◎編集者コラム◎ 『舌の上の散歩道』團 伊玖磨
◎編集者コラム◎
『舌の上の散歩道』團 伊玖磨
「自分が過去の五万五千食の中で経験して印象深かった食事を思い出し、原稿用紙の一枚々々に、舌の上に自分が行ってきた散歩を記して見よう」(『舌の上の散歩道』より)
『ぞうさん』『花の街』などの童謡、『祝典行進曲』『夕鶴』などのクラシック曲を作った大作曲家である團伊玖磨氏。そのもう一つの顔は『パイプのけむり』シリーズで知られる稀代の名随筆家でありました。
男爵の團琢磨氏を祖父に、東京帝国大学で西洋美術史を教えていた團伊能氏を父に持ち、東京音楽学校(現在の東京藝術大学音楽学部)を卒業し、新進の作曲家として数々の名曲を世に出していきます。そして同時に、1964年から週刊グラフ誌『アサヒグラフ』に1964年から36年にわたりエッセイ『パイプのけむり』シリーズを連載。上質でウィットに富んだ文章は圧倒的な支持を得ました。
そのエッセイの中でも特に人気があったのが、食に関するものでした。大正の上流家庭に育ち、長じては海外での仕事も多かった彼は、ごく庶民的な料理から海外の珍しい料理や食材まで広く文章に残し、根強いファンを獲得しました。
『舌の上の散歩道』は1968年から1975年にかけて料理専門誌に連載された文章をまとめ、1979年に朝日文庫から刊行。名著として評価が非常に高かったものの、その後絶版となっていましたが、今回、彼の没後20年を機に復刊することになりました。
冒頭のように、彼が52歳の時にそれまでに摂ってきた食事の中から、思い出深いものを綴ったものになります。
「食べて美味いと思う以上は、倒れて後止む。人生必要なものは気概である。撃ちてし止まん。もう一杯鰻丼を持って来い。持って来て呉れ。持ってきてください、お願いだ、お願いです、食べさせて下さいな、恩に来ますよ、あゝ、有難う、有難う」(『あざらし』より)、
というような食いしん坊だった彼の筆は、読む者の心とお腹に強く染みてきます。
魚の揚げもの、南蛮煮、鶏の唐揚げ、野菜の炒めもの、肉団子、炒飯等の皿を目の前にして、僕は上機嫌だった。パダン料理の中で最も美味いと思う羊の脳味噌の煮物も湯気を立てている。
「さあ、食べよう」
僕は息子に言った。
息子はぽかんとしている。箸もスプーンもナイフもフォークも無いからである。
「パダン料理は手で食べる」
僕が言い、手本を示しに掛かった。(『手の効用』より)
解説はエッセイスト平松洋子さん。
この一冊に盛り込まれた極上の69皿、69話をどうぞ味わってみて下さい。
(『パイプのけむり』シリーズは、小学館文庫よりテーマごとにまとめたアンソロジーとして食、味、旅、話の4冊が好評刊行中です)
──『舌の上の散歩道』担当者より
『舌の上の散歩道』
團 伊玖磨