from book shop
  書店員さんおすすめ本コラム熱烈インタビュー 作家さん直筆メッセージPICKUP著者インタビューコミックエッセイ!「本の妖精 夫久山徳三郎」

恋をしたら読みたい「バレンタイン」本

レベッカ・ブラウンの『私たちがやったこと』。恋愛が自分を見失うものなら、だれにもこの狂気の種はあると思うのだが、はたして。

三省堂書店神保町本店(東京)大塚真祐子さん

 恋をすると本が読みたくなるものだろうか。現実の自分が慌ただしくて定まらなくて、本を読むどころではないのではないか。昨日とはまるで違う景色を受けとめるのに精一杯で、他人の人生に心をかたむけている余裕などないのではないか。ならばいっそクレイジーで、現実ばなれした恋愛小説をおすすめしたい。

 レベッカ・ブラウンの作品集『私たちがやったこと』を手に取ってみて、あなたはまず冒頭の一文にぎょっとするはずだ。「安全のために、私たちはあなたの目をつぶして私の耳の中を焼くことに合意した」……こうすればお互いが何を必要としているかがわかるのだと「私」は語る。

 絵描きの「私」とピアニストの「あなた」の閉ざされていく世界に、こんなことはあってはならないと思いながら微かに惹かれる自分がいる。恋愛が自分を見失うものなら、だれの胸にもこの狂気の種はあると思うのだが、はたして。

 いくらなんでもこれは恋愛の形として強烈すぎる、という方にはエイミー・ベンダーの作品集『燃えるスカートの少女』はどうだろう。

 巻頭の収録作『思い出す人』は「逆進化」する恋人の物語だ。ある日まで恋人だった彼が次の日は猿になり海亀になり、やがては小さなサンショウウオになる。「私」はささやく。「私のこと、覚えてる? 思い出って、あるの?」なぜ逆進化でサンショウウオなのかの説明は一切ない。空想的で不条理なのに、読み終えてわきおこる切なさを自分は知っている、と思う。それは恋する少女がふいに「大人」の眼差しを見せる、その一瞬にしかない揺らぎの感情であり表情だ。この作品集はいわばその瞬間を煮詰めたジャムのようなもので、味は舐めてみないとわからない。新鮮であることは間違いない。

 少女という歳でもないしきらきらした話は気恥ずかしい、という方にはアレハンドロ・サンブラの『盆栽/木々の私生活』がぴったりだ。

 作家志望の青年フリオとかつての恋人エミリア。彼女と過ごした過去と彼女のいない現在が描かれる『盆栽』、帰らない妻を待ちながら義理の娘に同タイトルの自作の物語を読み聞かせる『木々の私生活』、どちらも枝葉を整えるように削ぎ落とされた文体で、愛の記憶を描いている。読み終えて静かになったあなたの胸は、もしかするともう恋を忘れているかもしれない。


いやなことを忘れられるくらい面白い「スマイル」本

北村薫さんの『遠い唇』は、北村さんの知識の深さに驚愕し、 極上の謎解きが楽しめる七つの短篇集です。

MARUZEN名古屋本店(愛知)竹腰香里さん

 今回のテーマは、「いやなことを忘れられる『スマイル』本」です。という事で、読むのが楽しく、ミステリアスな世界が舞台で睡眠時間もぶっ飛んでしまうぐらい夢中になる三冊を選ばせて頂きました! 最初の一冊は、森見登美彦さんの『夜行』。十年前に京都・鞍馬の火祭へ見学に行った英会話スクールの仲間たちの前から姿を消した長谷川さん。彼女にまつわる謎と、十年振りに集まった仲間たちが旅先で出会った『夜行』という絵画連作について語る時、昼間には遭遇しない異形が潜む世界が待ちうけています。仲間たちの語る不思議な話に背筋が凍りますが森見さんの描く夜の世界の美しさに引きこまれます。驚きのラストと、いつまでも余韻に浸っていたい幻想的な作品です。

 二冊目は、北村薫さんの『遠い唇』。北村さんの知識の深さに驚愕し、極上の謎解きが楽しめる七作の短篇集です。コーヒーの香りで思い出す学生時代。今は亡き先輩から届いた一通のはがきの謎に思いを巡らす主人公=表題の「遠い唇」。宇宙人たちが、夏目漱石や太宰治ら文豪作品を地球人の生態に照らし合わせ右往左往するさまが微笑ましい=「解釈」。大型犬のような安心感のある彼氏の、予想外の行動と浴室に残された甘い香りの謎=「パトラッシュ」。トークショーの相手である教授の他殺体を目撃した主人公が、教授の不自然な手の形に違和感を覚え、名探偵とともに謎解きに挑む「ビスケット」。切ない話や楽しい話、色とりどりの七つの短篇に驚きの仕掛けがあります。小さな謎が解けた時、主人公の人生が動き出します。北村さんの優しさが溢れた表現力に心が温かくなります。心に沁みる作品集です。

 三冊目は、畑野智美さんの『タイムマシンでは、行けない明日』。思いがけない事故で初恋の彼女を亡くした主人公が、タイムマシンに乗って過去を変えようと奮闘します。過去を捻じ曲げてしまったために、前の世界で関わった人たちの行く末を目の当たりにした主人公が自分を見つめなおす姿にぐっときます。ラストに近づくにつれ、明らかになる真実。切なさと温かい気持ちで胸がいっぱいになりました。日常生活を精一杯送っていると、辛いことも悲しいことも経験します。過去に戻ってやり直せたら……一度でも思ったら読んでほしい作品です!

 

先頭へ戻る