◉話題作、読んで観る?◉ 第47回「ザ・ユナイテッド・ステイツ vs. ビリー・ホリデイ」
2月11日より全国公開中
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ジャズシンガーとして、1930年代〜50年代に活躍したビリー・ホリデイの伝記映画。公民権運動の歴史を描いた『大統領の執事の涙』のリー・ダニエルズ監督が、英国人作家のヨハン・ハリが執筆した『麻薬と人間 100年の物語』の第一章「アメリカ vs. ビリー・ホリデイ」にインスパイアされ、ドラマ化した。
ビリー・ホリデイの代表曲として知られる「奇妙な果実」だが、この奇妙な果実とは木に吊るされた黒人の死体のこと。米国南部で行なわれていた黒人リンチを告発した歌だった。社会不安を煽る危険分子として、ビリー・ホリデイは連邦政府から睨まれる。
夫やマネージャーの反対を押し切って、「奇妙な果実」を歌い続けるビリー(アンドラ・デイ)。そんな彼女の前にファンを名乗る男性・ジミー(トレヴァンテ・ローズ)が現れ、楽屋に通い詰める。実はジミーは、麻薬取締局が送り込んだ囮り捜査官だった。ビリーが麻薬所持の罪によって刑務所送りとなる一方、ジミーは黒人初の連邦捜査官に昇進する。やがてジミーはビリーを逮捕したことを悔やむが、連邦政府による圧力はビリーの出所後もずっと続いた。
売春婦だった母親にネグレクトされて育ち、ショービジネス界で成功を収めてからは暴力夫や金銭目当てで近づく男に、ビリーは苦しめられ続けた。後ろ盾のないビリーが頼れるのは、酒とドラッグだけだった。
ビリーが「奇妙な果実」を歌い始めたのは1939年。公民権運動が始まる前だった。「奇妙な果実」が公民権運動の口火を切る形となる。誰も味方がいない状況で「奇妙な果実」をひとりで歌い続けるのは、どれだけハードなことだっただろうか。
ビリー役に抜擢されたのは、歌手のアンドラ・デイ。演技は未経験だったが、まさに体当たりの熱演で、ビリーの紆余曲折の人生を演じてみせた。アンドラがステージで歌い上げる「奇妙な果実」は、入魂のライブシーンとなっている。
44歳でその生涯を終えたビリー・ホリデイ。彼女が歌ったクラブでは、白人と黒人が一緒に演奏に耳を傾け、惜しみない拍手を送った。彼女の目には、人種差別が撤廃された未来社会が映っていたのではないだろうか。
(文/長野辰次)
〈「STORY BOX」2022年3月号掲載〉