◎編集者コラム◎ 『ちえもん』松尾清貴

◎編集者コラム◎

『ちえもん』松尾清貴


歴史小説の新鋭による大力作、ぜひご一読ください!

『ちえもん』カバーと帯の色校

 寛政十年(一七九八)十月、長崎湾で実際に起こったオランダ船沈没事故。それを引き揚げたのは地元・長崎の人間ではなく、周防・徳山の廻船商・村井屋喜右衛門という人物でした。
 なぜ徳山の人間がわざわざ長崎でこんな前代未聞のサルベージに名乗りを上げて、しかも成功させることができたのか?
 その疑問から本書の企画は始まりました。

 歴史小説といえば歴史の教科書に出てくるような有名人が主人公になりがちですが、本作は市井の一商人の物語。しかし著者は、その人物を可能なかぎり調べ、当時の社会状況などに鑑みて、魅力ある人物像に描いてみせてくれました。
 酸素ボンベもクレーンもなかった時代に、どうやって巨大沈船を引き揚げたのか? その謎もさることながら、長崎に逗留していただけの喜右衛門がどうしてサルベージに名乗りを上げたのか? 江戸幕府の経済政策が、貿易都市・長崎に落とした影まで浮き彫りにした大力作です。

 単行本発売時に、著者を知る飯嶋和一さん(大佛次郎賞、司馬遼太郎賞など数多の受賞歴がある歴史作家)が寄稿してくださった推薦文から一部を紹介します。

 戦国武将や名の知られた富商の話ではない。無名の一海民の物語である。この小説家は初めて過去の歴史的な題材を描くに当たって、あえて無名の、しかも地方の庶民を選択した。
 この作品に出てくる中心人物はいずれも海村の次三男である。家を継ぐ長男以外は「余計者」であり、穀潰しでしかない。本藩と支藩の力関係、魚漁権の帰趨、家父長制、長幼の序列にいたるまで保守的な社会のシステムが主人公たちの前に立ちはだかる。既存の頑迷な社会システムに屈従して生きるのか。あるいはそれをくつがえすのか。くつがえそうとすれば、かなりの圧力が社会から加えられることになる。が、必要なのは勇気と知力だとこの小説家は語る。はかなく脆い夢や希望ではない、と。

 

 著者・松尾清貴さんは、小学館文庫『偏差値70の野球部』シリーズ(全4冊)65万部の大ベストセラー作家。歴史小説は新鋭ながら、底力のある作家です。
 時代小説好き、歴史小説好きの方は、ぜひご一読を。唸ること必定です!

──『ちえもん』担当者より

ちえもん

『ちえもん』
松尾清貴

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第173回
◎編集者コラム◎ 『モーツァルトを聴く人』詩/谷川俊太郎 絵/堀内誠一