里見 蘭

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第200回
 ヒトの遺伝子……99.9%は共通 「じゃあどうするのか。残りの〇・一パーセントの中で、とくに個人間で違いがわかりやすいごくごーく一部の特定の部位に注目し、そこだけをピックアップして調べる。その注目する特定の部分──ターゲットになる部分のことを『ローカス』って呼ぶわけだ。はいもう一度」剣持はまたディスプレイにローカスの
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第199回
「DNAには特徴がある──」剱持がリモコンを操作した。DNAの特徴①(ヒトの肉体を構成するすべての細胞を作るための情報と、)遺伝情報が入っている ②どの細胞核にあるDNAも、基本的にすべて同一でかつ終生変わらない 「①の前半──カッコ内の部分は今日は無視していい」剱持は証言台のタブレットのタッチペンで該当する部分を赤線
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第198回
12 五月二十九日。増山の第五回公判期日。傍聴席には抽選に当たった増山の母・文子の姿があった。彼女を見た増山の目が潤んだ。それを見た文子の顔が歪んだ。能城が開廷を告げた直後、志鶴は立ち上がった。「裁判長、本日の証人尋問に先立って、弁護人から要請があります」能城が険しい目で見下ろしてくる。「何か」「綿貫絵里香さんのソフト
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第197回
「遺体遺棄現場について聞き出すのに少なくとも二十分かかったと今証言されました。あなた方が増山さんを犯人と断定して、殺害時の状況を聞き出すのに約一時間十分ほどかかった。そういうことになりますね」 そこで目を左右に泳がせた。自分がそれと知らず誘導されていたと気づいたのかもしれない。「まあ、きっちり計測していたわけじゃないで
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第196回
「読み上げますので見ていてください。『実施日時 令和×年三月二十四日午前九時〇分から三月二十四日午後四時三十分まで』──今私は正しく読み上げましたね?」「はい」「増山さんが留置されていた足立南署から、引き当たり捜査を行った荒川河川敷の現場まで、片道の移動時間はどれくらいですか?」「……諸々(もろもろ)、準備などを含める
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第195回
「被告人が遺体遺棄現場へ向かって歩く前後に、捜査員で気をつけていたことがあれば教えてください」「係長以下、われわれ現場に立ち会った捜査員が徹底して心がけていたのは──被告人を誘導しないことです」「誘導しない? どういう意味でしょう」「専門用語で『秘密の暴露』と言いますが──」久世はピンク色の唇を舌で湿した。「われわれ警
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第194回
11 五月二十八日。増山の第四回公判期日。この日も抽選に外れた増山の母・文子の姿は傍聴席になかった。浅見萌愛の事件の証拠調べは昨日までで終わり、今日からは綿貫絵里香の事件の残りの証拠調べを中心に行う。浅見は扼殺だが綿貫は刺殺。浅見の事件では増山の自白はなかったが綿貫では虚偽自白をしてしまっている。浅見の事件とは証拠、争
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第193回
 再主尋問にも青葉が立った。「あなたは一回目の事情聴取では被告人が漂白剤を買って通勤した日にちを特定しませんでした。が、二回目の事情聴取では九月十八日と特定されました。その理由を教えてください」「記憶が確認できたからです」「あなたは一回目の事情聴取では漂白剤の銘柄を覚えておらず、容量についても話していませんでした。が、
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第192回
「あなたは被告人が通勤してきたとき、スクーターの前かごにキッチンホワイトのボトルが入っているのを見た。それからどうしましたか」「『なんで漂白剤なんか持ってるんだ?』と被告人に訊ねました」「被告人は何と答えましたか」「『か、母ちゃんに頼まれて……』と」傍聴席で笑いが起こった。「それからどうなりましたか」青葉が続ける。「『
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第191回
10 江副と南郷は退廷し、二人が座っていた傍聴席は空席になっている。今日三人目の証人は今井克人(いまいかつひと)。増山が勤めていた新聞販売店の店長で、検察側証人だ。皺が目立つスーツを着た痩せた中年男性で、顔は土気色がかっており、髪の毛には寝ぐせが残っているようだった。主尋問には青葉が立った。まず青葉は、増山が日頃からジ
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第190回
「写真測量とご遺体の死体検案の関係について教えてください」世良が続ける。「はい」江副が穏やかな顔を裁判員に向ける。「日本では、ご遺体の数値を計測するのに、二次元の写真を用いるということは一般的に行われておりません」「終わります」世良が席に戻った。「弁護人、再々反対尋問は?」能城が訊ねる。「川村が」志鶴が立った。「先生は
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第189回
 浅見の遺体写真を元に3Dプリンタで作成したシリコン製の首のモデルを、志鶴たちと南郷は東京拘置所で刑務官を通して接見室の増山に渡し、実際の扼痕に近いよう扼殺をシミュレートさせ爪痕の位置のデータを取った。この場面はアクリル板ごしに動画と静止画で撮影もしている。過去に、東京拘置所の接見室で、被告人の健康状態の異常に気づいた
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第188回
 当初、志鶴と都築が江副を弾劾するために専門家証人を召喚しようと思わなかった理由は二つある。江副の証言を完全に弾劾できずとも他の証拠を潰すことで検察側の立証の弱さを示すことができるだろうと判断したのが一つ。もう一つは、すでにその時点で二人の専門家証人に鑑定の依頼を出しており、その費用だけでもばかにならない金額になってい
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第187回
9 「開廷します」休憩のあと、能城が告げた。「次の証人を」傍聴席の最前列で弁護側証人が立ち上がり、証言台に進んだ。長身の男性だった。体にぴったりした鮮やかなロイヤルブルーのダブルのジャケットの下にノーネクタイで白いシャツを着て、白いパンツを穿(は)いている。髪の毛先を遊ばせ、髭を短く刈り込んでいた。四十代の後半。身のこ
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第186回
「髙取健彦(たかとりたけひこ)監修『NEWエッセンシャル法医学(第5版)』百七十頁を示します」付箋をつけていたページを開いて書画カメラの下に置いた。蟇目が立ち上がって近づき、本を確認した。異議はなかった。「先生はこの本をご存じですね?」「はい」江副がうなずく。「代表的な法医学の教科書の一つ、そうですね?」「ええ」「法医
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第185回
「弁護人の田口からうかがいます。先生はこれまでに、法医学の専門家として法廷で証言されたことが六十回ほどおありだというお話でしたね?」「はい」「その六十回の中で、弁護側の依頼を受けて証人になったことは何回ありますか」「ありません」「六十回すべてが検察側の依頼を受けてのものだったということでしょうか」「さようです」「今回の
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第184回
8 五月二十七日。増山淳彦の第三回公判期日。先日に続き、今日も抽選に外れたので傍聴席に増山の母・文子の姿はない。傍聴席には被害者遺族とマスメディアのための席が確保されているが、今日はその他に最前列の二つの席に証人用と書かれたコピー紙をパウチ加工したものがあらかじめ貼られ、一般の傍聴人が座れないようになっていた。左右に離
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第183回
「検察官、再々主尋問は?」能城が訊ねた。「世良が」世良が立ち上がり、法壇の前に向かった。表情や態度に、主尋問や再主尋問をした頃の余裕は感じられない。それでも芝垣を励ますように微笑みかけた。「芝垣さん。先ほどの再反対尋問で、弁護人は、令和△年九月十四日午後八時五十分台にあなたが目撃したことについて、事実とは異なる余地があ