ハガキ職人は素人なのに本当に面白い
きらら……風さんは昨年『ハガキ職人タカギ!』で作家デビューされました。風さんが小説を書くようになったきっかけには何かありましたか?
風……高校生のときに京極夏彦さんの作品を友達と図書館で借りて読んだんです。小説ってこんなに面白いんだと気づいて、文芸部に入って数ページの短篇小説を書くようになりました。短大在学中に、長篇小説を小学館のパレット文庫に応募したこともあります。いまとは全く違う作風の、シリアスで少しファンタジックな小説で、笑いの要素はなかったのですが、その小説は最終選考まで残りました。 小さいころから漫画家になりたくて投稿していましたが、そちらの才能はないかなと諦めたんです。一昨年の春から『ハガキ職人タカギ!』を書き始めて小学館文庫小説賞に応募したら、見事に受賞できました。漫画はあんなにだめだったのに不思議ですね(笑)。
大野……この作品は、広島在住の高校二年生・高木が主人公です。まず大分に住む風さんが、なぜ広島弁で小説を書かれたのかが気になりました。いまNHK朝の連続ドラマ「マッサン」で広島弁を耳にする機会がありますが、広島弁を文字で読むのは新鮮でした。とってつけた広島弁ではなく、地に足のついた言葉のように感じられましたが、風さんは広島に住まわれていたことがあるのでしょうか?
風……広島には旅行で行ったくらいですね。私の好きなラジオ番組が大分で放送していなくて、ポッドキャストでふだん聞いているんです。どうしてもその番組にこだわりたくて、放送している東京ではない地方の話にしたかった。舞台を西日本で考えたときに、広島弁がすごくかわいくて響きもいいので、広島を舞台に選びました。「仁義なき戦い」などから知った広島の風土も好きなんですよね。
冨田……菅原文太さんの「じゃけえ」のイメージがありますよね(笑)。学校では目立たない高木ですが、ラジオ番組に面白いネタを投稿するハガキ職人・ラジオネーム「ガルウイング骨折」として有名でした。この小説を読むまで「ハガキ職人」という人たちがいることを知りませんでした。
大野……以前、ラジオの深夜放送で「ハガキ職人」という言葉をちらっと聞いたことはありましたが、こういう題材の小説はいままでありませんでしたよね。
風……漫画でも小説でも「ハガキ職人」が題材になったものに出合わなかったので、新しくていいかなと思いました。ラジオを聞いていると、ハガキ職人の名前を自然と憶えてしまうんです。ハガキ職人は素人のはずなのに本当に面白い。ふだん何をされている人たちなんだろうと興味も湧いて、小説に書いてみました。
大野……高木は深夜放送を「radiko」で聞いていたり、Twitterでほかのハガキ職人とやりとりをしたり、読んでいてとても現代風な小説だと思いました。
風……執筆中によくTwitterで調べものをしています。ハガキ職人もTwitterをされている方が多くて、名前を検索してみるといろいろなラジオの情報が入ってきます。
大野……私が深夜ラジオを聞き始めたころに、ちょうど「オールナイトニッポン」の放送が始まったなと懐かしくなりました。
風……最初は私と同年代か下の世代の方に受け入れていただける小説かなと思っていましたが、「オールナイトニッポン」の直撃世代の方からも反響があって嬉しかったです。当時と変わらず「オールナイトニッポン」には面白いハガキ職人がいますが、「オールナイトニッポン」で有名だった方が裏番組に流れていたりもするんですよ。
きらら……作中で高木がほかのハガキ職人と出会って、フリーターかブラック企業のサラリーマンをイメージしていたのに、ぜんぜん違ったというシーンが印象的でした。
風……実際、いろいろな職業の方がいますし、幅広い年代の人たちが同じ深夜ラジオを聞いているようにしたかったんです。
冨田……いろいろな職業に就いているハガキ職人の中から、高校生を主人公にしたのはなぜですか?
風……青春小説の要素も入れたかったのもありますが、社会人はあまり暇がないので、時間に自由がきく高校生を選びました。社会人の視点にすると、やはり社会のことを書かなくちゃいけないですし、テーマであるハガキ職人がより明確になるように設定しました。
章タイトルは往年の名曲から
冨田……ハガキ職人の知人に誘われて、高木はハガキ職人がライブで大喜利をする「職人グランプリ」に参加します。「職人グランプリ」というものがあることも、この小説で初めて知りました。
風……昨年末にも東京で「ハガキ職人ナイト!」が開催されていました。ハガキ職人が実際に大喜利をしていて、ネットでも配信されているんですよ。
大野……大喜利のお題とハガキ職人の回答がたくさん出てきますが、とても面白かったです。風さんは何かヒントにされたものがあるのですか?
風……全部自分で考えました。質問もその回答も自分でやるもんだから大変でしたね。いくつも書いて厳選していったので、ボツにしたネタもたくさんあります。作中に「100枚ハガキを書いたら、自分では面白いのかどうかわからなくなる」というくだりがありますが、本当にその通りでだんだん何が面白いのかわからなくなりました(笑)。少し時間をおいて、担当編集の方にネタを選別してもらいながら作り上げていきました。
冨田……書店員としては、「ひょんなことから500年後の日本へタイムスリップ。どんな様子?」というお題への回答が気に入りました。
風……ありがとうございます。言葉だけだと微妙な間を表現できないので、読者を笑わせられるように苦心しました。世代によって共通項も違ってきますし、ツボに入らない人には入らないかもしれないなとも思います。
冨田……小説で笑わすというのは、泣かすのよりも難しいかもしれませんね。
大野……ふだんから面白い言葉やネタなどはメモされていたりするんですか?
風……ネタ帳はないのですが、頭の中にいくつもストックがある感じですね。まず書いてみて、ダメだったら消してしまう。そのとき出てきたものをぶっつけ本番でやっていきました。
きらら……そのネット配信を見た同級生の女の子・榊に高木が「ガルウイング骨折」だということがばれてしまいます。彼女は容姿に恵まれていない設定ですが、私にはとてもかわいい女の子のように思えました。
風……深夜ラジオを聞いている方には申し訳ないのですが、あまり友達がいなくてラジオ通な女の子が美人ってことはないかなと。榊の容姿はある漫才師さんをなんとなくイメージしています。
大野……榊と親しくなっていくことで、ハガキ職人や笑いに対する高木の考え方が変わっていきますね。
風……人を傷つける種類の笑いってありますよね。そこのぎりぎりのところで表現できると一番面白いのですが、このさじ加減が難しい。この小説でも本当はもっと毒を吐いてもよかったのですが、私のいまの技量ではこの形が限界でした。
大野……「ハガキ職人ナイト!」など現実にあるものをうまく小説内に取り込まれていますが、全体の流れは当初から組み立てられていましたか?
風……漠然と全体の構成は考えていましたが、行き当たりばったりで書いていきました。実は賞に応募した原稿には序章がありましたが、単行本にする際にばっさりと削除しました。
冨田……第一章「お願いDJ」の冒頭は、少しハードボイルドな筆致で描かれていて、とてもきれいな導入ですね。てっきり編集の方からのアドバイスがあったのかと想像していました。
風……ハードボイルド調からコミカルな展開に変わっていくのはそのままですね。章のタイトルはラジオにかけて、全部曲のタイトルを選びました。サザンオールスターズ、ラモーンズ……などの往年の名曲から拝借しています。
新作は大分の名所・別府を舞台に
冨田……ペンネームの「風カオル」というのはどこからきたのでしょうか?
風……これは学生のころに学級新聞で使っていたペンネームなんです。本名で賞に応募したんですが、受賞したあとに担当編集の方に間違えてこのペンネームのアカウントでメールを送ってしまって(笑)、風カオルがペンネームに決まりました。
大野……大分出身の作家さんはたくさんいますが、大分在住の方は少ないんです。風さんにはぜひ地元・大分から小説を発表していただきたいです。
風……いま大分を舞台にした新作を執筆しています。大分弁が思いのほか大変なんです(笑)。
大野……世代によって大分弁も全然違いますものね。
風……イントネーションは標準語に近いのですが、書き言葉は関西弁に近い。ドラマ「Nのために」を観ていたら、山口県の言葉も大分弁に近いように感じました。新作は別府の名所・地獄めぐりを題材にしています。別府は路地裏に入ると、個性的なお店があったり、芸術家の方も多く滞在されているんですよ。年内には刊行できるようがんばります。
冨田……ふだんお仕事をされながらの執筆は大変でしょうが、新作を楽しみにしています。別府が舞台ということであれば、ますます別府の書店ががんばっていかなくては。全力で応援していきますよ!
風……ありがとうございます。今日も大野さんのお店にお邪魔しましたが、さっそくTwitterでツイートしていただいて驚きました。冨田さんのお店でも一番いい場所に展開していただき感謝しています。
作家デビューした後に、書店に自分のデビュー作が並んでいるのを見てとても感動しました。こんなにも大分の書店員さん、またメディアの方が応援してくださるとは想像していなかったので、本当に有り難いです。今後は大分を拠点に全国の書店員さんにも拡がっていったら嬉しいです。これからもお力添え、よろしくお願いいたします。
(構成/清水志保) |