エッセイ

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 この度、はじめて文庫で本を出版させていただきました。単行本は、これまでも、何度か出版した経験がありましたが、文庫となると、また違う嬉しさがありました。私は、一九九八年に神保町の古本屋に就職したので、その後の茅場町、今の銀座と、かれこれ二十三年のあいだ、本を販売する仕事をしています。また本書にも書いた通り、それ以前も、
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ハクマン52回
現在2度目の緊急事態宣言が発令されているはずである。とは言っても、我が県は政府に最後まで忘れられている47都道府県目の座を、いつも鳥取あたりと競っている強豪県なので当然発令されていないのだが、じゃあど
若松英輔「光であることば」第2回
 悲しみや苦しみを生きるとき、まったく励まされないのも寂しいのかもしれないが、善かれと思って投げかける激励の言葉は、かえって相手の苦しみを深めることがある。  さらにいえば、励ましらしい言葉は、ほとん
幸村しゅう『私のカレーを食べてください』
私の体は、カレーで出来ている  小食で好き嫌いが多い私は、給食が大の苦手だった。 クラスに1人や2人、食べ切れなかった給食の残りを、机にしまい込んでいる生徒がいたかもしれないが、何を隠そう、あれは私の
思い出の味 ◈ 中山祐次郎
第39回 「馬鹿野郎、辛すぎんだよ」  およそ医者とは思えぬ罵声で叱られたのは、駆け出し外科医だった30歳のころ。東京下町の救急病院で3ヶ月の修業をした。血の気の多い救急医たちに混じって、毎日運ばれて
西川美和『スクリーンが待っている』
旅の記録  2015年の秋に佐木隆三さんが亡くなったのをきっかけに、1990年に刊行された『身分帳』に出合いました。新聞の追悼記事で、親友だった作家の古川薫さんが佐木さんの著書の中で『復讐するは我にあ
スピリチュアル探偵
本物の霊能者を探し求めて東奔西走。こんな活動を15年以上も続けていますと、霊能者と普通に友達関係ができあがってしまうことがしばしばあります。数年前に深夜の歌舞伎町で出会った、通称「魔女っ子」さんもその
ハクマン第51回
これが今年一発目の記事である。 しかし私の仕事は12月31日の17時に納まり、1月1日の0時18分には始まっていた。 これは仕事が忙しいからというわけではなく、もっとタイトにやれば正月休みなどいくらで
武田綾乃「おはようおかえり 京は猫日和」 第4回「思い出の京の味」
「響け!ユーフォニアム」のアニメが放送されていた2015年、私は人生の岐路に立たされていた。そう、就職活動である。アニメ化したら専業作家で問題ないだろうという気持ちと、いやいや人生そんなに上手くいかな
ハクマン50回
おそらくこれが2020年最後か2021年最初の記事になるはずなのだが今の時点では判然としていない。 WEB連載には年末進行がない代わりに「正月休みという概念」も消失している場合が多く、ただでさえ誰が読
若松英輔「光であることば」第1回
 人は、よろこびがなくては生きていけない。からだが水を必要とするように、心はよろこびを希求する。  だが、私たちはしばしば、何が自分にとって真の「よろこび」であるのかが分からなくなる。分からないものを
思い出の味 ◈ 道尾秀介
第38回  あれは忘れもしない小学三年生か四年生かそのくらいの頃、友達数人といっしょに禁断の果実を食いまくったことがある。校庭の隅に植わっているビワの木が、毎年夏になると実をたくさんつけるのだが、絶対
仙川 環『処方箋のないクリニック』
北風ではなく太陽を  飲み会などで出る血液型性格診断の話題が苦手だ。「A型は几帳面」などとしたり顔で言っている本人も、相槌を打っている同席者も、本気でそうと信じているわけではないだろう。なのに、「非科
ハクマン
今年も1年が終わる。 そう言っても1年というのは、この連載は月2回更新なので担当の催促メールを24回受け取れば自動的に終わるシステムである。ただその内4回ぐらいは催促前に送っているので、20回、つまり
井上荒野さん
第37回 「あぶたま鍋」もしくは「とりたま鍋」と呼んでいた。どちらだったかも、もうわからない。母がどこかで覚えた鍋だった。ほとんど家から出ない人だったから、雑誌か何かでレシピを見たのか、あるいは父と一
スピリチュアル探偵
たとえば政治家や経営者など、地位のある人には意外とスピリチュアルな世界に関心を持つ人が多いもの。実際、名のある占い師や霊能者が、誰もが知るようなビッグネームを太客に抱えているのはよく聞く話です。 そう
武田綾乃「おはようおかえり 京は猫日和」 第4回「思い出の京の味」
 子供の頃、バタービールを飲んでみたかった。バタービールとは「ハリー・ポッター」に登場する飲み物で、映画の中ではハーマイオニーが口元に泡でひげを作っていた。ビールジョッキに並々とつがれた温かそうな謎の
辻堂ゆめ『十の輪をくぐる』
祖父の日記と、祖母の方言  2016年9月、母方の祖父が亡くなった。80歳だった。  幸か不幸か──いや、きっと幸いなことなのだろう。私は23歳になるまで、身近な人の死に接したことがなかった。小さい頃