近くにいる人が、とても大切に思える本
ドイツ・ラウジッツ地方の森に古くから伝わる伝説を児童作家オトフリート=プロイスラーが小説化した『クラバート』。森の中、貧しい放浪生活を送る少年・クラバートは仲間と共にある納屋に寝ていた晩、11羽のカラスの声に目を覚ましました。「水車小屋へ来い」。導かれるままに辿り着いたその場所は、魔術を使う親方と弟子達が住む魔法学校でした。魔術を教わる日々を送るうちに水車小屋には奇妙な儀式があることに気がつきます。復活祭の前夜、朽ち果てた場所で過ごす掟、新月の夜の訪問者、そして大晦日が来る度に一人ずつ少なくなっていく弟子達。常に物語の背後に死を暗示させ、愛と自由を得るために親方と対決する最後は、何かを達成するためには犠牲にしなければいけないものがあること、そこには心から信頼できる人が必要なこと、そんな人生の深さを教えてくれる、大人のための児童書です。
一昨年、映画化されたパトリック・ネスの『怪物はささやく』は、闘病中の母親を持つ少年の元に、深夜必ず決まった時間に現れるイチイの木の怪物が3つの物語を語り始めます。
怪物は決して少年の味方になるのではなく、4つ目の物語は少年自身の口から語らせることを要求します。それは少年が誰にも語らずいつも秘めている感情と向き合うこと、そして自分自身の心を深く傷つけることを意味していました。
大切な人との別れが近づいていく中で、死と生、善と悪、その狭間で藻掻きながらも真摯に自分の心と向き合おうとする少年の姿は、心と向き合うことを忘れがちな大人に、本当に大切な物とは何かを思い出させてくれます。
重松清の『とんび』は何回泣いたか数えきれません。昭和37年、28歳のヤスは生涯最高の幸せに包まれていました。実の両親を知らずに育ったヤスは、初めて家庭というものを手にしました。その幸せの最中、不慮の事故で妻を失い、突然息子と二人きりの生活が始まります。ヤスは心から息子のアキラを愛し、友人達も我が子のようにアキラの成長を見守り続けます。 高度経済成長の時代を背景に、昭和を絵に描いたような不器用な父親とその息子。男同士ゆえのすれ違いや葛藤。二人の淡々とした日々の中にある小さな幸せの数々がとても愛おしく、温かく感じられます。
(「きらら」2018年4月号掲載)