぼけ眼をこすり、布団から顔を出す。夫が驚いたようにこちらを向く。私はぼんやりと、いま何の音で起きたんだっけと考えている。私がベッドにいるのを視認した夫がドアのほうを振り返り、動揺した声を発する──「●●!?」(●●=娘の名前)。夫婦そろっ
武田綾乃「おはようおかえり 京は猫日和」 第4回「思い出の京の味」
寂しがりたがり 私が結婚したのは去年の十二月末。その時に、「もしかしたら結婚について悩んでいる人達におすすめの本を教えてくださいというエッセイの依頼が女性誌あたりからくるかもしれないぞ!」と思い、オススメの恋愛本リストを密かに持っていた。だがしかし、一向に依頼が来る気配がない。これはもしかすると大事に大事に大事に温めす
額賀 澪『タスキメシ 五輪』
東京オリンピックの落とし前をつける、最初の一歩 2021年の夏、東京でオリンピックが行われている最中、会う人会う人から「あんた、目がギンギンで顔がバッキバキだよ?」と言われた。連日開催される競技の数々はもちろん、オリンピックに関連するありとあらゆる事象をこの目に焼き付けてやろうと、メディアというメディアに囓りついた。大
荒木 源『PD 検察の犬たち』
内側から見た新聞の栄光と滅び 四半世紀以上の昔だけれど、私は新聞記者だった。東京地検特捜部を担当していたころ、初めてで最後にもなってしまった一面トップの特ダネを書いた。自民党が下野するきっかけを作った大型疑獄の真っ最中だった。夜討ち朝駆けを繰り返した検事から、国会議員への違法献金が見つかったと耳打ちされた時は震えた。原
ハクマン第96回
前回部屋にG(ゴリラ)が出現したことにより、部屋の掃除が急務となり、そのどさくさで古いPCを搬出し、新しいPCの導入に成功した。名作ギャグマンガ「稲中卓球部」に寝ている女のパンツを起こさないように脱がせる「パンツ職人」というのが登場したことがある。手練れのパンツ職人にとって相手の「寝返り」はピンチではなく様々な摩擦に乗
真山 仁『タングル』
三つのお題がもつれて生まれた光の物語 シンガポール、量子コンピューター、ウルトラマン──。この三つのキーワードで物語をつくれ!いわゆる三題噺は落語の形態で、客に自由に三つの「お題」を決めてもらい、それを落語家が一つの噺にまとめる趣向だ。最近では、就職試験の小論文で出される場合もあるようで、確か私が就活をしていた頃には、
稲田俊輔『キッチンが呼んでる!』
料理という名の物語 「小説を書いてみませんか?」と、小学館の加古さんにお誘いを受けた時、僕は反射的にかぶりを振っていました。「無理ですよ。書き方もわかんないし」しかし加古さんは、「本、お好きですよね。小説も読んでらっしゃるでしょう? きっと書けますよ」と、事も無げにおっしゃいます。「いや、エッセイならともかく、小説はま
早瀬 耕『十二月の辞書』
設定していなかった朱鞠内湖のほとり 短編小説『十二月の辞書』を長編にリメイクした草稿では、北海道の陸別町から物語が始まっていた。北見と帯広の中間地点にある小さな町で、とてつもなく寒い場所なのだという。内陸の町なのに「陸から別れる」という当て字も、物語の冒頭にふさわしいように思えたし、天文台とプラネタリウムもある。陸別に
作家を作った言葉〔第11回〕朝比奈あすか
 16年前、新人賞授賞式の後に歓談の時間があり、選考委員の藤野千夜さんとお話しする機会をいただいた。大ファンの私はどぎまぎし、「せっかく選んでいただいたのに、すぐ消えるかもしれません」と、場違いな自虐をした。すると藤野さんは優しく微笑み、「作家は、自分で消えない限り、作家なんです。本が出ようが出まいが、書き続けていれば
# BOOK LOVER*第11回* 清志まれ
 先日、祖母が亡くなった。戦時中、女学生として動員され工場勤めをしていた彼女は寮暮らしだった。空襲があると防災頭巾を被り、寮を飛び出す。逃げ回る日々に嫌気がさしたのか、ある晩「もう死んでもいい、今晩ばかりは布団で朝まで寝る」と警報を無視して居座った。その夜、爆弾はいつもの避難壕に落ち、友らの命を奪った。寮にとどまった祖
ハクマン第95回
漫画家になって十数年、他の作家と交流することはほとんどなかったが、Twitterのボイスチャット機能に依存するようになってから、漫画家と話す機会が増えた。そこでわかったのは「漫画家は9割心療内科に行っている」ということだが、スタンド使い同士が惹かれあうように、たまたまそういう作家が集まってしまっただけだろう。「家にトレ
辻堂ホームズ子育て事件簿
2022年10月×日 編集者さんに連載原稿を提出するときは、前月の原稿ファイルを開いて「名前を付けて保存」し、その際に連載回数の数字を書き換えることにしている。今回は驚いた。このエッセイ、本日で20回目なのだという。20か月。思えば遠くへ来たもんだ。そんな記念すべき20回目の原稿、いつも以上に緩く楽しく適当なテンション
武田綾乃「おはようおかえり 京は猫日和」 第4回「思い出の京の味」
ゼクシィって意外と実物を見たことない 九月某日、結婚式をした。入籍自体は昨年の十二月末だったのだが、コロナの状況がどうなるか分からなかったのと仕事のスケジュールに鑑み、少し間を空けて九月に設定した。ところが、いざ蓋を開けてみると2022年の夏はコロナが大流行。間を空けた意味とは……!(それでも九月にはある程度落ち着いて
吉野弘人『ステイト・オブ・テラー』
極上のフーダニット 「ヒラリー・クリントンとルイーズ・ペニーの国際政治スリラーを翻訳してほしい」という依頼を受けたときは大いに驚いた。第四十二代アメリカ合衆国大統領ビル・クリントン夫人にして、オバマ政権下で国務長官を務め、さらにドナルド・トランプと大統領選を争ったヒラリー自らをモデルにしたスリラー。話題にならないはずが
古屋美登里『わたしのペンは鳥の翼』
わたしたちの物語 『わたしのペンは鳥の翼』(英題 MY PEN IS THE WING OF A BIRD)は、アフガニスタンの十八人の女性作家が初めて世に問うた短篇集である。もっとも、彼女たちがどこで暮らし、どのような生活を営んでいるかは訳者にも知らされていない。わかっているのは、タリバン政権下のいま、小説を書いたこ
ハクマン第94回
今年もあと3ヶ月である。毎年こう言ってため息をついている人間は時間が無限にあったとしても何も成し遂げないので安心してほしい。そもそも何を成し遂げていようと時間は流れるのだ。時間の流れを筋肉で止めることができるというなら、今年がすでに3ヶ月しか残ってない奴は筋トレ不足だったとして反省の余地がある。だがきんにくんの今年だっ
古矢永塔子『今夜、ぬか漬けスナックで』
『今夜、ぬか漬けスナックで』は、職と住居を失った主人公の女性が、祖母から受け継いだぬか床を抱えて瀬戸内海の離島に移住する物語だ。原稿を書きながら私は、迷っていた。物語の行方についてではなく、ぬか床を持つか、持たないか、について。何しろ私は小学生時代から、夏休みの宿題のミニトマトや、朝顔の鉢植を枯らしてきた人間だ。ぬか床