相沢沙呼さん『medium 霊媒探偵 城塚翡翠』

これ以上のものを書くには、殺人に手を出すしかない

 なにしろ三冠である。「このミステリーがすごい!」と「本格ミステリ・ベスト10」の国内作品で一位、そして Apple Books の「ベストブック」の「ベストミステリー」。この長篇ミステリ『medium 霊媒探偵 城塚翡翠』は、本稿執筆時点でこれだけの冠を獲得しているのだ。二〇一九年のミステリで最も評価された一冊なのである。その大注目作について著者がたっぷりと語る。

相沢沙呼さん『medium 霊媒探偵 城塚翡翠』

■medium

 二〇一九年に発表された『medium 霊媒探偵 城塚翡翠』は、相沢沙呼にとって、〇九年に始まった作家人生において、最も評価された作品となった。これまでにも賞の候補になったことはあったが、今回の成功は圧倒的であった。

「一位には驚きました。それまでベストテンに入ったこともないので、いきなり一位とは……」

 そう、鮎川哲也賞受賞作も他の賞の候補作も、何故か年間ベストテンとは無縁だったのだ。それが今回一位に輝いたわけだが、『medium』は、それを狙う意志が明確に示された一冊であった。注目すべきは、まず帯である。賛辞は一切なし。句読点を含めてたったの八文字、「すべてが、伏線。」だけを読者に訴えたのだ。

「帯については悩みましたね。なんの前情報もなしに読んでもらいたいと思う一方で、なるべく多くの人に届けたいという気持ちもあって」

 悩んだ結果の八文字は大成功。帯に惹かれて読んだ方もいたという。とはいえ、帯だけで三冠を得られたわけではないのは当然のこと。挑発的な帯に内容が伴っていたからこその三冠なのである。

 その『medium』 について、最小限の内容紹介を。霊媒探偵こと城塚翡翠。その相棒であり、本書の語り手となるのが、推理作家の香月史郎だ。香月は警察との媒介者、すなわち medium となり、翡翠が霊感で到達したという真相を、この世の論理で警察に納得させるべく知恵を絞る。『medium』には、このコンビが殺人事件の謎を解く短篇が三篇収録されており、さらに、その三篇の背後に連続殺人事件が横たわっている。本書では、翡翠と香月がこの連続殺人事件に取り組むことを決断する様がプロローグで描かれ、その後、インタールードⅠ~Ⅲとして事件の状況が語られ、そして、最終話で事件そのものが語られる。こんな構成なのだ。

 最初に誕生したのは、まず、第一話だった。

「『小説の神様』という作品の続篇を依頼されていたころ、続篇ではなく『medium』の第一話のアイディアを思いついてしまったんです」

 中核となる真相そのものはだいぶ前から頭にあったが、それを小説として纏める部分で悩んでいた。その解決策に気付いたのだ。

「『小説の神様』の続篇は、アイディアはあってもなかなか書く気力が湧かずにいました。だったら、グダグダせずにミステリの短篇を仕上げてしまおうと思い、第一話を発端から真相まで書いて担当編集者に送ってみました」

 それが気に入ってもらえて、こちらを書くことになったのだという。

「突破口が見つかってからは、早かったですね。一八年の年末に着手して、一九年の二月末には全体を書き上げていましたから」

相沢さん

 普段は筆が遅い方で、一冊に半年はかかるが、『medium』は集中して一気に書き上げた。

「突破口を見つけたことで書きたい意欲が猛烈に湧いてきて、それが薄れないうちに」

 だが、勢いだけで書いたわけではない。全体の構造を考え、きちんと計算して書いた。たとえば第一話は霊媒探偵の紹介という役割も担っているため、それを意識した。城塚翡翠について、香月との挨拶の会話を挟みながら、数十行を費やして、その美貌を語るのだ。

「読者にとっては翡翠との初対面なので、このシーンは何度も書き直しました」

 第二話では、また別の観点で計算した。第一話が一般読者にも馴染みやすい謎とその解明である一方、マニアは物足りなく感じてしまうのではないかと、相沢沙呼は不安に思ったのだ。

「なので本格ミステリのマニアの方に愉しんでいただくことを狙ったんです」

 その第二話は、不自然な指紋に着目したり、翡翠が霊視したという光景の意味を推理したりしつつ、関係者の分刻みの行動を吟味して犯人を特定していく短篇となっている。理詰めの推理の醍醐味が愉しめるのだ。

「第二話で魅了しておけば、本を最後までちゃんと読んでもらえるだろうと考えました」

 そして第三話は、また別のテイストである。

「〝これから事件が起こるかも〟というドキドキ感を愉しんでいただこうと思いました。具体的にどんな事件にするかは、少々悩みましたね」

 香月は、第一話と第二話を通じて霊媒探偵の能力の制約事項を認識する。第三話では、その制約のなかで翡翠の能力をどう活かし、現在進行形の事件をどう解決に導くか、香月は知恵を絞るのだ。たっぷりとサスペンスに満ちており、しかも、学園ミステリとしての味わいもしっかりと備わっていて、またまた新たな魅力を感じさせる第三話なのである。

 そして最終話では、連続殺人事件の真相をいかに読者に納得してもらうかを重視した。

「丁寧な説明を心掛けたんですが、説明が長すぎるのもバランスとしてどうかなと思い、いくつか削ったりもしました。いわなくても判るとか、よく考えれば判るといった部分などを」

 調整が絶妙だったことは、三冠という結果が雄弁に物語っている。

 この『medium』は、相沢沙呼が初めて一位を獲得した作品であると同時に、初めて殺人事件を扱ったミステリでもある。自らに課していた〝殺人を扱わない、マジックのネタをそのままミステリには仕立てない、作品にテーマを込める〟という三つのルールの一つを曲げたのだ。

「もともとは『日常の謎』にこだわって書いていたんです。それこそデビュー作から」

 日常の謎については、『medium』で作中人物が定義を語っている。曰く、「『日常の謎』とは、大まかにいうと、日常の中にある、些細な謎、小さな謎に着目して、それらを解明する過程や、解明されたあとの心理の変化を描く作品群」とのこと。要するに連続殺人事件などとは対極のミステリを書き続けてきたのだ。

「その意味では、『マツリカ・マトリョシカ』で既に『日常の謎』は逸脱していたんですよね」

 この作品は、密室状況で美術部備品のトルソーがあたかも特定の女子生徒のように〝殺されていた〟事件の謎解きを描いた長篇だった。

「『マツリカ・マトリョシカ』が本格ミステリ大賞の候補になった際、自分のルールに縛られたままでは、本格ミステリ好きの方々に強く支持される作品を書くのは難しいのかな、と思ったんです。これ以上のものを書くには、殺人に手を出すしかないかな、と」

 大きな決断だった。しかしながら、『日常の謎』へのこだわりを捨て去ったわけではない。

「人が殺されるか殺されないかの違いだけで、探偵役の観察眼もしくは着眼点、あるいは違和感などによって真相に辿りつくという方法論は、『medium』でも、それまで書いてきた『日常の謎』でも変わりありません。あえて相違点を探せば、『日常の謎』では、まず謎となる現象から考えなければならないのに対し、殺人だと、とりあえず死体を転がして味付けを考えればよい。〇から一か、既に一があるかの差ですね」

 相沢沙呼の様々な計算と想いが詰まった『medium』、まさに今読むべき一冊である。

■magic

『medium』作中の香月と同じく、相沢沙呼も時折、喫茶店で原稿を執筆するという。もちろん自宅でも執筆するが、その環境は、喫茶店に劣るかもしれない。誘惑が多いのだ。

「パソコンのキーボードの下に、クロースアップマットという、カードマジックでトランプを並べるためのシートを敷いているんです。なので、キーボードをどけると、すぐにマジックの練習ができる。もちろん机の周囲にはいくつもトランプのデッキが積み上がってます」

 かつては、トランプで気分転換していた。

「今は全くそんなことはないです。むしろ執筆の妨げです。つい練習に熱中しちゃう(笑)」

 ちなみに最近では、指先の技術に依存しすぎないマジックに興味を持っているという。

「〝器用だから何か技術を使ったんだろう〟と思われると、驚きが減少してしまう。なので、器用さが介入しないものを選んでいます」

 そういって彼はこんなマジックを実演した。 まず、箱に入った一組のトランプを鞄から取り出す(この鞄は直前まで別のテーブルに置かれていて〝アリバイがある〟)。続いて相沢沙呼の質問に答えて、インタビュアーである私が好きなカードを告げ(スペードの七)、編集者の一人が好きな数字を選ぶ(二六)。その後、もう一人の編集者が裏返しのカードを一枚ずつ表にしていくと二六枚目にスペードの七が……。

マジック実演

「お客さんと会話しながら進めるマジックが好きなんです。会話によって、そのとき一回限りの特別な時間が生まれるのがいいですね」

 マジックの創作においては、ミステリと同じく発想の転換や頭の柔らかさ、あるいは伏線が重要だが、マジックのトリックを自分で考案したりはしないそうだ。『霊媒探偵城塚翡翠』ならぬ〝奇術探偵曾我佳城〟の作品群を著した泡坂妻夫は創作マジックでも有名だったが、相沢沙呼は、演者に徹しているようである。

■movie

 さて、二〇一九年に初の一位を獲得した相沢沙呼だが、二〇年は、さらに注目を集める年になるかもしれない。三冠獲得で『medium』の読者が増えるだろうし、それに加えて『小説の神様』の映画も五月二二日に公開されるのだ。

 中学生で文学賞を受賞してデビューするも、その後伸び悩んでいる高校生作家・千谷一也は、同時期にデビューして人気作家となった同い年の女子生徒(しかもクラスメイト)とコンビを組んで作家活動を開始することに……。小説を書くこと、作家であり続けることの苦悩と、それでも書き続ける業が描かれた作品だ(『medium』読者は、『小説の神様』も読むべき。意外な共通項を発見できる)。映画で二人を演じるのは、佐藤大樹と橋本環奈。

「映像化しにくい小説だと思うんですが、一般の方に広く愉しんでもらえる映画になっているといいな、と思います。ちなみに橋本環奈さんは気さくで可愛らしい方で、気付いたらただのファンになっていました(笑)」

 このヒット確実の映画に加え、学校の図書館を舞台とする新作も予定されている。

「あと短篇を一つ書けば本にできます」

 さらに、年内には『medium』の続篇も予定されているという。二〇二〇年、相沢沙呼から目を離せない。


medium

講談社 本体1700円+税


相沢沙呼(あいざわ・さこ)
1983年埼玉県生まれ。2009年に『午前零時のサンドリヨン』で第19回鮎川哲也賞を受賞してデビュー。「原始人ランナウェイ」(11年)で第64回日本推理作家協会賞短編部門の候補に、『マツリカ・マトリョシカ』(18年)で第18回本格ミステリ大賞候補になる。『日常の謎』ものの謎解きミステリを得意としつつ、青春小説、ライトノベル、コミック原案などでも活躍。

(構成/村上貴史 撮影/浅野 剛)
〈「きらら」2020年3月号掲載〉
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