思いついたことは全部入れる
高橋……中山さんの新刊をずっと待っていて、『切り裂きジャックの告白』は、発売日にすぐ購入しました。タイトルと装丁にも一目惚れしましたね。
読み始めたら止まらなくて、一気読みしたのですが、いま思えば、あっという間に読んでしまって、勿体ないことをしました(笑)。
中山……ありがとうございます。逆に言うと、一気読みしていただかないとこの本の価値はないんですよ。書店員のみなさんもそうだと思うのですが、子どもの頃に、何気なく手にした本を読み出したら止められなくて、朝を迎えた経験ってありますよね。
読書の楽しみ方は人それぞれですが、一気読みというのは読書の醍醐味の一つ。途中で止まらないというだけで、その本に訴求力や吸引力があるわけです。
小説家になった時に、読書で得た楽しみに恩返しをしなくちゃいけないという思いがありましたから、デビュー作から一気読みしていただける小説を目指しています。
大浪……臓器が取り除かれた死体が発見されるという猟奇殺人事件が起こり、犯人からテレビ局に犯行声明が届きますが、そこから引き込まれるように、私も一気読みしました。
事件を追う犬養刑事は、臓器移植をしないと延命できない一人娘がいます。そもそもこの作品で、臓器移植をテーマにされたのは、何故ですか?
中山……臓器移植法が制定された当時、脳死を人の死とすることに充分なコンセンサスが得られていなかったように記憶しています。臓器移植の他にも、今の日本の問題のほとんどが、制度だけが先走りしたことに端を発している。
この小説のオファーをいただいた時に、「どんでん返しがある社会的テーマを持った本格ミステリ」ということだったので、臓器移植の問題を思いつきました。臓器移植と思った瞬間に、すぐに切り裂きジャックを連想したんですよね。
大浪……今、中山さんが仰ったように、現代社会で腑に落ちない出来事がたくさん描かれていますね。再読してみると、細かいところまで気になりました。
中山……とにかく思いついたことは全部入れるようにしているんです。今は映画にしろ、ゲームにしろ、多種多様なエンターテインメントがある。小説という媒体で、他の娯楽と同じ土俵で闘う以上は、本の定価の倍の情報を詰め込まないと負けてしまうんですよ。
ミステリとして目晦ましの効果が出た
高橋……この猟奇殺人は連続殺人事件に発展しますが、犬養刑事とコンビを組むことになった古手川刑事がかっこよかったです。この古手川は他の中山さんの作品にも出てきますね。
中山……この小説を書き始めたら、どうしても古手川を引っ張りだしたくなった。古手川がいる埼玉と警視庁との合同捜査になるように、二つめの殺人を埼玉で起こしたんですよ(笑)。
臓器移植の問題は、家族の問題と直結してきます。犬養と古手川には、家族に対するアプローチが似ているという共通点があります。犬養は、恐る恐る家族と付き合っていて、古手川は家族と少し距離を置いて成長した無頼派。でもコンビを組ませる時は、共通点がありつつも、二人の個性を全く違うものにするようにしています。古手川は女性に対して完全に不信感を抱いているタイプ。もう一方の犬養を女性が苦手な人間にした。家族に対する考え方も古手川とは違うものになるように、逆算していって犬養という人物像を作り上げていきました。
同じ事件を追っていくうちに、家族に対する考え方の違う二人が、なにか一つの結論にすり合わせていけたら面白いと思いました。
きらら……難事件を解決するために奔走しながらも、入院中の娘を思う犬養の父親としての気持ちにぐっときました。それでいて病弱であることで父親に反発心がある娘の気持ちもよく伝わってきて、その場面場面でいろいろな登場人物に感情移入できる作品ですね。
中山……大きなテーマの中で、たくさんの登場人物を公平に扱っています。視点が増えているのは、そういう理由からです。臓器移植に対して、みなさん、いろいろな意見をお持ちでしょうが、誰もが自分の主張が正しいと思っている。いろいろな登場人物を公平に扱うことが結果的に、ミステリとして目晦ましの効果が出たように思います。
私はミステリ作家にカテゴライズされていると思うのですが、正直なところ、まだ一つの謎で冒頭からラストまで引っ張っていく実力がないんですよね(笑)。謎解き以外にも、葛藤や人間ドラマで読者を引き込みたいです。
裏テーマの「家族」は揺るがなかった
大浪……書店にいらしていただいた時に伺って驚いたのですが、この作品でも中山さんは取材をされていないんですよね。
中山……ええ、取材は全くしていないです。プロットを数日で仕上げて、数ヶ月で書き上げるのが今の流れなので、取材をしたくても、その時間がなかなか取れないんですよね。
作中にある手術のシーンも、以前テレビで見た心臓移植の番組をもとに書いています。医療的な記述でミスがないかが心配だったのですが、専門家の方に読んでいただいたら、ミスはなかったです。
舞台がポーランドの『いつまでもショパン』を書いた時も、ポーランドの旅行ビデオを見ながら書きました。ワルシャワの秋をまざまざと思い出しました、という感想を読者の方からいただいて、申し訳ない思いです(笑)。
きらら……ふだんからプロットなどを書かれるのでしょうか?
中山……毎回プロットは担当編集者さんに提出しています。プロットは2000字におさめるようにしているんです。原稿用紙5枚くらいで読んで面白くなかったら、長く書いたって面白くない。面白い本って、キャッチフレーズ1本だけで面白いでしょう(笑)。
高橋……この『切り裂きジャックの告白』は重たい内容が含まれて暗い側面がありますが、私はこういうエンターテインメント小説を読みたかったと思いました。
中山……こんなにグロい描写が多いのに、女性読者が多いと聞いてびっくりしています。でもよく考えてみると、女性のほうが血には慣れているんですよね。書いている時は女性をあまり意識していなかったんですが、もし女性を意識していたら、何かしら内容に変化があったと思います。でも裏テーマの「家族」というキーワードは揺るがなかったかな。実際、読者層を意識して書いたのは、音楽ミステリの『さよならドビュッシー』くらいですね。
タイトルはよりわかりやすくなるように『切り裂きジャックの弁明』から「告白」に変えました。「弁明」だったらちょっと堅くて手を伸ばしてくれない人も多かったでしょうね。
大浪……中山さんは、思いついたテーマから、小説を書かれていくのでしょうか?
中山……いえ、担当者さんからのリクエストに応える形ですね。基本的に書きたいものはないんです。書店員さんとよく話をされていて、今の読者が何を求めているかをよく知っている担当編集者の方のリクエストを、忠実に守って原稿をお渡ししています。
僕の言いたいことなんて、他の方も書かれているので、やめておこうと思っちゃうんですよね。それよりも読者を裏切らず、100%楽しませることに傾注すると、いい作品がつくれると思っています。面白そうなネタのストックはまだまだありますよ。
書店まわりは時間を忘れるくらい楽しい
高橋……中山さんの作品には、どんでん返しの一面をつい期待していますが、『切り裂きジャックの告白』は、最後の最後まで真犯人が想像つかなくて、ミステリの完成度がすごかったです。
中山……もう1回や2回のどんでん返しじゃ、読者のみなさんも納得してくれないんでしょうね(笑)。ハードルはどんどん高くなっています。
最新刊『七色の毒』では、短編ミステリの面白さを追求しています。『七色の毒』というタイトルどおり、叙述を使ったり、物理的なトリックを使ったり、思いつく限り今までとはテイストを変えています。ミステリとしての出来は、『切り裂きジャックの告白』よりもいいかもしれません。50枚くらいの短編小説で、どれくらいのどんでん返しができるか、実験的にやってみました。
『七色の毒』では、ある小説作品を風刺した短編も書いていますが、「コメントしたいけど、立場上コメントできません」と書店員さんには言われてしまいました(笑)。
大浪……臓器移植に関しても、切り込んだ意見を盛り込んでいますが、あえてタブーに触れたい気持ちがおありなんですか?
中山……みなさんがなかなか思っていても口に出来ないことを、文章にするのが作家の仕事だと思っています。『切り裂きジャックの告白』でも、言語化して臓器移植に関するいろいろな意見を明らかにしたかったところはあります。
きらら……2010年に作家デビューされてから、精力的な執筆をされていて、『七色の毒』で12作品目になりますね。
中山……どう書いたら作品が魅力的に見えるのか。これはある程度量をこなさないとわからない感覚です。これまで量産させていただいたメリットが、今ようやく出始めてきたような感触があります。
量産すると、作品の内容が薄くなると思われている方もいるかと思いますが、新人作家は、編集者や書評家の方から、いろいろなサジェスチョンを受けて、どんどん吸収していく状態なので、書くほどにクオリティが上がっていく。小説を書いてどんどん質を上げていかないと、他の作家の方に対抗できないようにも思います。
大浪……『七色の毒』ではまた犬養刑事が登場しますが、これからも犬養や古手川刑事に会える作品を読みたいです。
中山……ほかの作品になりますが、『静おばあちゃんにおまかせ』の静おばあちゃんが登場する連載もしています。今『連続殺人鬼カエル男』の続編を書いています。
高橋……すべての登場人物が繋がっていくとしたら、中山さんのどの作品も読み逃せないですね。
中山……出版不況といわれる折ですけれども、少しでも活況が戻るように微力ながらも尽力したいと思っていますので、これからも末永くよろしくお願いいたします。
新刊を発表した際は、ぜひお店に呼んでください。書店まわりは時間を忘れちゃうくらい楽しいんですよ。
(構成/清水志保) |