榎田ユウリさん 『この春、とうに死んでるあなたを探して』
どう向き合って生きていけばいいのだろう。
喪失と不在を優しく描いた春の物語。
三十八歳の春、中学時代を過ごした雨森町へと戻ってきた矢口弼。元同級生の小日向ユキとの再会を経て、矢口は初恋の人だった恩師がすでに亡くなっていたことを知る。先生の死の真相は? 騒々しい小日向に振り回されるように、矢口は二十三年前の謎を追うが──。散りゆく桜のような余韻を残す長編小説『この春、とうに死んでるあなたを探して』。執筆の背景について、著者の榎田ユウリさんにお話を伺いました。
──アニメ化された「カブキブ!」をはじめ、BL、ファンタジー、ホラーなどジャンルを超えて多数のヒットシリーズをお持ちですが、本作はどこにでもいそうな普通の三十代男性たちの物語です。執筆の経緯について教えてください。
榎田……筑摩書房さんからご依頼をいただき、「好きなように書いてください」とは言われたものの、「私が筑摩書房さんで? 何を書けば?」という戸惑いも多少あり、最初はすごく迷走していましたね。でもいろいろ考えた末にグルッと回って結局はいつもの自分の作品と同じになりました。
──「いつもの榎田作品」とは?
榎田……男子たちがわちゃわちゃしている(笑)。私の作品はほぼそうなります。息を吸って吐くかのごとく、そういうノリになってしまう(笑)。
──本作では主人公の矢口と小日向の関係性ですね。離婚を経て、仕事を辞め、かつて住んでいた町に戻ってきた矢口。優秀ではあるけれども、頑なな一面が見え隠れする人物です。
榎田……矢口にはかなり手こずりました。物語は彼の一人称で進むのですが、なにしろ心を閉ざしている面倒くさい男なので、なかなか思うように動いてくれなくて。前半は何度も書き直す羽目になりました。対して、小日向ユキはとても書きやすかったです。矢口と反対で、思った事はまず口に出しますからね。下ネタまで(笑)。ああいった永遠の小学生男子みたいなキャラは大好きです。
──榎田作品といえば、魅力的なキャラクター描写で知られています。騒々しい小日向と、彼に翻弄されっぱなしの矢口。三十八歳男子のバディ小説としても読み応え十分ですが、日常描写のディテールにもリアリティと説得力が感じられました。
榎田……今回はごく身近な日常の中で起きる物語なので、衣食住など生活のディテール描写は多めになっています。序盤に矢口が鼻血を大出血するシーンは、じつは実体験。必死に止血しながら「いつか書いてやる」と心に誓いました。
──小日向が経営する喫茶店のフード描写も印象に残りますね。サクサクの網焼きトースト、甘酸っぱいあんずジャムなど、ごく普通のメニューが妙においしそうで。
榎田……飯テロ小説と言われるとちょっと嬉しい(笑)。味覚は活字で伝えるのが、なかなか難しいのですが、読者さんに空腹を感じてもらえれば、ある程度伝わったということかと。食事描写は、作中のキャラクター造形に結びつくので、私の中では重要です。どんな食べ物が好きなのか、嫌いなのか、ストロー袋の処理はどうするタイプなのか……そういった嗜好や行動から、その人が見えてきますから。
探偵役は三十八歳男子コンビ
──旧友との再会を無邪気に喜ぶ小日向と、ペースが狂わされて「コツコツ積み上げてきた人間的成長が全否定される」ことに苛立つ矢口。テンポよく、ユーモアたっぷりのふたりの会話劇も見どころですね。
榎田……中学時代、つまり思春期って一番恥ずかしい頃じゃないですか。そういう自分を知っている相手というのは、ある意味でとても疎ましい。とくに矢口のようにひねくれたタイプは、当時の同級生に再会したら「忘れろ!」みたいな感情が何よりも先に来るんじゃないかな、と思いまして。
──今の時代、三十八歳はまだまだ「男子」感が強いかもしれませんね。
榎田……いつから大人になったのか、ちゃんと大人になれているのか、わからないまま歳だけとってしまっている……そういう感覚の人は多いのではないかと。三十代後半ともなると、結婚して親になっている人もいれば、独り身の人もいる。ライフスタイルが多様化して、『理想的な大人』のモデルがなくなったのかな。三十代にしろ四十代にしろ、精神的な成熟度はそう高くないような……自分も含めてなんですが。もちろん、社会的責任を果たしつつ、すばらしい中二力を保持している人たちもいるわけで、私もかくありたいと思っています。
──一方で、差出人不明の怪文書がきっかけで、彼らの周辺に不穏な空気が漂い始めます。「私はあなたたちに殺された。見ていただけの子も同罪です」という手紙は、誰が何のために書いたのか? 元担任だった文月先生の不審な死が自殺だと噂された理由は? 中盤以降は矢口と小日向コンビによる謎解きが始まります。真相が明らかになるたびに、見えなかった誰かの本心や隠されていた過去が浮かび上がってきますね。
榎田……そうですね。事件が起きて、謎を解いていくという体裁ではあるんですけど、謎解きがメインではなく、その背後にある、人々の思いが主軸となっています。今回は終盤に探偵役のふたりが一同を集めて真相を明らかにする、という探偵小説の構成をなぞりましたが、あのへんで読者さんが「あ、そういうことだったのか」とちょっとしたカタルシスを感じてくださるといいなあ、と。
「とうに死んでるあなた」は誰なのか
──物語が進むにつれて「とうに死んでるあなた」という言葉の意味も変化してきます。タイトルから滲み出る仄暗い詩情と、想像をかきたてる余白は、後半に行くほど際立ってきますね。
榎田……タイトルはすべてを書き終えてから決めました。ほんとは短くてスッキリしたタイトルが好きなのですが、今回は長いですね(笑)。「あなた」は誰なのか、今は亡き先生の秘密の恋人とは、矢口の心の傷の理由など、いくつかの暗喩を込めたつもりです。当初、あまり季節感を前面に出さないほうがいいかな、という迷いもありました。「春」と入れちゃって、春が過ぎた後で見向きもされなくなったら悲しいし(笑)。ただ、「死」というきついワードにある印象を、「春」で少しでも和らげたいな、という思いもあって、最終的にはこのタイトルに落ち着きました。今ではとても気に入っています。
──大切な人を失った後も、季節は巡り、日々は続く。儚く散っていく桜のように、「春」は人生そのもののようでもありますね。
榎田……私、死がすごく怖いんです。自分がいつか死ぬことも、近しい人が死んでしまうことも、とても怖い。子供の頃からずっと、夜眠るときに「うわあ、死にたくない」なんて考えちゃうタイプで。私が「死」について繰り返し書いてしまうのは、暴露療法みたいなものなのかも。あえて言語化することで、居ても立ってもいられない怖さに向き合い、作品という形にしている、とも言えますね。
──それでも読後は、トンネルから抜け出たような清々しい余韻が残ります。カバー裏の単行本限定ショートストーリーに救われる読者も多いはずです。
榎田……「本編では泣かなかったけど、カバー裏で泣いた」という感想を読者さんからいただき、嬉しかったです。この物語の結末にしても、「あの人」の真実にしても、本当は誰にもわからない。でも「悲しいだけの結末ではなかったかもしれない」と想像することが、遺された人には必要なのかなと。死は決して覆せないものではあるけれども、それをどう受け止めるかは誰しもがそれぞれの胸の内で、納得できる答を決めていいのではないでしょうか。生きていれば、厳しい現実に直面することも、しばしばあると思います。ことに人の生き死には、避けようも逃げようもありません。その事実が、私にこういった物語を書かせているのだろうなと考えたりもします。読み終えた後に、「人生はしんどいけど、それでもまあ、やっていくか」という、気負いなく前向きな心持ちになってもらえたら、書き手としてとても嬉しいです。
(構成/阿部花恵)
「きらら」2018年6月号 きらら特別インタビュー掲載
榎田ユウリ(えだ・ゆうり)
東京都出身。2000年、『夏の塩』でデビュー。以来、榎田尤利名義で「魚住くん」シリーズ、「交渉人」シリーズをはじめとするボーイズラブ作品を多数発表。榎田ユウリ名義では、アジアンファンタジー「宮廷神官物語」、青春小説「カブキブ!」、ミステリ色の強い「妖琦庵夜話」シリーズなど、多岐にわたり活躍中。魅力的なキャラクター、巧みなストーリーテリングによって人気を博している。