連載小説

NEW
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第192回
「あなたは被告人が通勤してきたとき、スクーターの前かごにキッチンホワイトのボトルが入っているのを見た。それからどうしましたか」「『なんで漂白剤なんか持ってるんだ?』と被告人に訊ねました」「被告人は何と答えましたか」「『か、母ちゃんに頼まれて……』と」傍聴席で笑いが起こった。「それからどうなりましたか」青葉が続ける。「『
◇ショートストーリー◇稲田俊輔「キッチンが呼んでる!」連載第13回
第13話 2日目のハンバーグサンド 本とノートを彼女に送らねばならない。ノートはともかく、本は今やってる仕事にもすぐに必要なはずだ。その準備をしようとしたが、宅配便の送り方が実のところよくわからない。コンビニからでも送れることはなんとなく知っているが、そのためには「梱包」というものが必要なはずだ。宅配便を送ったことは無
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第191回
10 江副と南郷は退廷し、二人が座っていた傍聴席は空席になっている。今日三人目の証人は今井克人(いまいかつひと)。増山が勤めていた新聞販売店の店長で、検察側証人だ。皺が目立つスーツを着た痩せた中年男性で、顔は土気色がかっており、髪の毛には寝ぐせが残っているようだった。主尋問には青葉が立った。まず青葉は、増山が日頃からジ
◇長編小説◇白石一文「道」連載第24回
9 二〇二一年十一月一日月曜日。揺れに先に気づいたのは渚だった。「あなた、地震」という声で功一郎は目を開けた。最初は目が回っているような感じだった。意識が鮮明になるにつれてゆらゆらと部屋全体が揺れているのが分かった。急いで半身を起こす。渚はすでにベッドを降り、立ち上がっていた。さらに大きな揺れが来たのは、渚の姿を見上げ
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第190回
「写真測量とご遺体の死体検案の関係について教えてください」世良が続ける。「はい」江副が穏やかな顔を裁判員に向ける。「日本では、ご遺体の数値を計測するのに、二次元の写真を用いるということは一般的に行われておりません」「終わります」世良が席に戻った。「弁護人、再々反対尋問は?」能城が訊ねる。「川村が」志鶴が立った。「先生は
◇ショートストーリー◇稲田俊輔「キッチンが呼んでる!」連載第12回
第12話 2日目のカツサンド ドアのチャイムが鳴って、私はモニターを確認した。そこには懐かしい顔があった。いや、「懐かしい」というのは客観的には適切じゃないかもしれない。モニターに映るその人は、ほんの数日前まで生活を共にしていた人だったからだ。しかし今の私にとって、彼が「懐かしい人」であることは事実だ。懐かしい人はモニ
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第189回
 浅見の遺体写真を元に3Dプリンタで作成したシリコン製の首のモデルを、志鶴たちと南郷は東京拘置所で刑務官を通して接見室の増山に渡し、実際の扼痕に近いよう扼殺をシミュレートさせ爪痕の位置のデータを取った。この場面はアクリル板ごしに動画と静止画で撮影もしている。過去に、東京拘置所の接見室で、被告人の健康状態の異常に気づいた
◇長編小説◇白石一文「道」連載第23回
7 二〇二〇年六月二十六日金曜日。この日、フジノミヤ食品の定時株主総会がオンライン形式で開催され、三月期決算が承認されると共に保坂(ほさか)明輝(あきてる)専務の代表取締役社長就任、堀米(ほりごめ)正治(まさはる)社長の代表取締役会長就任をはじめとする「役員人事案」も無事に株主たちからの承認を得たのだった。功一郎(こう
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第188回
 当初、志鶴と都築が江副を弾劾するために専門家証人を召喚しようと思わなかった理由は二つある。江副の証言を完全に弾劾できずとも他の証拠を潰すことで検察側の立証の弱さを示すことができるだろうと判断したのが一つ。もう一つは、すでにその時点で二人の専門家証人に鑑定の依頼を出しており、その費用だけでもばかにならない金額になってい
◇ショートストーリー◇稲田俊輔「キッチンが呼んでる!」連載第11回
第11話 12日目のフライドチキン 外で取材の仕事を終えたら、久しぶりに夜の8時を過ぎていた。インタビュイーのフレンチシェフから鶏肉の調理法について散々おいしそうな話を聞かされたわたしは、気持ちの上でも既に空腹が極まっていた。たまには手っ取り早く居酒屋にでも立ち寄って、から揚げと生ビールと冷やっこ、なんてのも悪くないな
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第187回
9 「開廷します」休憩のあと、能城が告げた。「次の証人を」傍聴席の最前列で弁護側証人が立ち上がり、証言台に進んだ。長身の男性だった。体にぴったりした鮮やかなロイヤルブルーのダブルのジャケットの下にノーネクタイで白いシャツを着て、白いパンツを穿(は)いている。髪の毛先を遊ばせ、髭を短く刈り込んでいた。四十代の後半。身のこ
◇長編小説◇白石一文「道」連載第22回
4 「武漢市 謎の肺炎 海鮮卸売市場」で検索をかけ始めて十日目。十二月三十一日の午後十時過ぎ、ついにその記事を発見した。〈中国・武漢で原因不明の肺炎 海鮮市場の店主ら多数発症〉配信は午後九時四十二分。いまから二十分ほど前で、購読している朝日新聞デジタルの記事だった。〈中国湖北省武漢市で原因不明のウイルス性肺炎の発症が相
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第186回
「髙取健彦(たかとりたけひこ)監修『NEWエッセンシャル法医学(第5版)』百七十頁を示します」付箋をつけていたページを開いて書画カメラの下に置いた。蟇目が立ち上がって近づき、本を確認した。異議はなかった。「先生はこの本をご存じですね?」「はい」江副がうなずく。「代表的な法医学の教科書の一つ、そうですね?」「ええ」「法医
◇ショートストーリー◇稲田俊輔「キッチンが呼んでる!」連載第10回
第10話 11日目のお出汁 昨日と一昨日で冷凍ご飯のストックを使い果たした私は、今日久しぶりに、小さいけれど最新式の愛しき炊飯器でほかほかのご飯を炊く。なのでせっかくだから今日は、いかにも和食らしい和食にすることに決めた。その献立に抜擢したのが「私だけの肉じゃが」だ。牛肉やじゃがいもなどの他に、これまで何度か買い逃して
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第185回
「弁護人の田口からうかがいます。先生はこれまでに、法医学の専門家として法廷で証言されたことが六十回ほどおありだというお話でしたね?」「はい」「その六十回の中で、弁護側の依頼を受けて証人になったことは何回ありますか」「ありません」「六十回すべてが検察側の依頼を受けてのものだったということでしょうか」「さようです」「今回の
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第184回
8 五月二十七日。増山淳彦の第三回公判期日。先日に続き、今日も抽選に外れたので傍聴席に増山の母・文子の姿はない。傍聴席には被害者遺族とマスメディアのための席が確保されているが、今日はその他に最前列の二つの席に証人用と書かれたコピー紙をパウチ加工したものがあらかじめ貼られ、一般の傍聴人が座れないようになっていた。左右に離
◇長編小説◇白石一文「道」連載第21回
第五部 1 二〇二一年二月十二日金曜日。前日が「建国記念の日」で休診だったこともあり、休み明けの病院は患者たちで混み合っていた。慈恵(じけい)医大柏(かしわ)病院の各科外来はB棟の一階と二階に分かれているが、精神神経科は内科や小児科などと同じく二階にある。内科の広い待合ロビーは患者たちでごった返している。ずらりと並んだ
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第183回
「検察官、再々主尋問は?」能城が訊ねた。「世良が」世良が立ち上がり、法壇の前に向かった。表情や態度に、主尋問や再主尋問をした頃の余裕は感じられない。それでも芝垣を励ますように微笑みかけた。「芝垣さん。先ほどの再反対尋問で、弁護人は、令和△年九月十四日午後八時五十分台にあなたが目撃したことについて、事実とは異なる余地があ