ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第155回

私の漫画原作ドラマが
ついに放送開始した。
放送2週間前から原作者の下痢が止まらなくなった、のキャッチフレーズでお馴染みな私の漫画原作ドラマがついに放送開始した。
私が現在昏睡状態に陥っておらず、こうやって原稿を書いているのを見ればわかると思うが、一番危惧された炎上などの事態は起こっていない。
「これを読むころには俺はもう構文」、または死後強まる念の可能性もあるが、実際燃えてないし、むしろご好評いただいているようである。
そもそも何故原作者如きがここまで気に病んでしまったかというと、ドラマ化決定とほぼ同時期に漫画実写関連で大変なことが起こっていたというのが大きい。
だが、漫画の実写化は前々から物議を醸しやすい分野なのだ「実写デビルマン」が公開されて20年経った今でも醸し続けている私が言うのだから間違いない。
何故実写化が醸しやすいかというと、二次元を三次元化するのがそもそも難しい、というのがある。
一見、この面白い漫画にもう1次元が足されてさらにお得!という夢グループ化が起きそうだが、二次元を好んでいる者からすると、ヤフー翻訳で英語化した文章を、再度エキサイト翻訳にぶち込んで日本語に戻したような怪文にしか見えず「何故そんな余計なことを」になりがちなのだ。
例えビジュアルがない小説の実写化であっても「原作」がある以上、原作を知っている人はそれと比べてしまう。
オリジナルドラマなら失敗しても、つまらないドラマとして話題にすら上がらなかったりするが、原作ものは「原作を改変した上につまらない」という二重ギルティにより炎上しやすいのである。
よって、漫画の原作ファンは実写より「アニメ化」を望んでいるような気がする。もちろんアニメより実写が向いている漫画もあるが、原作通りになりやすいのは確実にアニメの方だろう。
しかし、これは個人的意見だが「アニメ化」は実写化にくらべて作家の「ごっつぁん」が起こりづらいような気がする。
アニメ化というのは、すでに大人気の漫画が大人気のままアニメ化されるという、私に言わせれば「残当」としか言いようがないルートのみに見えるが、実写化は必ずしもそうではないような気がする。
たとえ原作の売上や知名度が低くても、実写にしたら栄えそうなテーマ、もしくは昼食時に血糖値をスパイクさせた制作会社社員の記憶なき「これをドラマにしたい」の一言で企画が作られ、難を乗り越えて、というより誰も止めなかったことによりメディア化するケースがアニメより実写の方が多いのではないか、ということだ。
完全な憶測だが、アニメより実写の方が諸般の事情が多いため、私のように実績がそこまでない原作でも声がかかる「ワンチャン」が起こりやすいのではないか、ということだ、実際部数が判断基準ならもっと先に実写化すべきものが5億作品ある。
だが諸般の事情ゆえのラッキーが起こる一方で問題も起きやすいのかもしれない。
しかし、アニメ、実写問わず、メディア化失敗で原作が批判されている例はあまり見たことがない。
放送直前のプレッシャーで原作者がチルしすぎる薬物をやって公開中止になったなら責められるだろうが、どちらかというとそういった不祥事も原作者より出演者の方がやりがちだ。
むしろ、メディア化が失敗した場合、原作は同情される側になる。
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