物語のつくりかた 第11回 神田松之丞さん(講談師)
昨今、こうしてメディアに出させていただく機会こそ増えましたが、それでも講談というものがどれほど正確に周知されているかといえば、まだまだ十分とは言えません。そこで私がよく使うのは、「落語がフィクションなら、講談はノンフィクション」という表現ですが、実はこれも説明としては不十分。なぜなら講談は、実際にあったエピソードを話すものではあるものの、長い歴史を経るうちに、とてつもない脚色が加えられているからです。
例えば「赤垣源蔵・徳利の別れ」という読み物があります。簡単に要約すると、赤穂浪士四十七士の一人である赤垣源蔵が、討ち入りの前日、雪の降る中を兄のもとへ別れを告げに行く話なのですが、あいにく当人は不在。そこで兄の羽織を前に、酒を酌み交わして去っていくという、有名なエピソードを伝えるものです。
ところが、よくよく史実を追うと、まず赤垣源蔵には兄など存在しないことがわかります。さらに彼は下戸で、酒は一滴も飲みません。討ち入り前日の天候も、記録によれば雪など降っていなかったことが明らかになっています。おまけに正しい名前は「赤垣」ではなく「赤埴」だそうで、ここまで来るともう、とてもノンフィクションとは言えないわけです。 テレビの尺ではここまで込み入った説明はさせてもらえません。「講談とは何か」という根本的な疑問に十分にお答えすることができないのは私としては目下の大きな悩みの一つです。
賞味期限を過ぎたオリジナル作品は封印
講談師は古くから伝わる読み物を話す一方で、自ら創作も手がけます。私の例で言えば、今年の夏、金沢で行なわれたオペラの公演で、「卒塔婆小町」をお話しさせていただきました。「卒塔婆小町」はもともと能楽作品で、九十九歳になった小野小町にある僧侶が話しかける所から物語が展開していく話です。単なる新作ではなく、講談とオペラの二部構成であることを意識し、知識ゼロの状態のお客さんをどう楽しませるかを考える。非常に面白いコラボレーションでしたね。
また、二ツ目の初期くらいまでは、題材から自分で考えたオリジナルをよく創っていました。例えば「グレーゾーン」という演目は、私にとって長年の疑問であった、「プロレスは真剣勝負なのか!?」というモヤモヤを、そのまま題材にしたもの。これは相撲の八百長問題など他の世界にも通ずるテーマで、私もプロレスファンとして長年思うことが蓄積していたのですが、それをとことん突き詰めて一つの作品に仕上げたのです。
もっとも今のプロレスファンは真剣勝負かどうかなんてテーマにすらしていないでしょう。そこに何も葛藤はない。とても上質なエンターテインメントで、命をリングにかけているという意味では、今も昔も真剣勝負なのですが、当時はニュアンスが違っていたように思います。ショーとして楽しめるのか。そんなグレーな領域に対し、自分はどう解釈し、どう結論づけるべきかを考え、オチとして落とし込んでいく作業を経たところ、モヤモヤは完全に晴れました。結果的に高座の新作を聴いたプロレスファンの皆さんも納得してくれたように感じますし、私も引き続きプロレスを楽しむことができている。このすっきり感は、ゼロから作品を創り上げたからこそでしょうね。自分の思いが成仏したイメージでしょうか。
ただ、この「グレーゾーン」は今、封印しているんです。作中で相撲の問題に絡めて具体的な力士の名前を出しています。その方がお亡くなりになり、作品としての旬を過ぎたような気がしたので。作品は時に、賞味期限を持ってもいいのではないかと私は思います。
いつも高座に上がる際に考えるのは、当たり前ですが、お客さんに喜んでいただくにはどうすればいいかということ。ただ、常連の方と初見の方の両方を満足させるのは、とても難しいことです。
はっきり言えば、初めてのお客さんばかりなら、得意な演目をずっとやっていればいいので、これほど楽なことはありません。しかし、それでは私自身が進歩しませんし、実際にはさまざまなタイプのお客さんが常に混在しています。だから、王道的なことをやりながらも、少しチャレンジングなネタを交えていくというさじ加減が必要になるわけです。
高座で得た経験則からラジオのギリギリを探る
講談はネタ次第でお客さんの満足度がほぼ決まると言われます。だからその日に演じるネタは、高座に上がってから決めます。客席を見渡して、「今日のお客さんは難しそうだな」と思ったら手堅いネタをやりますし、よく笑うお客さんなら他のネタをやる。逆に、冒頭でお話しするマクラの内容は、変えないほうがいいんです。なぜなら、同じマクラでもいつもより笑ってくれたり、いつもと違う部分で笑ってくれたりと、その日の客席の特性を測ることができるからです。いわば、同じマクラを使うことで、お客さんを定点観測するわけですね。
その意味では、事前に準備できることなどほとんどないのが実情です。仮に五つのネタを考えていたとしても、客席の様子によっては準備していなかった六つ目のネタを持ち出さなければならないこともありますから。
それは数週間や数カ月の経験でできることではありません。一年一年、成功体験も失敗体験もすべて積み重ねて、「このネタはこういう客層にウケる」とか、「この並びがお客さんの印象がいいようだ」とか、それぞれのネタを分析しておかなければなりません。
ちなみにこうした経験則は、ラジオにも通じることだと思います。最近はどの局もコンプライアンスに敏感で、昔のように何でもかんでも好き勝手には話せません。まして今は「radiko」などの登場で、以前はその場だけリスナーと共有すればよかったトークが、インターネットで拡散されたり、つまらない揚げ足を取られたりするリスクが生じています。長く番組をやらせていただくうちに、そのあたりのギリギリのラインが少しずつわかってきたように思います。
そもそも私は事務所にも所属していませんから、そういう意味での縛りやしがらみはありません。まして講談という、大方の人にとってよくわからない伝統芸能のヴェールを纏っているため、批判がされにくい。おかげで私は、ある程度遠慮なくお話しすることができるわけですから、これは得な立場ですよね。
私が講談師を目指したのも、実はラジオがきっかけでした。たまたま耳にした落語に興味を持ち、寄席へ行ったり図書館でCDを借りたりするうちに、すっかり立川談志師匠の虜になったんです。ある時、談志師匠が本の中で講談を紹介しているのを見て、どんなものかと聴きに行ってみたものの、落語と違って何がなんだかわからない。正直、まったく面白いと思わなかったのですが、談志師匠が好きなものは何でも取り入れたかったので、めげずに通い続けました。
そのうち知識が付いて楽しめるようになると、生意気なもので「もっとこうすればいいのに」などと、講談にある種の"余白"を感じるようになります。じゃあ、その余白を自分が埋めてやろう、そう思い立ったのが私の原点でした。
当時は講談が過小評価されていたことにも背中を押されました。私自身、何をやってもうまくいかない時期だったので、講談の不遇に自らを投影していたのかもしれません。だったら自分がこの分野を押し上げてやろう、と。若気の至りですね。ただ、人気がないのはオカシイなとも思っていました。過小評価する世間への純粋な怒りと若気の至りという(笑)。
実際はそんな甘い世界ではないことを痛感させられることになりますが、ありがたいことにこの一年は、周囲の状況が目まぐるしく変化して、慌ただしい日々を過ごさせていただいています。ただ、自分はあくまでスポークスマンであり、一人でも多くの方に寄席に足を運んでいただく機会を作りたいと思っています。そしてそんな皆さんに、さまざまなタイプの講談師が腕前をご披露し、講談の面白さを知ってもらったから今がある。つまり、関係者が一体となって努力した結果として、今日の活況に繋がっていることを実感しています。
神田松之丞 (かんだ・まつのじょう)
1983年東京都生まれ。2007年、三代目神田松鯉に入門。12年6月、二ツ目昇進。17年3月「平成28年度花形演芸大賞」銀賞受賞。著書に、『"絶滅危惧職"講談師を生きる!』『神田松之丞 講談入門』など。CD『松之丞 講談 ─シブラク名演集─』『松之丞ひとり─名演集─』、DVD『新世紀講談大全 神田松之丞』などもリリース。持ちネタの数は10年で130を超え、独演会のチケットは即日完売。テレビ、ラジオなど多くのメディアで活躍中。
Q&A
Q1. 夜型? 朝型?
A1. 夜は0時に寝て、朝は7時に起きるという、規則正しい生活が好きなので、朝型と言っていいのでしょうね。
Q2. 犬派? 猫派?
A2. かみさんが大の猫好きで、事務所の猫がきっかけで結婚しています。そういう意味でも、猫に感謝で猫派かもしれません。
Q3. お酒は飲みますか?
A3. たくさん飲める体質なのですが、今は一切飲みません。やはり芸人の世界、酒で体を壊した先輩方を大勢見ていますので。
Q4. 仕事上の必需品は?
A4. スケジュール帳くらいでしょうか。ちょっとしたネタもすべて手書きで手帳に書き留めています。たまに、1年前のスケジュール帳を見返すと、今とは仕事の入り方が大きく違っていて興味深いです。
Q5. 休みの日の過ごし方は?
A5. 私はかみさんと過ごすのが好きなので、2人で映画を観に行ったり、食事に出かけたり、とにかく共有体験を大切にしています。
Q6. 好きな映画は?
A6. 学生時代は『地獄の黙示録』。 今は「寅さん」シリーズがいいですね。
Q7. 愛読書は?
A7. 今はあまり読みませんが、 若い頃は芥川龍之介が好きでした。
Q8. 趣味は?
A8. 落語や浪曲、歌舞伎。変わったところでは、ストリップも好きです。偏見を持たれがちですが、浅草のロック座などは、プロジェクションマッピングまで駆使して、圧倒的なショーに仕上げられています。勉強になるし面白いですよ。