連載小説

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◇ショートストーリー◇稲田俊輔「キッチンが呼んでる!」連載第2回
第2話 4日目の炊飯器 朝ベッドの中で、昨晩ほろ酔い気分でうっかり追加のトーストを焼いてしまったことを少しだけ反省していたら、唐突に母のことを思い出した。子供の頃、トーストを食べるために冷蔵庫からいちごジャムを取り出してきてパンに塗ろうとしたら、姿見の前で出かけ支度をしていた母にいきなり窘められた、そんな思い出だ。
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第168回
「ここに映し出された内容について、裁判員の皆さんにもわかりやすく説明してもらうことはできますか?」「できると思います──」染谷はそれが増山のブラウザの履歴であることを説明した。「ここに『女子中学生 レイプ』という文字があります。これは何でしょうか?」「それは検索文字列です。パソコンを使っていた人がキーボードで打ち込んだ
◇長編小説◇白石一文「道」連載第13回
3 功一郎が渋谷道玄坂のピザレストラン「ベリッシマ」に行ったのは、碧とコレド室町で会って九日後の一月十八日金曜日のことだった。その日は午前七時前に出社し、誰もいない職場で、昨夜借りてきた「恋は雨上がりのように」のDVDをデスクのPCで視聴した。二時間足らずの映画だったので、部員が出てくる頃には観終わっていた。主人公の
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第167回
 志鶴は立ち上がった。「反対尋問の必要はありません」「五人の証人が取調べられてきたが、弁護人は一人も反対尋問していない。反対尋問しないなら、最初から書証の取調べを認めていれば、貴重な時間を割いてくださっている裁判員の皆さんに余計な負担をかけることもなかったのではないか?」獲得できるものがなければ反対尋問はするべきではな
◇ショートストーリー◇稲田俊輔「キッチンが呼んでる!」連載スタート
第1話 3日目のオーブントースター ドアのチャイムが鳴って、宅配便が届いた。配達員さんから受け取ったその真新しい箱を、部屋の隅に積み上がったままの引っ越し用段ボールの一番上に神棚のようにのせると、私はパソコンの前に戻って仕事の続きに取り掛かった。
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第166回
5 志鶴は弁護人席へ戻った。「いい陳述だった」そう聞こえて顔を向けると田口と目が合った。田口がまた前を向く。本当にそう言ったのか確証が持てなくなる。裁判員が検察官の冒頭陳述で抱いた強烈な有罪心証を弁護人の冒頭陳述だけで覆すのは不可能だろう。それでも打つべき布石はすべて打った。
◇長編小説◇白石一文「道」連載第12回
2 帰宅したのは午後九時半過ぎだった。渚には早見たちと一杯やってくるとラインしておいたので、別段不審がられることもなかった。酔い覚ましの濃い緑茶を淹れて貰う。ダイニングテーブルで熱いお茶をすすりながら、キッチンで煮物をこしらえている渚に声を掛けた。「美雨は?」玄関に靴はなかったし、彼女の部屋の前を通っても人の気配は感
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第165回
 増山が志鶴に語った供述と警察で作成された書面等から、増山の事情聴取や取調べを担当した刑事たちを特定した。灰原は増山が「ノッポ」と認識していた刑事だ。柳井に命じられ、助言を受けながら灰原は増山の一人称で綿貫を尾行し刃物で殺害し遺体を遺棄したという事実とかけ離れた、増山が言ってもいない内容の供述調書を作文する。
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第164回
「警察官/検察官が噓をつくなんてあり得ない」?「警察官/検察官の立場だからこそ、法廷で噓をつく理由がある」?「さて、綿貫さんのご遺体が発見されたあと、警察はどうしていたでしょうか? まず現場で発見された吸い殻からDNAを採取し、鑑定しました。ご遺体には浅見さんのときと同様、真犯人が自身の痕跡を消すため漂白剤が撒かれてい
◇長編小説◇白石一文「道」連載第11回
第三部 1 年末年始、美雨(みう)はずっとアルバイトだった。新しい勤務先は渋谷のコーヒーショップで24時間営業・年中無休らしい。大晦日も帰宅したのは明け方で、三人で新年の食卓を囲んだのは昼過ぎのことだった。例年通り、お屠蘇(とそ)を飲んで、渚(なぎさ)が腕によりをかけて作ったおせちを食べる。会話は弾まなかったが、それで
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第163回
「当時事件についての報道をご覧になっていた方は、おかしいとは思わなかったでしょうか? 犯人がお二人のご遺体に漂白剤を撒(ま)いたのは、自分のDNAを破壊して警察がDNA鑑定をできなくするのが狙いだと考えられます。にもかかわらず、綿貫さんのご遺体のすぐそばに、警察が容易にDNAを鑑定できる吸い殻が──それも一本ならまだし
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第162回
 リモコンを操作して、プレゼンテーションソフトのスライドの一枚目を画面に呼び出し、傍聴席向けのディスプレイで確認した。大きな太文字でこう書かれている。真犯人は、街にいる 「この事件には増山さんではない真犯人が存在します。その人物は男性で、増山さんに自らが犯した犯罪の濡(ぬ)れ衣(ぎぬ)を着せ、
◇長編小説◇白石一文「道」連載第10回
5 「確かに、おにいさんがおっしゃる通り、自分の力を試すのなら年齢的にもいまが最後のチャンスかもしれないですね」酒はワインから焼酎に変わっていた。時刻は午後八時を回ったところだ。カウンターにゲタが置かれたので、これから二代目自慢の絶品の寿司が握られてくる。「でも、美雨ちゃんのためにそうするっていうのは私も、姉の言うとお
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第161回
 志鶴が助言し、練習したとおりの回答だ。傍聴席のマスコミに動きがあった。メモを走らせている。「していないというのは、どの罪状について? まず第一の事件の殺人、これについて否認するのかね」公判期日の冒頭手続での被告人陳述で被告人に詳しく罪状の認否を迫ることは本来認められない。もし能城がそうしたら答えなくていい──増山には
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第160回
 廷吏が傍聴人に向かって口を開く。「この裁判では最初の二分間、報道機関によるカメラ撮影が行われます。映りたくない方は、席を立って一度退出してください」何人かが席に物を置いて退室し、傍聴席の後ろのカメラマンたちが撮影を始めた。裁判官たちは微動だにしない。志鶴は今一度デスク周りのセッティングを確認した。スーツの上着のポケッ
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第159回
3 五月二十三日。増山淳彦の第一回公判期日。志鶴は父親の「頑張れよ」、妹の杏(あん)からの「応援してるよ、しづちゃん」という励ましを受けて家を出た。志鶴が増山の弁護を引き受けたことに納得していない母親は無言だった。公判前整理手続で力を貸してくれた三浦俊也(みうらしゅんや)は昨日電話で『いよいよだな。川村が全力を出し切る
◇長編小説◇白石一文「道」連載第9回
4 二〇一八年十二月二十八日金曜日。例年、フジノミヤ食品の仕事納めは官庁のそれに準じている。今年も出社は今日で最後だった。仕事始めは一月四日金曜日。これも官庁の御用始めと同じだ。正月休みは正味六日間。ただ、大半の社員は四日を有給にして九日間の長い休暇を作っていた。あの年の年末年始がどんなふうだったか、功一郎にはほとんど
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第158回
 病院を出た志鶴は秋葉原にある事務所へ出勤した。都築が入院した話を聞くと、田口司(つかさ)は眉をひそめた。「大丈夫か?」まるで他人事だ。「私が何とかします」二十期以上先輩の指導係をにらみつける。田口は眼鏡のレンズの奥で目を細めた。意外だったようだ。「手伝ってほしいことがあります」志鶴はプリントアウトしたコピー用紙をかざ