映画『宮本から君へ』 池松壮亮スペシャルインタビュー

映画『宮本から君へ』 池松壮亮スペシャルインタビュー

1992年度の小学館漫画賞(青年漫画一般部門)を受賞した漫画家・新井英樹の連載デビュー作『宮本から君へ』が、1990年生まれの池松壮亮主演作として、テレビドラマシリーズ(2018年/テレビ東京系)に続いて劇場映画となった。過激な内容ゆえに「映像化は不可能」とされていた原作の後半パートの映画化だけに、強烈なシーンの連続となっている。役づくりに惜しみなく情熱を注ぐ、演技派俳優の熱い言葉に触れてみてほしい。


──原作コミックとは、どのように出合ったのでしょうか?

 新井英樹さんが27歳のときに執筆された『宮本から君へ』を読んだのは、今から7年前。僕がちょうど大学を卒業した年でした。「これ、読んだほうがいいよ」と偶然にも1か月の間に2人の知人から勧められたんです。小説は好きでよく読むんですが、漫画はあまり読み慣れておらず、『宮本から君へ』も知りませんでした。でも、2人から同時期に勧められることはそうそうないわけで、「これは何かあるな」と思い、読みました。小説でも音楽でも、ちょっと驚くような出合いってありますよね。自分が抱えていたものと物語が発するものが合致した瞬間に、とんでもないところまで連れていかれるような体験。それが『宮本から君へ』だったんです。

──主人公の宮本浩は社会人になったばかりで、世間の常識と葛藤する毎日。当時の池松さんの心情と重なるものがあった?

 ひょっとして、自分のために描かれた物語じゃないかと錯覚を覚えたほどです(笑)。当時の僕のマネージャーは宮本さんという名前だったんですが、「宮本さん、『宮本から君へ』って知ってる?」と尋ねると、宮本さんがすごく驚いたんです。ちょうど、僕に『宮本から君へ』の映画化のオファーが届いたところだったそうです。やっぱり、何かあったんだなと。それからかなり時間は要しましたが、テレビ東京での連続ドラマを経て、ようやく映画が公開されることになったんです。

──宮本は人並みはずれた情熱の持ち主。役づくりは簡単ではなかったと思います。

 そうですね。原作の中の宮本は23歳~25歳くらいで、僕とほぼ同年齢なんですが、僕の周囲にはこんなに暑苦しい人物はいませんでした。常人離れした宮本になるには、相当な覚悟と小細工も必要になるなと思いました。人間にはそこまでは踏み込んじゃいけない領域があるわけで、でも宮本になり切るには人間的なところを超越し、動物的な領域にまで行かないとダメだなと感じました。
 とくに今回の映画版はそうですね。だからといって、山ごもりして動物の気持ちになったとか、そういうことをしたわけではありません。いつもそうなんですが、片想いみたいなところから役づくりは始まるんです。正直なところ、漫画で描かれた宮本浩そのものには僕はなれない。あんなに汁、僕は出ません(笑)。だいたいは役と自分との間に中間的な人物を構築していくような感覚なんです。でも、今回は宮本との間に距離がありすぎて、大変でした。

──宮本そのものにはなれない。でも、宮本に少しでも近づきたい。

 宮本には憧れを感じていました。平成生まれの僕らの世代は、調和を重んじて、周囲に順応して、スマートに生きることを強いられてきたように思うんです。物心ついたころから、喜怒哀楽の怒を封じられてきたような感覚があります。でも、そんなものを払拭できるのが、宮本じゃないかと思うんです。僕もそうだし、もちろん原作者である新井さん、真利子哲也監督、それにプロデューサーや他のスタッフやキャストもそうだったと思うんです。『宮本から君へ』に関わった人は、みんな宮本に懇願するような想いがあったはずです。僕にとって、宮本浩はヒーローでした。「あれ、俺さっき、こいつとすれ違ったよ」「昨日、居酒屋で隣りの席で騒いでいたのはあいつじゃねぇ?」みたいなリアリティーのあるヒーローになれればいいなと思いながら演じました。

池松壮亮さん

役を演じるときは自分の何かを捧げる

──映画版の宮本はほとんど前歯がない状態だったわけですが、リアルすぎて本当に歯を抜いたんじゃないかと心配しました。

 実際は特殊なマウスピースをはめての撮影だったんです。でも、撮影前は本気で歯を抜くことも考えました。僕が演技を学んだ名優たちは、役のために平気で歯を抜いていますからね。

──三國連太郎さんや松田優作さんらは役づくりのために歯を抜いたことが伝説のように語られています。池松さんも伝説の名優たちに近づきたかった?

 近づきたいというか、気分として分かるんです。決して僕は身を削るタイプの俳優ではないんですが、それでも勝負どころでは何かをしなくちゃいけないみたいな、そういう察知能力はあるんです。

──映画『宮本から君へ』はその勝負どころだと?

 そうです。絶対に勝たなくちゃいけない闘いでした。いつも役を演じるときは自分の何かを捧げるような感覚があるんですが、きっと宮本はそう簡単には許してくれないだろうなぁと。歯を抜くか、指を何本か折るかしないとダメかなぁ。そんなことを考えていた時期もありましたね(笑)。

──テレビシリーズを終えた『宮本から君へ』の続きを劇場映画として再起動させるのは、容易ではなかったと聞いています。主演俳優として企画、そして現場を引っ張る池松さんの存在は大きかったと思います。

 何よりも、原作で描かれた宮本の求心力がハンパなかったんです。でも、求心力が強すぎたために大変な目に遭う人も出るし、ビジネスライクな考え方で臨もうとすると弾き飛ばされてしまう。真利子監督とはテレビシリーズから映画の完成まで長い時間を一緒に過ごしましたけど、恐らく5000回くらいは「もう諦めよう」と思うポイントがありました(笑)。小さいことから大きなことまでいろいろありましたけど、真利子監督とはお互いにどちらかが落ち込んでいるともう一方が励ますことで、ここまで来れたかなと思うんです。でも、これほどスタッフとキャストの全員が熱くなれた作品は他にはないですよ。新井さんが描いた宮本の熱がどんどん広まって、その熱さが最後までまったく衰えなかったんです。

蒼井優さんがいたから演じられたクライマックス

──中野靖子役を演じた蒼井優さんも素晴らしい演技を披露しています。

 蒼井さんは信頼できる方です。面白い人だし、この作品に対する意気込みも感じられたし、本人は否定するかもしれませんが靖子とリンクするところがすごくある人でした。女のプライドを持っているし、男のこだわりを察する能力もあり、ハンパなく負けず嫌い(笑)。そんな女性がいちばん近くに共演者としていてくれたことは大きかった。宮本は誰にでも噛み付くような男ですが、蒼井さん演じる靖子がガーンと来てくれたお陰で、宮本はさらに怒鳴り返すことができたと思うんです。でも、その怒鳴り声って本当は宮本が自分自身に怒鳴っている声でもあるんです。蒼井さんが靖子を演じてくれたことは、宮本を演じる上でとても重要でした。

池松壮亮さん

──相思相愛である宮本と靖子との関係を根こそぎ破壊するように、大学ラグビーの元スター選手・真淵拓馬(一ノ瀬ワタル)が現われる。拓馬と宮本が対決する非常階段シーンは迫力満点でした。命綱は付けていたと思いますが、かなり危険な撮影だったんじゃないでしょうか。

 危険でした。危険でしたが、『宮本から君へ』を映画化する上で、しかも平成最後の映画を撮るわけで、長い日本映画の歴史がある中で二度とやれないようなことをやりたかったんです。キャストもスタッフも、みんなが魂の書き置きを残そうとした映画だったと思うんです。どのシーンも二度とやれないことをやろうということの積み重ねで、その最たるシーンが非常階段の場面でした。よくもまぁ、マネージャーは止めなかったなと思いますね(笑)。

──拓馬との対決の後は、靖子と向かい合うクライマックスへ。大変な熱量のある台詞の応酬ですが、撮影はスムーズに進みました?

 あのシーンは撮影当日まで、どう演じればいいのか分からなかったんです。原作だと宮本は急に江戸っ子口調になるんですよ(笑)。しかも、ひとり語りで。これを実写でやると「違うなぁ」と思われないか心配だったんですが、もう知ったこっちゃねぇ、やっちゃえと(笑)。それでうまく撮れたのかどうかは自分には分かりません。でも、目の前に蒼井さん演じる靖子がいてくれたから何とかできたように思います。靖子は宮本以上に心に苦しいものを抱えていましたから。僕ひとりでは、あの台詞は出てきませんでした。ひとりであんなことを叫んでいたら、ただのバカですよ。蒼井さん演じる靖子がいてくれたからこそのシーンでしたね。

届けるべき人たちに届ける責任

──いろんなオファーが届いていると思いますが、出演作選びのポイントがあれば教えてください。

 俳優は役をいただかないと何もできません。作品や役との出会いも、人と人との出会いみたいなものですね。「なんか、この人のことが好きだなぁ」とか、「この人を他の人にも紹介したいなぁ」とか、そんなふうに出会ったり、繋がっていく感じですね。俳優も表現者の端くれだとすれば、届けるべき人たちに届ける責任、表現する上での十字架みたいなものを意識して取り組んでいく必要もあると思うんです。複眼的な視点から作品を見つめた上で、オファーを受けさせてもらうということでしょうか。

──映画の公開規模や配給会社がメジャーかどうかは関係ない?

 少なくとも僕は街頭詩人ではないので、映画をやる上でより広く、多くの人に伝えたいという気持ちは絶対に忘れないようにしています。それでも、出演作がだいたいどこらへんの人たちに届くかは予想できるので、必要最低限の人たちにきちんと届けば、メジャーかインディーズかはあまり関係ないかなとは思っています。もちろん、気持ちとしては常にメジャー作品のつもりで演じています(笑)。

池松壮亮さん

 

(取材・文/長野辰次 撮影/五十嵐美弥)
 

池松壮亮(いけまつ・そうすけ)
1990年福岡市生まれ。10歳のときにミュージカル『ライオン・キング』で俳優デビュー。2003年にはハリウッド映画『ラストサムライ』で映画初出演。以後、『愛の渦』『ぼくたちの家族』『紙の月』(ともに2014年)、『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』(17年)、『万引き家族』(18年)、『斬、』(18年)など多彩な作品に出演している。


映画『宮本から君へ』

原作:新井英樹『宮本から君へ』百万年書房/太田出版刊
監督:真利子哲也 脚本:真利子哲也 港岳彦
主題歌:宮本浩次「Do you remember?」(ユニバーサルシグマ)
レコーディングメンバー Vocal:宮本浩次、
Guitar:横山健、Bass:Jun Gray、Drums:Jah-Rah
出演:池松壮亮 蒼井優 井浦新 一ノ瀬ワタル 柄本時生 
星田英利 古舘寛治 佐藤二朗 ピエール瀧 松山ケンイチ
配給:スターサンズ KADOKAWA 
R15+ 

▶︎公式サイトはこちら
9月27日(金)より
新宿バルト9ほか全国ロードショー
©︎2019「宮本から君へ」製作委員会


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