連載小説

志鶴は息を吸った。「──お約束どおり、今度は法律の話をします。冒頭陳述でもお話ししたとおり、被告人が間違いなく有罪であると検察官が証明しない限り、被告人は無罪とされなければなりません。検察官は国を代表しています。国家権力や、膨大な税金や、多数の捜査官や取調官という強大なバックを持っています。一方、訴えられている側の増
綿貫絵里香さんの事件で検察官が示した証拠①増山さんの自白及び供述調書②17年前の増山さんの逮捕記録③現場に落ちていた煙草の吸い殻のDNA型「まず②。十七年前の増山さんの逮捕記録が何の証拠にもならないことは、先ほど証明しました。残りの二点を考えてみましょう。冒頭陳述で私は、われわれには解決しなければならない問題が二つあ
先ほどのショックはまだ尾を引いている。ポケットの中のシリコンバンドを握った。篠原尊(しのはらたける)のことを思い出せ。星野沙羅のことを思い出せ。田口に聞いた藪本廉治のことを思い出せ。これまで冤罪によって地獄に突き落とされていった数々の被害者たちのことを思い出せ。巻き込まれて同じように人生を狂わされた人たちのことを思い
傍聴席がどよめき、記者たちが何人も法廷を飛び出していった。増山が呆然と目と口を開いた。信じられないという顔をこちらに向けた。傍聴席で文子が手で口を押さえようとした。顔が蒼白(そうはく)になっている。志鶴は唇を引き結んだ。都築とも相談し、覚悟していたつもりだったが、膝が小刻みに震えるのを抑えることができなかった。弁護士
17 六月三日。増山の第八回公判期日。能城が開廷を告げた。傍聴席には今日も文子の姿があった。「本日は公判期日の最終日となる。検察官による論告・求刑と被害者参加人による意見陳述、弁護人による最終弁論、被告人による最終陳述が予定されている。だがその前に──検察官、弁護人、前へ」志鶴と世良が法壇の前に進んだ。「昨日、裁判員を
休憩を挟んで、裁判員からの質問を能城が代わって訊ねた。質問者として注目されるのを嫌う裁判員や、被告人と直接話をしたくないという裁判員は少なからず存在する。「被告人は、十七年前、もう二度と法律を破るような真似はしないと誓ったと述べ、星栄中学校にも近づかないようにしていたと述べたが、現実には、その十六年後、ソフトボールの
「その日の夕方、足立南署に当番弁護士が接見に来た。そうですね?」「──はい」「川村弁護士はあなたから話を聞き、取調べに対してどう臨むべきか助言した。違いませんか?」「……そうです」「川村弁護士はあなたに、たとえ一度本当のことを自白してしまったとしても大丈夫、何とか切り抜ける方法がある、と入れ知恵をした。取調べでの自白を
休憩後、ふたたび開廷した。反対質問に立ったのは青葉だった。増山に向かって微笑みかけた。増山は赤面した。「あなたは女子中学生に性的興味があり、ジュニアアイドルのDVDを大量に保持しており、女子中学生が監禁・レイプされる漫画を愛読していた。そうしたものを観たり読んだりしながら自慰行為に耽(ふけ)った。そうですね?」増山の
「では次に、逮捕の直後に行われた取調べについてお訊ねします。増山さんはここで、柳井係長に、自分が綿貫さんの遺体を遺棄した犯人であるかのように認めてしまっています。なぜでしょうか?」「それは──その前の取調べで、自分がやったって言っちゃったから。今さら取り消せない感じになって」「本当はやっていないのに、任意の取調べで、綿
刑務官に付き添われて出廷した増山は、志鶴と目を合わせようとしなかった。が、傍聴席にいる文子の姿に気づくと、しばらく彼女を見ていた。裁判官と裁判員が入ってきた。能城が開廷を告げ、増山を呼んだ。増山が立ち上がり、証言台へ向かった。能城が人定質問をし、増山が答えた。声がかすれていた。能城が増山を着席させた。法廷はしんとして
16 五月三十一日。増山の第七回公判期日。今日は増山への被告人質問と、被害者参加制度による被害者の意見陳述が行われる。残りは検察側による論告・求刑と弁護側による最終弁論等を残すのみ。公判もいよいよ大詰めだ。被告人質問では、文字どおり被告人に対して弁護側・検察側が、証人尋問と同様に交互に質問を行う。否認事件の被告人質問で
続いて、本日最後となる、検事調べの三本目の映像が再生された。三月二十二日。綿貫の殺害時の状況についての増山の供述が中心となる。増山は無表情、というより感情が死んでいるように見えた。目の下に隈(くま)ができている。無精ひげも目立った。『おはよう、増山。調子はどうだ?』岩切が声をかけた。『昨日は足立南署で、絵里香さんを待
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映像が流される。増山の様子は前回の検事調べのときとは明らかに異なっていた。顔に血の気がなく、肩の筋肉が硬直し、唇がかすかにわなないていた。『──増山、君は綿貫絵里香さんの死体を遺棄したことをはっきり認めた。そうだな?』初回のときの表面的な甘さを一切かなぐり捨てた口調だ。増山は口を開き、一瞬ためらう気配を見せたが、上目
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『当たり前の話だけど、無実の人間を起訴したい検察官なんていない。もちろん君は黙秘していい。君が黙秘したままでも、起訴しようと思えばできる──』増山が顔を上げた。『できるよ。君が黙秘していても起訴することはできる。真犯人だから、やましいから黙秘しているんだろうという判断も当然あり得る。常識的に考えればわかるよね。君が黙秘