ゆっきゅんの毎日今日からちゃんとしたい日記 ☆2025年12月後半★

ゆっきゅんの毎日今日からちゃんとしたい日記2025年12月後半

 12月15日 

 
 ピラティスの前に自宅で軽くストレッチをすべきなのか、しなくてよいのかわからない。朝のピラティスはだんだんと頭と体が目覚めていくような感覚になるが、だからつまり、覚醒しきっていない自分が体験しているため、「ああ忘れそう、この大切な肉体の感覚を忘れそう」と不安になる。そんな私に対し、当たり前だが不安そうなインストラクターは存在しない。アンニュイなトレーナー、メランコリックなコーチ、いるわけない。ひまわりのようなピラティストに導かれ、今後は肩甲骨を締めすぎないことを意識する。変化はいつも意識から始まる。


 第79回毎日出版文化賞贈呈式に出席。こういうの何を着ていったらいいかわかんないよねと、山中瑶子さんとも太田莉菜さんとも話す。不安の共有は大事。バラバラに離れてしまった席に一人ずつ座って式が始まる。『YABUNONAKA ─ヤブノナカ─』で受賞された金原ひとみさんがドデカ金屛風の前でスピーチを終えると、クアーっとプオアーっと口を大きく開けて、待ち侘びた退勤のように降壇していったのがかっこよかった。金原さんは私にとっていつもかっこいい。初めてお会いした金原さんの娘さんは「DIVAs DIVAs Don’t Cry」とプリントされたゆっきゅんボールペンを愛用してくれているらしく「大好きなんです!ボールペンが。」と目を輝かせて言ってくれた。立派な倒置法だった。

 12月16日 

 
 菊地成孔さんとルアンとウルフギャングでディナー。ステーキとか高いお酒をご馳走になる。最近60代70代の人と知り合う機会がなぜか増えてきたことを話すと、菊地さんにも30歳くらいで幅広く仕事が広がっていた頃にそんな時期があったらしく「じいさんばあさんには会っといた方がいいですよ、すぐ死にますからね、葬式出るばっかりになりますよ」と言うのだった。菊地さんが私くらいの年齢の頃、平岡正明とか中上健次とかに面白がられていたらしい。さっぱりと話してくれたけど、私は勝手にしっとりエモくもなる。店内とは思えない高さのクリスマスツリーの前でスリーショットを撮った。そのあとルアンと二人でカラオケで歌ったのはレベッカの『MOON』。

 12月17日 

 
 年末だからなのか毎日色んな人に会っている。お会い、させて、いただく。爆売れ小説家の柚木麻子さんに招待していただき、帝国ホテルで野間文芸賞の贈呈式。村田沙耶香さんが、小説への恐ろしいほどの思いを語った後「今日の昼も小説を書きました、明日も書きます、サボらず毎日書きたいと思います」と締めていた。あと野間出版文化賞特別賞を受賞したスーパー戦隊シリーズの代表者のスピーチの声がすごく大きかった。声量は光であり力だ。普段家で一人で小説を書いている人々とは全く違う声の出し方だった。

 12月18日 

 
 きっと大丈夫だよ、この先うまくいくよ、諦めることないよ、と優しい友人たちになだめられたときに「でもいま私が悲しいのはよくないじゃん?」と言えるような、立派な女子大生でありたい。

 12月19日 

 
 9月に出たユリイカ別冊松本隆特集号で吉田美奈子さんについて書いた。若い人のために説明すると吉田美奈子さんは『夢で逢えたら』の原曲を歌っている人で、シティポップリバイバルでも注目されたスーパーDIVA、新譜は20年くらい出されていないけど、ライブ活動を熱心に続けられています。5年前に日本武道館で開催された松本隆さんのトリビュートコンサートで松田聖子の『瑠璃色の地球』をカバーした美奈子さんの歌唱はあまりにも雄大で神秘的で、歌の視点が少女ではなくもはや地球にあると感じて「瑠璃色の地球側」というエッセイを寄稿した。発売から2ヶ月ほど経って、なんと吉田美奈子さんから連絡が来た。吉田美奈子?から連絡が来た?何が起きた?と目を疑ったが、本人だった。ユリイカを読んだことと、お礼が書いてあった。「イントロから水を飲んでいて格が違った」とか書いてるのも読まれたと思うと震え上がったが、本当に喜んでくださっているらしく、絵文字が可愛い。

 ありがたいことに目黒ブルースアレイでのライブに招待してくださり、今日、Chappo の福原音くんを誘って二人で美奈子さんのライブを観に行った。美奈子さんの歌声は私たちを見守ってくれている樹木。その樹木は風に吹かれても雨に濡れても陽に照らされすぎても、その全てに反応をしながら、それでもずっとここに佇んで、もっと大きくて深い世界の移ろいを感受してきたようだった。美しくてたくましくて優しくてかっこよかった。

 終演後、たぶん生まれて初めて花屋で作ってもらった花束と、部屋に在庫が見当たらなくて直前にタワレコ渋谷で買って道端でサインしておいた自分のCDをお渡しした。スタッフの方に写真も撮っていただいた。「上から撮ったらかわいいって聞きました〜」とか言って慣れてなさそうに撮影してくれた写真が、めっちゃ上手だった。

 12月21日 

 
 なかのZEROギャラリーで電影と少年CQの写真・衣装展「ENDROLL」が閉幕。展示していた全ての衣装を片付ける前に、一つずつ着て須藤絢乃さんに記念撮影をしてもらった。白タイツなくてダークグレーのヒートテックタイツを履いてたけど「AIでなんとかします」と言ってくれた。

 12月23日 


 ホン・サンスについての対談シリーズが今日で終わる。これまでホン・サンスの作品を観たことがないんですけど逆にそれでいいならぜひ。と言って引き受けた対談だったが、新作5本を観ても過去作をいくつか観てもついに私がホン・サンスにハマることはなかった。ごめん。関心ごとが違う。私にはああいった余裕はない。編集の月永理絵さんも対談相手の井戸沼紀美さんもホン・サンスのファンだったので、しっかりと門外漢としての仕事は果たせたと思う。

 月永さんのご自宅で対談を終えるとそのままクリスマスパーティーが始まった。月永理絵さんは家で毎日パンを焼いている。これからパーティーね……と思いながらでかく黒いテレビの液晶を眺めていると我慢ができなくなり、「みんなで森田芳光の『未来の想い出 Last Christmas』を観ませんか」と提案し、再生。あーだこーだと言いながら観るのに適した、工藤静香と清水美砂主演のシスターフッドタイムループトレンディ映画。映画初出演の工藤静香のお色直し映画。平成OLのブラッシュアップライフ。このシーン、エドワード・ヤンみたい。今の表情ジュリエット・ビノシュみたい。声が少々聞き取れなくてもなんか楽しめる。時代を象徴するためのヒットソングが流れればパーティー感も増す。珍品かもしれないけど私はやはり好きな映画。

 家を出たら、玄関の門前に Amazon の置き配が来ていたので、もう一度ピンポンを鳴らす。これ置き配来てましたよ。なんかサンタクロースみたいなことしてすみません。このとき、サンタクロースは、置き配の元祖だと気づいた。

 12月24日 


 ラジオで紹介するために早起きして『未来の想い出』の工藤静香のお色直しの回数を数え上げた。昔大学院生だった頃、映画について何かを発表しないといけなかったのに何も感じられなくてどうしようもないまま授業に出た時、先生に「数え上げる」ことが基本だと言われたのを思い出した。数え上げれば、必ず何かは見えてくる。らしいよ!

 12月25日 

 
 たしかにクリスマスケーキもありだね、とパティスリーに入ったはいいが大きな高級ホールケーキしかない。そっかーという空気になっていたところ友達が「どっちが好き?」と聞いてきて「チョコかなー」と答えたら「じゃあ私が買いまーす!」と言って会計を始めてしまい、お金を出させてくれないので「おい、込めてんだろ1年分の感謝、おい」「おいゼッテー感謝が絡んでんだろ」「感謝のしわざだろ感謝」「感謝が裏で回してんだろ」と物騒な野次を入れ続けた。

 12月26日 

 
 ものすごく寒くて、寒がりながら一緒に新宿を歩いていたのに、新宿紀伊國屋書店のエレベーター前で五所純子さんが「今日って寒いですか?」と質問してきて、いや寒いでしょってめちゃ笑ってしまったけど、よく考えたら五所さんは京都在住だから「今日が特別寒いのか、それとも東京は毎日これくらい寒いのか」という質問をしてくれてたんだった。三浦哲哉先生、濱口竜介監督、三宅唱監督のトークイベントに行き、自分ってサービス過多なドパガキなんだと痛感した。

 12月29日 


 9年間続けてきた電影と少年CQがハッピーエンドを迎える。私は運営スタッフ(長田と街田)に届ける努力と広げる気概が足りないって憤ってる時期があって、ファンの人にもったいないと思われているであろうことが耐えられなかった。ファンのありがたすぎる優しさに甘えたくなかった。みんなやる気はあって、向上心もあって、でもその解釈には違いがあった。私だけが正しいわけじゃないってわかってたし、考えに違いがあるから面白いんだって気づいてた。いつも衝突も出来なくてごめん。言わなかったこともたくさんあって、でもそれは言えなかったことではない。私はどこまでも東京に夢を叶えにきた田舎者だった。電少チームは最強ではなかったが最高ではあった。

 メンバーとも運営とも揉めず、怒られたこともなく、不機嫌になることもなく、頼んだことはなんでもしてくれて、尊重してくれた。卒論書くからしばらくライブ減らしたいとかそんなわがままもたくさん聞いてもらった。優しくあることには大きな価値があるのだと教えてくれたようにも思う。絶対に優しくしてくれる人がいる安心感、それは私にとって依存の対象にはならなかったから、私をただただ強くさせた。

 他グループの意味不明プロデューサーやこの世の嫌なおっさんを見るたびになんてこの二人はマシなのだろうと、相対的に評価が上がり続ける二人だった。長田と街田は、同世代や同業の嫌なおっさんのおかげでゆっきゅんとルアンに嫌われないで済んだのだから、最低の人間たちにありがとうって叫んどきなさい。振り返ってみれば「楽しかった」って一言目に言えるような記憶にしてくれて、ルアン、長田、街田、そして何よりも、ファンのみなさま本当にありがとう。

 
 以下、電影と少年CQラストライブ「ハッピーエンド」有楽町 I‛M A SHOWでのMCより。

 
 ルアンについて考えると、いや本当に、わたしがちゃんとしてるべきだった。私は最初から最後まで5歳年上だけど、ルアンちゃんに何かを教えたことはないと思う。スケジュールを教えてもらい、忘れた振り付けを指導してもらい、立ち位置を訂正され、セトリを確認し、数え切れないほど、ヘアアイロンを借りてきました。全然頼りにならないポップスターだったと思います。一度も喧嘩をしたことはなかったけど、でもこんな相方だから、きっと私に対して我慢してたことや言わないようにしたことがたくさんあったはずです。今日でハッピーエンドになる。けど、私はまた、替え歌を聴かせたいです。ルアンちゃんは本当に私の替え歌が好きでした。いつも笑ってくれました。楽屋でも移動中でも、私はルアンの隣でずっと歌っていました。デタラメな替え歌をまたいくらでも聴かせたいけど、替え歌をしてたのは、いつも楽屋とか待ち時間のときだったから、それは、これからの私には訪れない時間です。もちろんライブも大好きだったけど、共演者の出番で二人でふざけ続けてる時間のことも大好きでした。これからまた約束して会えてお茶しても、カラオケ行っても、替え歌なんか聞かせる時間ないね。私はいつルアンちゃんに替え歌を聞かせたらいいんだろう? でもルアンちゃんは今年特に楽屋でずっと動画を撮っていたから、私も忘れてしまったような一瞬の替え歌を永遠にして、映画のように見てくれたらいいです。バックアップのやり方も教えるよ。

 12月30日 

 
 ライブの後に感謝以外の感想を書き残すことに無駄なためらいがある。演者の発信は、どうしても正解のように受け取ってしまうし、素直に入ってきてしまう。しかも自分の言葉ってなんか、独自の視点に角度ついてたりするって評判だから。見たもの聴こえたものを感じたままでいてほしくて、その光の形を変えたくなくてあんまり何にも言えない。ゆっきゅんはそうだったんだ、私の場合はこうだったなって思えるなら全然いいし、ファンの知性や感情を見くびったことはないつもりだけど、でもやっぱりアーティストの発言はファンの記憶を塗り替えてしまうこともある気がして。ファン思いじゃないって思われるかもしれないけど、ファン思いの自分のルートがこれなの。まあサボってるだけでしょって言われたらそうかもしれないです。柚木たちと忘年会をして、甲斐みのりさんや竹中夏海さんたちと大阪、神戸、熊野、滋賀、本郷、金沢、岡山などあらゆる場所の話をした。

 12月31日 


 来年なんて明日なのに、来年の自分はきっとあれもこれもできるようになるという、新年への過剰な期待をする己のおめでたさを、今は愛しく思う! 朝はラジオに出て、夜はリキッドルームからロフトヘヴンへ、カウントダウンライブにハシゴ出演した。今年最後に歌ったのは『プライベート・スーパースター』。

(次回は3月12日に公開予定です)

 


ゆっきゅん
DIVA・作詞家 1995年岡山県生まれ。青山学院大学大学院文学研究科比較芸術学専攻修了。2016年、ルアンとのサントラ系アヴァンポップユニット「電影と少年CQ」を結成。2021年よりセルフプロデュースでのソロ活動「DIVA Project」を本格始動。アーティストとして楽曲を発表するほか、作詞提供、コラムや映画評の執筆など活躍の幅を広げている。アルバムに『DIVA YOU』『生まれ変わらないあなたを』、最新EPは『OVER THE AURORA』。文化放送「武田砂鉄 ラジオマガジン」水曜後半レギュラー。
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飯嶋和一『虚空蔵の峯』
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