◇長編小説◇白石一文「道」連載第8回
3 起こされたのは深夜だった。「ねえ、功一郎さん、起きて」肩を揺さぶられて目を開けるとパジャマ姿の渚がベッドの脇に立っていた。いつの間にか部屋の明かりが灯っている。「美雨の様子がおかしいの」一瞬で意識がクリアになる。身体を起こし、サイドテーブルの上に置かれた目覚まし時計の針を読む。午前二時十五分。日付は変わり、すでに土
◇長編小説◇白石一文「道」連載第7回
2  六時過ぎに起き出し、ベッドから降りて軽い体操を行っていると看護師が検温にやってくる。熱は平熱、血圧も異常なし。身体を動かしながら、どこかしら身軽な感じがして、最初は爽快な気分のせいだろうと思っていたが、血圧が普段よりずいぶんと低いのを知り、気分のためではなく本当に身体が軽くなったからだと気づいたのだった。確かに、
◇長編小説◇白石一文「道」連載第6回
第二部 1 「本部長、そろそろ時間ですよ」耳元に響く声で、功一郎(こういちろう)は我に返った。「ああ……」と反射的に返したものの、頭がぼんやりしていて目の前に立っている人間もかすんで見える。長い時間、深く眠っていたところをいきなり起こされたような感じだった。何か大事な夢を見ていた気がする。「本部長、あと五分です」ようや
◇長編小説◇白石一文「道」連載第5回
5 「開始」の声で我に返った。周囲で問題用紙を一斉に表に返す音がする。功一郎は、そのザッザッという音を聞きながら啞然とした思いで前後左右をキョロキョロと見回す。自分の身に一体何が起こっているのか分からない。教室全体に張り詰めた空気がみなぎり、すぐに受験生たちが鉛筆を走らせる音が聞こえ始めた。それを耳にして、功一郎も
◇長編小説◇白石一文「道」連載第4回
4 一九八〇年(昭和五十五年)三月十二日水曜日。功一郎は午前七時に起床した。母の用意してくれたトーストとハムエッグの朝食を食べ、先に仕事に出る母を見送って一時間ほど英単語の復習を行い、身支度をして家を出たのは午前九時だった。このときまでは腹具合に何の異常もなかったのだ。高校入試当日だったが、さしたる緊張もなくて、
◇長編小説◇白石一文「道」連載第3回
3 午前七時四十一分小倉発の新幹線さくら四〇一号に乗った。博多到着は七時五十六分。普通電車なら一時間以上かかる小倉―博多間が新幹線ならわずか十五分。この博多へのアクセスの良さがいまや北九州にとって仇(あだ)となっているのかもしれない。朝の博多駅は通勤通学の人々でごった返していた。
◇長編小説◇白石一文「道」連載第2回
2 フクホク食品黒崎工場は、一九八五年(昭和六十年)操業開始という年季の入ったカップ麺製造工場だが、管理の行き届いた実に清潔な工場だった。フクホク食品との縁は、この会社の品質管理担当を務めている西嶋常務が功一郎の著した『食品の品質管理 ここがツボ!』(小学館)の改訂版を読んで
◇長編小説◇白石一文「道」連載第1回
第一部 1 二〇二一年二月十九日金曜日。帰宅は午後十一時過ぎだった。今週はシフトをずらして、夕方には帰宅できるようにしていたが、今朝、出勤してみると三日前に出荷したデコレーションケーキのクリームに糸くず状の異物が混入していたとのクレームが発生しており、慌ててラインをストップしてスタッフ総動員で原因究明に当たらなくてはな