週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.174 精文館書店中島新町店 久田かおりさん
「心地よい暮らしを作るために多世代の住人が協働するコミュニティ型マンション」と聞くと、なにやら意識高い系の方々が住まわるハイソでおしゃんてぃなマンションを想像してしまうのだが、この小説の舞台となるココ・アパートメントは、もっと生活感あふれる地に足の着いた場所であった。
ここでは父親の仕事の事情で一人暮らしを余儀なくされたエリート高校生や、妻を喪ったシングルファザー、同棲中の若いカップル、モラハラ夫との離婚裁判中の母娘、発達障害の息子たちとその両親、同棲中の若いカップル、そして東北弁を話すやたらと海外生活に詳しい老女が、いろいろな形で他人とかかわりながらひとつ屋根の下で暮らしている。彼らは様々な問題を抱えているのだが、その問題に住人たちは土足でずかずかと踏み込むことはしない。ココ・アパートメントの距離感はとても「いやんべな(いい塩梅の)」お付き合いなのだ。
誰かに助けを求めること、誰かに頼ること、誰かに弱みを見せること。大人になると難しいそういうあれこれを柔らかく包み込んで「あたりまえ」として受け入れてくれる場所、それがココ・アパートメントなのだ。
月に数回当番が食事を作りみんなで食卓を囲む協働食事会「コハン」がとてもいい役割を担っている。食べることは生きること。誰かのために食事を作る楽しさ、他人が作った温かい食事を摂る幸せ、その大切さを白尾悠は優しく描き出す。
誰もが心の中に時計を持っている。時にものすごい勢いで進み続けたり、逆戻りしたり、あるいは針を見失うこともあるかもしれない。
でも、どんな時計であってもその存在を肯定してくれる誰かがそばにいたら、その針はいつかまたゆっくりとでも動き始めるだろう。
止まらないで動き出す針を信じて待つこと。ひとりでは耐えきれないその時間を共有してくれる場所、それがココ・アパートメントだ。彼らが誰かの手を借りて少しずつ時計の針を進めていく、その瞬間に立ち会えたような気がする。
そして、全て読み終わった後に、ひと呼吸ついてからプロローグを読み返してほしい。その尊さに心が震えるだろう。
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久田かおり(ひさだ・かおり)
「着いたところが目的地」がモットーの名古屋の迷子書店員です。