私の本 第4回 出口治明さん ▶︎▷02
連載「私の本」は、あらゆるジャンルでご活躍されている方々に、「この本のおかげで、いまの私がある」をテーマにお話を伺います。
ライフネット生命の創業者で、立命館アジア太平洋大学(APU)学長の出口治明さんは、人生には「人、本、旅」が肝要だといいます。先進国のなかで最も長時間労働で、勉強する時間がない日本人。このままだとどうなってしまうのか、そしてどう変わっていくべきなのか──。刺激的なお話は続きます。
ものごとを考える際の最高の教科書となる一冊
最近、面白かった本にフランス大統領エマニュエル・マクロンの『革命』があります。
大統領選に向けたプロパカンダの本だと思ったのであまり食指が動かなかったのですが、最初の10ページを読んで引き込まれました。
この本は、ものごとを考える際の最高の教科書の1冊だと思います。
マクロンはまず、「フランス人とはなにか」を定義します。フランス語を母語とする人間がフランス人であり、その人たち全員が等しくフランスの歴史を引き継いでいくのだ、と語ります。当然、肌の色や書類などは関係ありません。
次に、国を定義します。「国とはプロジェクト」であり、フランスの第5共和政は「人々を制約から解放することを目指す」プロジェクトだと語るのです。
人間は、さまざまな社会的、制度的な制約のもとで生きています。その制約から離れて自由になり、すべてのフランス人が、好きなことを職業にして生きられる状況をつくるのだ、と。
そして好きなことをやって人生を過ごすには教育が必要だから、フランスは教育に投資していく。
そこでは当然ながら競争が生まれて、落ちこぼれも出ます。それを救うのが政府であり、「政府は最も弱い人の立場に立つ」のだ、と言い切ります。
そして政治も、政治のプロに任せるのではなく、普通の市民が国会議員になるべきであり、普通の市民が多数を占めて初めて「革命」が行える。そのために自分は、新しく「前進」という政党をつくったのだと語るのです。
言葉を定義し、ものごとをロジックで考えて、自分の夢と理想を語るとはどういうことかを、この本は鮮やかに提示してくれています。
論理的思考ができない低学歴社会の日本
日本人は、こういう思考法が大変に苦手です。物事を深く考えず、言葉を定義することなく「日本は神の国」と安易に言ってみたり、二重国籍などを問題視したりしています。
では、どうして日本人はものごとを論理的に考えることができないのかといえば、先進国のなかで最も勉強しない国だからです。
それはエビデンス、つまり数字を見れば明らかです。
OECD(経済協力開発機構)加盟国の平均大学進学率は6割を超えていますが、日本は大学全入時代といわれる現在でも52%にとどまっています。また大学院への進学率はOECDの中で最低レベルです。
そのうえ大学に行っても、勉強をしない。アメリカの学生は4年間で400冊本を読みますが、日本の学生は100冊以下です。
日本人は教育レベルが高いとよく言われていますが、それは中学までの初等教育での話です。高等教育をこういったエビデンスで見ると、日本社会全体が低学歴だということは明白です。
「メシ、風呂、寝る」から勉強への転換
さらに社会に出ても、先進国のなかで最も長時間労働(2,000時間)のため勉強する時間がない。仕事以外は「メシ、風呂、寝る」で毎日を過ごしています。
それでも戦後は、高度成長を引っ張ったのが製造業だったので、問題はありませんでした。世界的に見れば製造業で働く人は大卒が約4割です。
工場で働く人に必要なのは素直さや協調性で、リーダーも「黙って俺についてこい」と言っていればそれですむのです。
しかし、21世紀に入って「メシ、風呂、寝る」から「人、本、旅」への転換が必要な時代となりました。
平成元年、世界の株価の時価総額で企業のランキングを行うと1位がNTTで、さらには世界トップ20の企業のうち14社が日本の企業でした。ジャパン・アズ・ナンバーワンの時代です。
でも平成30年の現在は、日本企業はトップ20の中でゼロ。トップ5はGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)とマイクロソフトで、それ以外はアメリカや中国の新興企業が占めています。
GAFAやその予備軍であるユニコーン企業で働いている人の大半は大卒で、そのうえ経営者はみな大学院に進学したマスターかドクターです。
ユニコーンのようにアイデア勝負の企業では、勉強しなければ生き残れません。つまり、高学歴社会が大前提となるのです。
日本の製造業はGDPに占める割合で見てもすでに1/4を割り込んでいて、いまさら製造業が再び盛り上がると思っている人はいないでしょう。
今後は人材に投資して、ユニコーン企業を育まなければ経済や社会の成長はない。つまり、日本全体が高学歴社会にシフトしなければならないのです。
そうであるにもかかわらず、こういう話ができる政治家もマスコミも日本にはあまり存在しません。それは社会全体として学歴が低く、しかも長時間労働で勉強する時間がないからです。これは日本の構造的な問題といえます。
知識 × 考える力がイノベーションを生む
僕はよく、次のような質問をします。「美味しいご飯と、まずいご飯、どちらを食べたいですか」と。誰もが美味しいご飯を選びます。
美味しいご飯を因数分解すると、「様々な材料を集める」×「上手に調理する」ことになります。
同じように美味しい人生を因数分解すると、「様々な材料=知識」、「上手な調理=考える力」となります。
「知識 × 考える力=美味しい人生」になる。言葉をかえればそれが教養であり、イノベーションを生む力となります。
イノベーションというのは既存知の組み合わせです。ただし、既存知の距離が近いと革新的なイノベーションは生まれません。誰でもぱっと思いつくような組み合わせでは駄目だということです。
たとえば、東京・麹町にミシュランにも掲載された「ソラノイロ」というラーメン屋さんがあります。普通、ラーメンといえばミソ、しょうゆ、ネギ、卵、海苔、チャーシューなどを思いつくでしょう。これらは、距離がとても近い。
でもここの「ベジソバ」はニンジンのピュレにムール貝で味をつけています。そういった発想を持てたのは、先ず、ニンジンのピュレやムール貝などを知っていた、つまりは知識があったからです。加えて、考える力があったから。ラーメンとニンジン、ムール貝は互いの距離が遠い。だからイノベーションが生まれたのです。
そう考えると、同質社会ではイノベーションが生まれないのは明らかでしょう。同僚とばかり飲んで、上司の愚痴を言うのもいいかもしれませんが、それではなにも変化しません。
シリコンバレーがなぜあれほど成長したかといえば、距離の遠い多くの外国人が移住して、そこでアメリカ人と切磋琢磨したからなのです。つまり、ダイバーシティ、多様性こそが新しい化学変化、ケミストリーを誕生させ、イノベーションを生むのです。
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