◎編集者コラム◎ 『鍬ヶ崎心中 幕末宮古湾海戦異聞』平谷美樹

◎編集者コラム◎

『鍬ヶ崎心中 幕末宮古湾海戦異聞』平谷美樹


横山明さんがカバー用に書き下ろしてくださった、和磨と和磨に思いを寄せる千代菊。 今にも戦いに挑まんとする和磨の目力が凄い!

 NHK大河ドラマ「青天を衝け」。吉沢亮演じる渋沢栄一が、片田舎の農民からどのようにして「日本資本主義の父」という名をわがものとしたのかと毎週楽しく観ている。これから半年かけて1人の青年の青い空へと駆け上るような成功譚が、鮮やかに紡がれていくのだろう。

 そんな華やかな人生を生きた渋沢と同時代、真逆の人生を生きた男が岩手県宮古村にいた。これが今回刊行された小学館文庫『鍬ヶ崎心中 幕末宮古湾海戦異聞』の主人公・七戸和磨だ。渋沢も七戸も当時は2人とも名も無き田舎の青年。渋沢栄一が輝く目で新しい時代を見据え江戸へと旅立つことを決意したその時、和磨は、悲しみをたたえた瞳で旧時代の復興を信じ、幕府に忠誠を誓った。血気盛んな青年が下した、それぞれの決断。260年続いた徳川幕府を取るのか、得体の知れない新しい時代に生きるのか……それは当時の青年たちにとって究極の選択であったことだろう。のちの人生をこれほどまでに大きく変える選択だとは、誰も予想だにしなかったに違いない。

 舞台は明治2年の岩手県宮古村。戊辰戦争の最中、七戸和磨は榎本武揚とともに宮古村鍬ヶ崎に上陸。和磨は幕府軍の隠密として鍬ヶ崎の絵図をしたためることを任される。箱館五稜郭で新政府軍を相手に戦いに臨みたい和磨だが、足を負傷し、これ以上の従軍は、かえって足手まといになると諦めさせられる。それでも心の奥底で一旗揚げたいと闘志を燃やし続けている和磨。そして、鍬ヶ崎でくすぶり続けていた和磨の心は、戊辰戦争の舞台が宮古湾へと移ったその瞬間、死を覚悟した作戦の強行という形で一気に破裂する。

 渋沢栄一が駆け抜けた華やかな時代の裏には、敗北を喫したたくさんの青年たちがいる。吉沢亮が、愁いを帯びた目で「鍬ヶ崎心中」の七戸和磨を演じてくれたら、それも素晴らしい作品になりそう。散りゆく美しさを体現してくれるのではと妄想しながら読んでみるのもいいかもしれない。

 
 本作は、岩手県出身の著者・平谷美樹氏が、東日本大震災から10年たった2021年、宮古という土地にも、いにしえから脈々と歴史が息づいていることを知って欲しいという思いを込めて執筆されたことを付記しておきたい。

──『鍬ヶ崎心中 幕末宮古湾海戦異聞』担当者より

鍬ヶ崎心中 幕末宮古湾海戦異聞

『鍬ヶ崎心中 幕末宮古湾海戦異聞』
平谷美樹

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