★編集Mの文庫スペシャリテ★『禁じられた遊び』清水カルマさん

著者近影(写真)
『禁じられた遊び』清水カルマさん

自分の原体験に根づいた、本当に面白いと感じる話を書いていく。

 現役書店員が期待をこめて、優れた未発表作品を発掘する「本のサナギ賞」。第4回大賞を受賞した『禁じられた遊び』が、文庫のコーナーで話題になっています。死者が呪文で蘇り、凄惨な事件を引き起こす、戦慄のホラー小説です。6月の刊行から発売1週間で増刷。初秋の時点で、5刷3万部超のベストセラーを記録しています。著者の清水カルマさんは作家としてはほぼ無名でしたが、本作で一気に注目が高まっています。創作のきっかけや経歴、今後について語っていただきました。

偶然見たブログ記事とニュース映像が契機に

きらら……『禁じられた遊び』を、とても面白く読ませていただきました。清水さんは昔から、ホラー作家を志望されていたのですか?

清水……いえ、以前は純文学や家族小説など、いろんなジャンルの小説を書いていました。新人賞にも応募していたのですが、なかなか芽が出ませんでした。気づいたらもういい歳になっていたし、自分に書けるエンターテイメントとは何だろう? と真剣に考えました。悩んだ末、子どもの頃から好きだったホラーというものを、いちど正面から書いてみようと思いました。
アイディアのもとになったのは、他人のブログです。当時、若い人やおじさんの他愛もない日記を、いろいろ読んでいました。たまたま見かけたなかに「子どもがトカゲの尻尾を持ってきて、逃げられたと残念そうにしていたから、尻尾からトカゲが生えてくるよって言っちゃった」という記述がありました。それを読んだとき、死者の一部を土に埋めて再生させる『禁じられた遊び』の物語が浮かびました。アイディアが降ってくる、まさにその感覚でした。

きらら……主人公の直人の妻の美雪が事故死して、息子の春翔の呪文により、復活を果たそうとします。直人に恋愛感情を抱いていたビデオジャーナリストの比呂子が、美雪の呪いの念に巻きこまれ、危険にさらされていく展開に、ぐいぐい引きこまれました。

清水……本作のヒロインとなる比呂子は、ブログと同じく偶然見た、夕方のニュース番組がヒントになっています。女性ビデオジャーナリストの仕事ぶりを追った特集でした。面白い存在だなぁと、頭の隅に残っていて、何かに使えないかなと思っていました。それがトカゲの尻尾のアイディアと、うまくはまりました。

エンターテイメントの定石を踏まえたヒロインの変化

きらら……『禁じられた遊び』の魅力は、スピード感です。美雪の再生が始まった途端、直人や比呂子の周囲に呪いが浸食して、犠牲者が増えていきます。恐怖が拡散していくスピード感あふれる展開に、終始もっていかれました。

清水……本作を書き出した頃に、ディーン・R・クーンツの『ベストセラー小説の書き方』を読みました。ある作家が、長編を書く前には必ずこの本を読み返すと言われていたので、参考にしました。この本は多くのベストセラー小説を分析し、共通点を論じています。まずはこの本に書いてあるとおりにやってみようと、しっかりプロットを立て、キャラクターづくりをしていきました。それが功を奏したと思います。

きらら……比呂子が前半までは、か弱い印象だったのが、あるときをきっかけに美雪との対決姿勢に変わります。服装など見た目も変わりました。強敵に立ち向かう女性へ変貌した比呂子は俄然、応援したくなりました。

清水……直人が美雪と対決するパターンもありましたが、それは採りませんでした。かつては強い念に負けたヒロインが、経験を経て、自分の意志でリベンジする話にした方が、エンターテイメントとしては面白くなります。ビデオカメラは比呂子にとってお守りというか、精神的な支えになっています。比呂子のキャラクターを際立たせる道具として、うまくいきました。
最初はカメラは重くて、比呂子の負担になります。しかし男社会で揉まれながら、少しずつ克服していきます。物語の最後で、主人公は成長するという、エンターテイメントの定石を踏まえる意識で描きました。

青春時代に血肉となったもので書いている

清水……本作ではキャラクターが勝手に動き出す状況を作ることにも、手を掛けました。頭で人物の気持ちを考えても、うまくいきません。キャラクターが自分で打開しようとするシチュエーションがあれば、自然と動きだします。書いている間はどんどん筆が動き、想定していなかった展開が、次々に現れました。後で推敲するのは大変でしたが、美雪の呪いに翻弄される直人や比呂子の動きを追っていくことを、楽しんでいる部分もありました。自分の作品には違いないのですが、もう1回、同じ話を書けと言われても、おそらく書けないでしょう。

きらら……登場する人々を、しっかり客観視されているのですね。

清水……この小説では僕を投影したキャラクターは、ひとりもいません。作者に近い主人公をつくると、ドラマが展開しないと考えています。僕自身がすごく面白い人だったらいいんですけど、つまらない。投影したって何にも広がりませんよね。自分とは関係ない、なるべく遠く離れたキャラクターを描くよう心がけています。

きらら……今後もホラーを書いていかれるのでしょうか?

清水……もちろん、書きたいと思っています。『禁じられた遊び』には、僕のホラー好きの原点が詰まっています。子どもの頃に読んだ高橋葉介や日野日出志は、いまも鮮烈に記憶に残っています。他にも、つのだじろう、古賀新一とか、怖いマンガばかり読んでいました。小説では上田秋成、安部公房、半村良を愛読していました。あと僕は、薬師丸ひろ子がキャンペーンガールをやっていた時代の角川文庫で育ちました。それらのテイストが、物語を書くときの下敷きになっています。純文学などで回り道してきましたが、自分の原体験に根づいた、本当に面白いと感じる話を書いていくのが正解だと、あらためて実感しています。極力、僕自身は出てこないよう気をつけて、面白い小説が、ここにありますよというシンプルな姿勢で、次も書いていきます。

禁じられた遊び
ディスカヴァー文庫
 
清水カルマ(しみず・かるま)

東京都在住。フリーライター。2018年、第4回本のサナギ賞を受賞。今年、受賞作の『リジェネレイション』を『禁じられた遊び』に改題して出版。

〈「きらら」2019年11月号掲載〉
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