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ひとっ飛びで仲良くなれるツール

きらら……以前、内田さんに別の取材でお会いした際、当時まだ文芸誌で連載中だった『ナイルパーチの女子会』を大絶賛されていましたね。

内田……もう数年前のことですよね。夢中になって連載を読みましたが、単行本ではさらに凄みを増していて驚きました。これはすごい小説だなというのが一番の感想です。

柚木……ありがとうございます。実は連載が終わる前まで一度も実際にナイルパーチを観たことがなかったんです。連載終了後に一から取材し直して、岐阜の水族館にナイルパーチを観にいきました。作中にも出した『ダーウィンの悪夢』は評価されたドキュメンタリー映画ですが、ナイルパーチに関して少し飛躍しているところがありました。でも岐阜の水族館では、人間が自然界の掟を破って、ナイルパーチに外的圧力をかけたために凶暴化してしまったという、非常にフェアな視点でナイルパーチのことが解説されていました。ナイルパーチに限らず、日本社会で起きている問題全部に言えることのように思えて、連載時と少し話が変わりました。

横田……父親が働いていた大企業に就職した栄利子は、「おひょう」という主婦ブロガーが大好きで、彼女とは友達になれると思っていました。ブログに載っていた店へ栄利子は通い、おひょうこと翔子と出会いますが、ブログを通して接点のない二人が出会うというのが今風です。

柚木……ひとっ飛びで仲良くなれるツールを考えたときに、ブログかなあと思いました。人気ランキングの上位にあるブログを見ると、突飛な生活を送っている人のブログよりも、多くの人が経験しているようなことを自分なりの視点で書いているブログに人気があります。そのブログに惹かれるのは、書き手の視点が好きなんですよね。ブログを読んでブロガーの視点を追体験し続けていると、だんだんその人を理解した気になってしまうんです。

きらら……まだ数回しか会っていないのに、栄利子は翔子のことをもう親友のように感じていますよね。ブログの更新が滞っただけで、翔子の自宅まで押しかけてしまったり、大量のメールを送ったことで翔子からストーカーだと思われてしまう。確かに栄利子の行動は少し怖いですね。

柚木……いまの日本社会では、女性は仕事をして結婚をして子供も産まなくてはいけない。でも産休はとるな、整形はせずにナチュラルにきれいで劣化は許さない。そのうえ友達も作らなくちゃいけない。日本の女性が求められている基準って、とても厳しいですよね。息苦しくなっている日本で、外的な押しつけに応えて理想的な人になったのが栄利子なんです。でも努力した結果、自然と他人にも自分にも厳しくなり、死ぬほど努力したぶん孤独になります。友情でその孤独を分かち合いたいと思っても、友情に対する期待値が高いぶん、より孤独になってしまいます。

横田……栄利子は仕事に対しても、人間関係に対しても本当に真面目な女性ですよね。

柚木……極端な行動に出る人や、友達がいないことに悩む人は、真面目なタイプが多いように感じています。真面目だから「私、友達がいないんだ」と、実際は笑い合ったりしていた人たちですら全員友達だと見なしていなかったことを公言してしまう。真面目さは人を遠ざけてしまうこともあって、苦しいだろうなと思います。

内田……僕は栄利子、好きなんですよ。でもどんどんつらい方向に進んでしまう。どうして柚木さんはこんなにも栄利子を追いつめていくんだろうと思いました(笑)。

柚木……私も大好きですよ。いじめたいわけではないんです。ナイルパーチを追っていったら、魚が泳いでるみたいに栄利子がそうなっちゃったんです(笑)。真面目で優秀な人ほど圧に負けてしまうし、これは誰にでも言えることですが、何かの弾みでコントロールがきかなくなることもあると思うんです。

勝ちでも負けでもない第三の道

きらら……翔子の母親は家を出てしまい、実家には何もしないで家にいる父親と、義理の母、弟が住んでいました。義理の母はたびたび家出をしてしまい、そのたびに実家が機能しなくなる。母親役がストップした瞬間、家庭が崩壊してしまう家はよくありますよね。

柚木……舞台監督のように、母親が一人で家族をまわしていて、誰も母親の気持ちをわかってあげられないから、本当につらいでしょうね。ある意味、翔子の母親も栄利子の母親も家族を幸せにするために、フル稼働していて息を抜ける場所がなかった。私たちの母親の世代はとくにそういう方が多かったと思うんです。どんなに優秀な男性でも一生奥さんを支えられる時代でもないし、母親が家族に尽くすのは今の世の中だと難しい。誰か一人が家族の犠牲になって必死で家庭をまわしていくのは無理なのだから、一人誰かが抜けてもやっていける方法を模索していかないといけないです。

横田……翔子は最終的にある決断をしますが、私も翔子の立場だったら同じような選択をするように思いました。

柚木……そういっていただけると嬉しいです。介護の問題などのすべてにおいて言えることですが、当事者に極端な選択を迫る人っていますよね。とくにそういった選択は、女性に向けられることが多くて、仕事を続けるなら子どもを諦めるとか、今まではどちらかを選択しなくてはいけなかった。真面目な人ほど二択を迫られると、自分の人生を諦めて、どちらかを選ぼうとしてしまいますが、これからは知性や経験を武器に、勝ちでも負けでもない第三の道を探っていく必要があります。強くなれという日本ですけど、強くならなくてもしたたかに生きる方法がある気がしています。

栄利子と真織の関係は百合

横田……栄利子と地元が一緒の圭子は、栄利子と距離を置いたことが原因で、栄利子にうその噂を流され、結果的に社会からドロップアウトしてしまいました。実家が世田谷にあり裕福なため、仕事もせずふらふらしていますね。

柚木……贅沢病だと言われてしまうかもしれませんが、親に守ってもらって、欲しいものはなんでも手に入る環境で、羽ばたけるようになるのは希有なことです。どこにでも行けたはずなのに、どこにも行けてないなってことは、よくあることだと思います。

横田……それでいて、圭子が栄利子や翔子に向ける言葉がすごく真っ当で、そんな彼女がとても気になりました。

柚木……いわゆる社会的にはきちんとしていなくても自由人で、よくよく話を聞いてみると言葉が心に沁みてくる。深いことを言って本物感に溢れている人っていませんか? 圭子は優しくて優秀で魅力的だったからこそ、栄利子は圭子にすごく執着していたんだと思います。

きらら……思春期特有の、女の子同士が対になって親友でありたい、という気持ちは女性ならすごくわかります。

内田……男性同士だと一緒に飲んだり、ちょっとしたやりとりをしているだけで、友情を感じられることができますが、女性はいろいろなプロセスを経て、すべての波長が合ってようやく友達になるんでしょうね。

柚木……栄利子の会社の派遣社員・真織が栄利子に寄せるのは、一方的で狂暴な片想いだと思っています。本人さえ気付いていない。家が裕福ではなく、栄利子のように美人でもない真織は、本当は栄利子のようになりたいんです。婚約者の杉下と栄利子が関係を持ったということ以外の感情からも、栄利子に対してひどい行動を起こしている。二人の関係は歪んだ百合なんですよね。

内田……ええーっ、それには気づかなかったです。印象に残っているシーンはたくさんありますが、いま柚木さんのお話を伺って、もう一度読み返すと違った印象を持ちそうです。

柚木……女の子が女の子を好きになることはありますし、そこには嫉妬や憎しみといったいろいろな感情が含まれているんです。

横田……どの女性陣も個性豊かで、最初は自分ならここまで人を傷つけるようなことは言うかなあと思いながら読んでいたんです。でもだんだんと私ももしかしたら彼女たちと同じ部分があるかもしれないと共感できることが増えていきました。

柚木……女性の登場人物の誰一人として私が嫌いな人はいませんし、彼女たちが言っていることはどれも間違ってはいません。私が書いていて徹底的にいたぶろうと思っていたのは、杉下だけです(笑)。

内田……杉下は、最後に真織からひどい目に遭いますもんね(笑)。

柚木……私の中で杉下への怒りが爆発した結果、芋けんぴで刺すという結果になりました(笑)。きっと私だったら死なない程度に痛めつけるだろうと、そこは自分の中での暴力的衝動が出ています。

長所がうまく出れば愛されるべき人物

内田……もっと残酷な終わり方を迎えると想像していました。こういうラストが待っていたのがとても意外でした。このラストのカタルシスはよかったです。

柚木……ああ、嬉しい。カタルシスっていい言葉ですよね。最後は、栄利子も翔子も友達を得ていると思っています。毎日、女子会をやったり、社会的にみんなが満点をくれるような友情ではないけれど、遠い場所にいてお互いのことをなんとなく思っている。そんな二人には友情が成立しているはずです。完璧な親友でなくても、そばにいて話を聞いてくれるだけでもいい。栄利子はそこに相手へ100%の理解があるのか、とか考えてしまいますが、それくらいの距離感でも人は救われます。

横田……いくら親しくても離れていってしまった友達もいますし、付かず離れずで何年も続く友情もある。友情の形は人それぞれですものね。

柚木……栄利子はみんなでお茶を飲んだり旅行したりすることに憧れていますが、本当は全部一人でできることなんです(笑)。真面目な性格の栄利子こそ、うまく長所が出れば愛されるべき人物です。山登りとか趣味を持ってブログを始めたら、人気が出るのにと思ったりもします。

内田……この作品は柚木さんの最高傑作だといってもいいです。デビュー作の『終点のあの子』と同じくらい僕は好きですね。

柚木……処女作をなかなか超えられるものではないので、いつか超えられるように頑張りたいです。たぶんこの作品を嫌いという方もいるかと思いますが、女の子は同性からのひと言が地獄にも天国にもなるというのは、私がずっと言ってきたことで、『ランチのアッコちゃん』をはじめ、ほかの作品にも通じています。
 友達の条件を考えてしまったり、人間関係を苦しいと思っているような方、男性にも読んでいただきたい。でも「絶対元気が出ます!」と言える小説ではないので、押し付ける感じではなく、「こういう小説も書いています」というくらいな温度です(笑)。

(構成/清水志保)
 

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