「妄想ふりかけお話ごはん」平井まさあき(男性ブランコ)第23回

23.「ゴムーン」
今も今、とってもお洒落な喫茶店にて、アイスコーヒーを啜り上げ散らかしております。そればかりか、アイスをトッピングしたクレープも咀嚼し倒している始末です。とてもゆったりとした雅な一時を過ごさせていただきまくっております。
外はさらさらと柔らかな雨が降り注いでいます。悪天候と罵られがちな雨模様さんですが、僕はこんな雨模様を嫌いではない模様です。
この喫茶店には緑がとても多いです。店内の中央には観葉植物が陣取り、店外にはずらりと様々な植物達が光や雨の水分を集めんと、葉をびょっと広げております。雨粒を宿した葉の緑は、それはそれは瑞々しく、緑色以外の名前があってもいいのではないかと思うほどです。いや、実際あるのかもしれませんが、僕はこう名付けたい。『雨吸色』。ウキュウイロと読みます。
『吸』がちょっとあれか、気持ち悪いか。葉っぱが雨を吸っている色ってことなんだけれど。そっか、色の名前に『吸』はないか。まあでも、そこは自由か。まあいいか。……まあ、あれか、どっちでもいいか。
このようにして、最近は道に溢れる植物をよく見てしまいます。それもそのはず、最近、我が難攻不落の不夜城こと平井ん家に、植物という生命がやってきました。ゴムノキです。平井ん家の中にある生命は長らく平井しかありませんでした(もちろん、ちょこちょこ遊びに来るハエトリグモはいました。最初、大人1匹しかいないと思っていましたが、ある時期から、小さなハエトリグモが現れたので、もしかしたら、あのハエトリグモの子供だったのかもしれません)。
こちらのゴムノキは以前お芝居で共演させていただいたシシド・カフカさんが育てているゴムノキの枝を挿し木したものを分けていただきました。ちなみにカフカさんは植物の熟練者です。
こうして、いただいたゴムノキに僕は『ゴムーン』と名付けました。由来は、とんでもなく大きくなって、月まで行けるように、です。「GO! MOON!」です。
ちなみに同じお芝居で共演した野口かおるさんも、ゴムノキを分けてもらったのですが、野口さんはゴムノキに『カフカ』と名付けていました。ダイレクトストレートネーミング。野口さんはユニークです。
ゴムーンは元気にすくすく育っています。新しい芽も生えてきました。ゴムーンのボディは少しくねっとしていて、カフカさん曰く、成長したら個性的な姿になるのではないかとおっしゃっておりました。成長が俄然楽しみです。このまま、すくすくどころかざくざく、いや、それどころか、びょっくびょっくに育って欲しいと思っています。
そして
600万年後……。
この地球の生命形態は一変しているようです。人類は数万年前に皆、宇宙に進出しました。地球には只の1人もいません。地表の温度が急激に上昇してしまったためです。しかし、そのおかげか、ここはその他の生命の楽園となりました。
あの難攻不落の不夜城と恐れられていた平井ん家があったマンションも、今となってはただの土塊と化しています。しかしながら、彼はそこにいました。そうです、ゴムノキのゴムーンです。彼は今日で600万1歳となりました。おめでとう、ゴムーン。
ゴムーンはこの気の遠くなるような長い間、様々な生命の盛者必衰の理を静かに見守ってきました。彼は何を思い、何を考え、何を喜び、何を悲しんだのでしょうか。それとも何も思わず、何も考えず、何も喜ばず、何も悲しまないでいるのでしょうか。その答えはゴムーンの中にしかありません。ゴムーンはただただその身を大きく高くしていきました。
ゴムーンは今となっては地球上で1番の大樹です。1番だなんて、かっこいいね、ゴムーン。
今日は雨。ただし、豪雨と言ってもいいほどの苛烈な雨と強風です。それでも、ゴムーンは少しの葉を散らすだけで、ビクともしません。彼はそんな多量の雨も血液のようにして、太く大きな幹の中、枝の中に巡らせます。
雲間から、太陽の光が差し込んできました。ゴムーンは胸を張るかのように、大きく葉っぱを広げ、降り注ぐ光を浴びます。今日は忙しい日だったけれど、豊かな誕生日になったね、ゴムーン。
このような日を繰り返して、大きく大きく成長していきます。その高さたるや、そろそろ大気圏を突き抜ける勢いです。もしかして、名前の由来の通り、月に向かおうとしてくれているのかい、ゴムーン。
と、思ったところで問題発生です。ゴムーンは少しくねっと曲がっている体つきをしているため、月の方向とは違う方向に伸び始めました。そっちは月じゃないよ、ゴムーン、こっち、こっち。
なかなか自分の思うとおりに背を伸ばすことができないゴムーン。どうしたらよいのだろう。
そうだ。声をかけよう。ゴムーンにちゃんと声を届けるんだ。喉すらない、肉体のない僕だけど。存在すらしていない何者でもなくなった僕だけど。もうゴムーンに忘れられているかもしれない僕だけど。声をかけよう。声にならなくても、きっと伝えたい想いは、その想いの強ささえあれば届くんだ。届くと信じて、声をかけよう。
GO! MOON! ゴムーン!
GO! MOON! ゴムーン!
聞こえているかい、ゴムーン!
届いているかい、ゴムーン!
GO! MOON! ゴムーン!
GO! MOON! ゴムーン!
月まで行け、ゴムーン!
月なんてすぐそこだ、ゴムーン!
すると、明後日の方向を向いていたゴムーンの身体がぐぐぐっと、月の方角へ向かいはじめた。
ゴムーン……。君に、届いたのか。僕の想いが。僕の存在が。ゴムーン、そのまま、そのまま。
GO! MOON! ゴムーン!
GO! MOON! ゴムーン!
凄いぞ、ゴムーン、凄ムーン!
最高だぞ、ゴムーン、最コムーン!
そして、ゴムーンの身体は月に向かって、一直線に伸びていく。ぐんぐんと伸びていく。ついに、人間の手でも伸ばせば月にタッチできるほど近くにゴムーンの天辺がやってきた。
さあ、ゴムーンもうすぐだ。あと少しで到着だ。よく頑張ったね、ゴムーン。さあ、思いっきり月にハイタッチしてやるんだ。
すると、ゴムーンは、ぐんっと一気に身体を伸ばした。その成長は月をさっとかすめ、さらにその先へと向かっていた。おやおや? ゴムーンはさらにさらにその先に身体を伸ばし始めた。あらあら? 別にGO! MOON! したかったわけじゃなかったのかい? 君はただただ飽くなき成長をしていただけなのかい? そうなのかい?
そうだね、それが生命の成長というものだね。誰かに言われて成長するものでもないものね。
いいぞ、ゴムーン! それでいい! 自分の中の声のままに!
しかし、僕は気付いているよ。君は月をとっくに通り越してはいるけど、その可憐な枝葉は月面にしっかりと触れていることに。

平井まさあき[男性ブランコ]
1987年生まれ。兵庫県豊岡市出身。芸人。吉本興業所属。大阪NSC33期。2011年に浦井のりひろと「男性ブランコ」結成。2013年、第14回新人お笑い尼崎大賞受賞。2021年、キングオブコント準優勝。M-1グランプリ2022ファイナリスト。第8回上方漫才協会大賞特別賞受賞。趣味は水族館巡り、動物園巡り、博物館巡り。