第134回
乾 ルカさん
『明日の僕に風が吹く』
人と関わることで何かが育まれることもきっとあります。
乾 ルカさん


 北海道の北西部にある島を舞台に、挫折を経験した少年の心の成長を描く『明日の僕に風が吹く』。著者の乾ルカさんは出身も在住も北海道。この島を知ったきっかけや、物語を組み立てていった経緯、そしてこの作品にこめた思いについて、おうかがいしました。

実在する離島をモデルに

 叔父の雅彦に憧れ、医師を目指していた川嶋有人は中学二年生の時に学校で起きたある出来事から引きこもりとなり、夢も未来も見失ってしまう。が、叔父に勧められ、東京を離れ、彼が医師として勤務している離島の高校に入学することに──。

 北海道の北西部、日本海に浮かぶ小さな島、天売島。島の周囲は約十二キロ、人口は約三百二十人。自身も北海道に暮らす乾ルカさんの新作『明日の僕に風が吹く』は、この島をモデルにした、照羽尻島が舞台だ。

「私は北海道のローカルテレビの審議委員をやらせていただいていたのですが、審議委員長が札幌にある地域の活性化を支援する団体に携わっている人で。その方から天売島の高校の話を聞いたことがあったんです。限界集落化して廃校になりそうな高校を守るため、大人たちが入学して延命させた、というお話でした。〝小説のネタにならない?〟と言われ(笑)、私もすごく面白そうだなと思っていたんです」

 それが三年ほど前のこと。その後、連載の依頼が来た時に編集者に天売島の話をしたところ、「面白そう」という反応が返ってきた。

「その時はまだ、どんな話になるかも分からずにいました。ただ、私は社会派でもないし、町おこしの話なら私より上手に書ける人はたくさんいる。私が書くなら、学生さんを主人公にした青春ものになるのかなという気がしました」

 編集者たちと島に赴き、取材するうちに物語はできあがっていった。

「東京の編集者と一緒に取材に行って、フェリーが島に近づいて港を見た時に、〝うわー……〟という反応で(笑)。島でいちばん栄えているはずの港が、東京の人たちにはずいぶん寂れているように見えて衝撃を受けたようです。私自身は若い頃に島に旅行で訪れた時も、別に衝撃を受けませんでした。東京にいる人たちはこんなに驚くんだなと思い、それを読者にも共有してもらおうと思いました。それで、もともと島に住んでいるのではなく、都会から訪れる少年を主人公にすることにしました。実際の天売島の高校も寮があって全国から生徒を受け入れているんです。ただ、よっぽどのことがないと東京の男の子が島に移り住むきっかけにならないと思い、引きこもりの子にしたんです」

 取材では、在校生たちにも話を聞いた。その時はまだ、主人公の有人を、医師を目指していた少年という設定にすることは頭になかった。だが、島での取材の中で、興味を引かれたのが、

「地域医療の問題です。編集者が島のいろんな人に話を聞いてきてくれたなかに、すごく面倒見のよかった、伝説の医者の話があったんです。その人はもういなかったんですが、島の人に神様のように思われていて。それで島の診療所に行って、看護師さんにお話を聞いたりしました。有人の叔父の雅彦の人物像は、その伝説のお医者さんからヒントをもらいました。取材当時に勤務していたお医者さんも、その後すぐに辞めてしまわれて、島に常駐の医師がいない状態になりました」

 そこから有人の過去や、引きこもりになった理由が生まれていった。彼はかつて、一緒に乗っていた飛行機の機内で、叔父が急病人を助ける姿を見て、自分も医師を目指そうと決意。しかし中学二年生の時、学校で重度のアレルギー発作を起こした転入生、道下を助けようとして失敗し、軽度の障害を与えた彼女に負い目を感じ、学校へ通えなくなってしまったのだ。

「大人からすれば、善意でやったことだし障害が残ったのも彼のせいではないのだから、気にしなくていいと言いたくなる。でも有人にとっては、叔父のように助けることが唯一の正解だったし、若くてまだ世界が狭いから、閉じこもってしまうんですよね。その弱さから成長していく話にしたかったんです」

個性豊かな同級生たち

 強引に説得されて島にやってきたものの、最初のうちは叔父の住む部屋から出ようとしない有人。そのため診療所を手伝わされるようになったところへ、島の高校生たちが会いに来る。そして、いよいよ学校へ通うことに。

「人と関わることで生まれる感情というのはきっとある。そこから何かが育まれるだろうと叔父さんは考えたんだろうな、と思いながら私も書いていきました」

 人数が少ないため、違う学年でも一緒に受ける授業がある。メンバーは、地元の旅館の娘、野呂涼、漁師の息子の斎藤誠、札幌から来た寮生の東村桃花と八木陽樹。二年生は涼先輩とハル先輩、あとの二人は有人と同じ一年生だ。それぞれの人物造形については、

「私は過度に友情に憧れを持っているので(笑)、主人公に島育ちの友達ができるといいなと思って登場させたのが誠です。島は漁業が基幹産業なので、漁師の息子が分かりやすいなと思いました。有人と違って明るくて人懐こい子です。二人は真逆の性格だけど、仲良くしてくれたらいいなと思いました」

 誠は非常に素直で明るくて、意地をはらずに謝ることができるタイプ。

「実は誠さんのお父さんにはモデルとなった漁師の方がいるんです。ものすごくいい方で、こういうお父さんに育てられた息子さんは誠くんみたいになるだろうなと思っていました」

 また、そんな誠が思いを寄せるのが桃花だ。

「私は美人の子が好きなので(笑)、桃花ちゃんはそういう設定にしました。でも、言う時は言うよ、という感じの子です。ハル先輩に関しては、学生たちが島に来る理由がみんなドロップアウトということにしたくなくて。自分から来たっていいじゃない、と思ったんです」

乾ルカさん


 ハル先輩は鳥が好き。島はウトウという海鳥の大繁殖地で、この島だからこそ見られるウトウの帰巣は迫力がある。さらに、珍しいウミガラス(オロロン鳥)もいる。そんな海鳥たちを観察することが、ハル先輩がこの島に来た理由のひとつのようだ。鳥をこよなく愛する彼は、人に対してはどこか冷たいところがある。そして、涼先輩はというと、

「涼先輩は、島育ちで、周りが見えていて、引くべきところは引くことをわきまえている女の子。主人公には誰かを好きになってほしいと思い、優しい性格の彼女を考えました」

 というように、有人はすっかり彼女に夢中になる。一方、恋愛には興味を示さない子も。

「島の生徒さんたちに取材した時、そのあとで編集者と〝あのなかでつきあっている子っているのかな〟みたいな話になって。その時に、そうじゃない子がいてもいいんじゃないかなとちょっと思ったんですよね。有人くんや誠くんとは真逆の子もいてほしかった」

島の生活の中で迎える変化

 学校のカリキュラムもユニークだ。海産物を使った缶詰を作る水産実習があり、できた品を北海道高校生物産展に出品するのだという。

「実際に天売高校でも水産実習があって、ウニの缶詰を作ったそうです。そのあたりは実際のカリキュラムを参考にしました。ただ、学校の寮は翌年オープンするということで、取材時に寮生はいなかったんです。それで寮をどんなふうにしていくのか聞いた時、Wi‐Fiを完備するという話を聞いて。それで、ハル先輩がネットで予備校の通信講座を受けている、ということにしました。島にいても受験勉強の手段はある、ということを書きたかった。ただ、私は通信教育のケアの仕事をしたことがありまして、自分を律して勉強していける人でないとなかなか難しいのも事実なんですが」

 学校生活や同級生たちに馴染み、本来の明るさを取り戻してきたと思えた矢先、とても残酷なことが有人に起きてしまう。それは悲しみと同時に、有人を人間不信のどん底に陥れる出来事だ。

「話の流れとしては、谷の部分になりますよね。有人はずいぶん変わったけれど、やっぱりまだ成長しきれていないことも分かる。君はまだ、もうちょっと成長する余地があるよ、という気持ちで書きました」

 そんな物語の途中、有人は一度だけ、東京へ帰る。そこで中学生の時に助けられなかった同級生、道下との再会が待ち受けている。この時に彼女が彼に言う言葉のひとつひとつに、痺れてしまう。なぜ痺れてしまうのかは、ぜひ本文で確かめてほしいのだけれど。

「連載の時、あの回は道下さん回だと思って書きました。彼女を魅力的に感じてもらえたのなら、すごく嬉しいです。有人にああした言葉をかけられるのは、彼女しかいないと思っていました」

 道下だけでなく、ハル先輩の本音や、桃花が島にやってきた理由、そして叔父の隠された気持ちなど、有人はさまざまな生き方と思いに触れていく。それは、内にこもっていた彼が、外の世界を知ることでもある。

「転地療養がすべて有効だとは思いませんが、今いる環境がものすごくストレスになって身体に影響を与えている時は、場所を変えることにも効果はあるのかなと思います。有人の場合、環境を変えていろんな人を知るという点で、成長できるかもしれないと思いました」

 そのなかで読者にも伝わってくるのは、「未来に目を向けよ」「動け」というメッセージ。

「私は、十代の頃の自分をすごく悔いているところがあって。何もしてなかったんです。もっと頭も柔らかくて感受性も豊かだったうちに、もうちょっと将来のことをちゃんと考えていろいろ行動していればなあと思って。そういう後悔を重ね合わせて書きました」

 いや、でも今、作家として活躍しているのだから、よいのでは?

「十代の頃に将来のことを考えていたら、試験を受けて公務員になっていたかと……(笑)。やっぱり年金が足りませんから。でも確かに、こうやって本を書かせていただけていることに後悔はないですね。思えば、二十代から投稿生活をはじめて、デビューするまでに時間がかかっていますが、幾度となく、六十歳や七十歳になって振り返った時、このままで後悔しないか自問自答していました。後悔しないと思えたので、投稿を続けていたんです」

 有人にはこの先、どんなふうに成長していってほしいと思うか。

「彼は最初に比べて、物語の終わりには少し強くなっていると思う。できたら、何年かかっても夢をかなえてほしい。頑張った姿を島民たちに見せてほしい。そして友情コンプレックスのある自分としては、誠くんとの仲がずっと続いてほしいですね(笑)」

 


明日の僕に風が吹く

KADOKAWA 本体1600円+税


 

乾 ルカ(いぬい・るか)

1970年、北海道札幌市生まれ。藤女子短期大学卒業。2006年「夏光」でオール讀物新人賞を受賞、デビュー。2010年『あの日にかえりたい』が直木賞候補、『メグル』が大藪春彦賞候補に。その他の著作に『てふてふ荘へようこそ』『六月の輝き』『モノクローム』『わたしの忘れ物』『心音』『コイコワレ』など多数。

〈「きらら」2019年11月号掲載〉