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犯罪を起こす前に抑止する力があってもいい

内山……最新刊『ちょうかい』は、「犯罪の前兆を掴み、事前に調査をする」という設定がまず面白いですね。警察小説でありながら、事件が起こらないようにするというのはとても新鮮でした。どういったインスピレーションから、この設定が降ってきたのか伺いたいです。

仁木……今まで僕の小説は歴史物でも現代物でもファンタジーチックなものが多かったのですが、編集担当の方から「今までの作品とは違ったテイストの小説を書きませんか?」と依頼をいただき、警察小説はどうかという話になりました。素晴らしい警察小説を書かれる作家の方はたくさんいらっしゃるので、自分らしい警察小説を考えたところ、この設定に辿り着きました。
 実は作家になる前にフリースクールも兼ねた塾をやっていたことがあって、不登校の子どもが自分の命を絶ってしまうという悲しい出来事がありました。取り返しのつかないラインに至る前に、食い止める方法はなかったのかとずっと心のどこかに引っかかっていましたが、それを小説に落とし込むところまでにはいっていなかったんです。
 でも警察小説というお話をいただいた時に、罪を犯した者を捕まえる警察には、犯罪を起こす前に抑止する力があってもいいのではないかと考えつきました。

内田……警察に相談していながら、被害者が出てしまったストーカー事件なども起きています。どうして防ぐことができなかったのかと、確かに悔しい気持ちになることがありますよね。

仁木……実際にアメリカの一部の州では、今までの犯罪のデータを分析して、犯罪の予兆を捉える試みが行われています。警察官が先回りして現場に行くことで、事件が起きるのを未然に防げたら、被害者は出ないわけですよね。今は未完成なシステムではありますが、そういった動きは、これからどんどん広まりつつあります。

内田……この小説の舞台は「未犯調査室」という部署になりますが、表向きは警察庁の外郭団体「犯罪史編纂室」というのがまた憎い設定でした(笑)。

仁木……もし僕が大企業で働くことになったとしたら、一番憧れる部署が社史編纂室なんですよ。作家が社史をまとめるというのは、ちょっとよくないですか(笑)。

内山……しかも吉祥寺の雑居ビルに、未然に犯罪を防ぐという大事な部署があるという設定にも驚きました(笑)。

仁木……吉祥寺は東京の街ならではの賑やかさや若々しさがありながら、駅から少し外れると公園があったりして、静けさも持ち合わせています。本筋から外れてしまった警官たちがいても不思議ではない包容力が、街自体にある気がして、吉祥寺を選びました。あと僕の好きなタイ料理屋さんが吉祥寺にあって、よく行くからですね(笑)。

犯罪からアナログな部分がなくなることはない

内山……「未犯調査室」には「繭」という最先端のシステムが導入されています。飛行機のコックピットによく似た「繭」には、たくさんの計器があり、犯罪の要素を含む出来事を星空のように映し出します。犯罪の芽を星と喩えていたり、「繭」というネーミングもどこかロマンチックで魅力的でした。

仁木……僕の中では、ある星とある星の光が交差したところで犯罪が起こるようなイメージがありました。たくさんの星の中から、光が重なり合ってしまいそうな場所を予知できれば、事前に犯罪を抑止できるはず。データマイニング技術と最近のフライトシミュレーターの技術を、僕の中で組み合わせたのが「繭」というシステムです。

内田……その「繭」を操縦することができる唯一の人物が、キャリア警官の枝田千秋という女性です。これがまたずば抜けた個性を持つヒロインで、瞬間記憶の持ち主で鳥頭だという(笑)。読んでいるとまるで映像が浮かんでくるようでしたが、千秋には誰かモデルがいるのでしょうか?

仁木……瞬間記憶に長けているということは、ある種、脳がオーバーロードしている状態です。ということは、きっと千秋は鳥頭なのかなと想像しました(笑)。
 ゲームの世界では、突拍子もないヒロインが多く存在するので、僕には馴染みのあるキャラクター像でしたが、一般文芸書の警察物に合うよう、千秋はキャラを立たせながらも、地に足がついた人物にしています。

内山……千秋のほかにも「未犯調査室」には、懲戒免職レベルの危険な警官ばかりが集まっていますが、千秋とはまたどこか違う人間味のある警官たちが揃っていますね。

仁木……「未犯調査室」に異動してくる通島武志は、『部長刑事』や『Gメン75』などの昭和の刑事ドラマに出てくるような、僕が懐かしいと思える警官にしています。実際の警察官は公務員なので、刑事ドラマに出てくるような人はいないのですが(笑)。

きらら……「繭」のようなハイテクなシステムを活用しながらも、警察官としてやれることには限界があり、そのことで葛藤するシーンも描かれていました。犯罪に対抗する方法は、どんなにハイテク化が進んでも、アナログなやり方が多いような印象も受けました。

仁木……テロ組織が使う武器の中には、ある程度の技術と物資があれば、子どもでも作れてしまうものが多くあります。それでも最先端の軍事技術とやり合えてしまうという現実を、そこに反映しているかもしれません。
 それに人間が起こす犯罪からアナログな部分がなくなることはないですよね。物を盗んだり、人を殴ったり、どんな犯罪でも根底にあるのは、人間の本能でしかないんです。
 この小説を書きながら、「罪とはいったいなんだろう」という問いに行きつきました。犯罪を起こしてしまう可能性がある本能を持つ以上、人はそれを背負って生きていくしかありません。犯罪を防ぐ方法があるとしたら、それは意外とシンプルなことで、「誰かを刺してやろう」と衝動的に思ったときに、その気持ちを逸らしてあげられる存在があればいい。魔が差してしまったのなら、その魔を取り払ってあげればいいわけです。

どんなものも表裏一体である

きらら……JR中央線の車両に書かれた謎の数列の落書きに注目した千秋たちは、捜査をするうちに、吉祥寺を拠点とした集団「ポリス」が絡んでいることを突き止めます。ただの数字の羅列かと思いきや、大きな事件へと話が進んでいきますね。

仁木……小さな犯罪がその後、大犯罪へと繋がっていくことは度々あります。闇の世界で生きる人たちは、法で規制された一般の世界とは明らかに違う彼らのロジックと倫理の中で動いている。外部からはただの数字にしか見えない落書きが、彼らにはわかる暗号だったということはあり得ますよね。

内山……落書きとは別に、表沙汰になっていない脅迫事件の捜査も進められますが、被害者の一人息子・啓太の言動がとても気になりました。

仁木……みなさん、子どもを天使のような存在だと思われていますが、大人以上に憎悪を抱くこともあれば、制御できずに恐ろしいところまで突っ走ってしまうこともあります。実際に世界のテロリズムを見ても、子どもを使ったテロが一番効果的なこともある。子どもの持つ暴走性につけいる悪い大人も存在しますしね。

内田……読み進めていくと、「未犯調査室」の面々が抱える罪なども複雑に絡み合っていき、読み応え充分でした。

仁木……ありがとうございます。連載のものから改稿を重ねてこの形になりました。実は「繭」というシステムは連載時には出てこなかったんです。「繭」を思いついたことで、自分の中でこの小説がかっちりとはまりましたね。

内山……この作品を最後まで読むと、一見、毒にしか思えないようなことが、良薬になり得ることもあるんだなと感じました。

仁木……どんな漢方薬も、薬にも毒にもなる可能性があって、抗がん剤も毒を使ってがんを制する側面があります。そういう意味でも、千秋のような超越した能力のある人物は、他人の力になれるし、危険な存在にもなる。「未犯調査室」の面々もみんな罪を背負っていますが、善であるはずの警官が持つ闇も書くことで、どんなものも表裏一体であることは描きたかったことの一つです。

だからこそ面白くて新しい物を書けた

内山……構想に五年をかけられたという『ちょうかい』ですが、単行本の巻末には第二弾の告知が入っていますね。

仁木……一気呵成にやろうかなと思っています(笑)。まだ全体の構想はこれから詰めていきますが、続編では「繭」が大変なことになってしまうようです。

内山……ええーっ! それは気になりますね!

内田……新しい警官が「未犯調査室」に配属されたり、取り扱う事件からもいろいろなバリエーションが生まれそうですし、早くもシリーズ化が待ち遠しいです。

仁木……『ちょうかい』には枠からはみ出てしまった警官たちが登場するので、警察小説を書くのはとても楽しかったです。このシリーズなら、何作でも書けそうな気がしています。

内田……この新感覚小説があるからこそ、さらに正統派の警察小説も輝くと思いました。

仁木……ありがとうございます。それこそがオルタナティブなものの役割ですよね。
 僕は警察小説のジャンルの外からやってきた作家ですが、だからこそ面白くて新しい物を書けたと思っています。「こういうテイストの警察モノもあるよ」と、書店員のみなさんから読者の方に届けていただけたら嬉しいです。

(構成/清水志保)
 

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