昭和初期や少し古臭いものが好き
きらら……彩藤さんは第一回新潮ミステリー大賞を受賞され、今年作家デビューされました。二十五歳という若さでミステリーを書かれていますが、そもそも小説を書かれたきっかけはなんだったのでしょうか?
彩藤……子どもの頃からずっと漫画を描いていたのですが、絵が上手くなかったんです(笑)。そこで表現方法を小説に変えてみたら、書くのが思いのほか楽しくて、出来上がった作品を誰かに読んでもらおうと賞に応募をするようになりました。
宇田川……僕はこの賞の下読みをやらせていただいているのですが、彩藤さんの応募作を拝読して、すごい新人作家さんが出てきたなあと思いました。小説家だった祖父が書いた小説「サナキの森」では旧仮名を使い幻想小説風に書かれていますが、祖父が残した手紙をもとに孫の紅が謎を追う現代パートでは、とてもライトな文体を選ばれている。作中作と本編との書き分けが巧みでした。
彩藤……そういっていただけて恐縮です。作中作はとにかく古く古く、本編はライトにギャグっぽく、落差をつけることを意識していました。
川俣……私が彩藤さんを最初に知ったのは、新聞の地方欄の記事でした。プロフィールを拝見して、盛岡生まれで神奈川県在住とあって、盛岡には親しい書店員さんもたくさんいらっしゃいますし、神奈川は地元なので、さっそく手に取ってみたんです。私はこの作品を読んで、京極夏彦さんの小説に近いものを感じました。
宇田川……僕は三津田信三さんを当代随一のホラーミステリー作家だったと思うほどの大ファンなのですが、作中作では三津田さんの「刀城言耶」シリーズのような雰囲気が出ていてとてもよかったです。彩藤さんが今までどんな小説を読まれてきたのかとても興味が湧きました。
彩藤……江戸川乱歩の短編作品が好きで、影響を受けていると思います。広く浅くですが、オールジャンルの小説を読んできた感じですので、たくさんのものから少しずつ吸収していった感じですね。書きやすかったのは現代パートですが、書いていて楽しかったのは作中作のほうでした。もともと昭和初期や少し古臭いものが好きなんです。
宇田川……現代パートはライトノベルのように会話のテンポがよく読みやすかったですが、なにか指針にされた作品などありましたか? なんとなく西尾維新さんなどの作品を思い出しました。
彩藤……西尾維新さんの作品は好きですね。暗い雰囲気の小説のほうが好みなのですが、宮木あや子さんの明るいテイストの小説のようにしようと思っていました。
自分の両極端な部分を二人に重ねる
川俣……死んだ祖父のお願いで、ある神社のほこらの裏に帯留めを捜しに行った紅は、そこで泪子という女の子と出会います。泪子の曾祖母・龍子と紅の祖父は知り合いだったようで、当時村では密室殺人事件が起こっていた。この謎を二人で解明していくのですが、まず紅と泪子の掛け合いがかわいかったです。
宇田川……二十代後半で無職になってしまった紅と、中学生の泪子はキャラクターこそ違うものの、二人のやり取りは楽しいですよね。
彩藤……ありがとうございます。正直なところをお話しすると、賞の応募の締め切りまでにあまり時間がなくて、細かくキャラクター設定を考えている時間がなかったんです。自分と境遇が似ていたり、思考が近い人を書こうと思って出てきたのが、紅と泪子でした。自分の両極端な部分を二人に重ねていったところがあります。
宇田川……紅は学生当時から予備校の先生・陣野に片想いをしていますが、大人になりきれず、どこか幼くて恋愛に不器用なところがいい。ミステリーと合わせて、年頃の女性の恋模様も読みどころのひとつでしたね。
きらら……読み進めていくと、紅と陣野との間にあった過去の出来事も明かされて、恋愛小説としても楽しめましたよね。
彩藤……ありがとうございます。インドア系の内向的でちょっとオタクっぽいこじらせちゃっている女性を描きたくて、紅の人物造形が出来上がりました。年齢的に紅は私と近いですが、恋愛模様などすべてそのまんま私というわけではありません。
「冥婚」の掟はまったくの創作
川俣……作中作「サナキの森」には死者に嫁ぐ「冥婚」を題材にした小説で、実際に冥婚をした龍子の半生とリンクするところがありました。作中作と本編を交互に読むうちに謎が深まっていきますが、「冥婚」というのがあることを初めて知りました。なにか元ネタやヒントになったエピソードはありますか?
彩藤……「冥婚」の元ネタは、子どもの頃に観たあるテレビ番組なんです(笑)。ホラーテイストの短いドラマがオムニバス形式で放映される番組だったのですが、そのひとつに「冥婚」を描いたものがありました。今でもあらすじを覚えているくらい印象に残っていて、記憶を引っ張り出して書いた感じです。
宇田川……いやー、僕、東北地方のどこかで実際にあるものかと思っていました。冥婚すると人が死んだ時しか家を出られず、龍子は嫁いでから数回しか外出していませんが、この掟は本当にあるんですか?
彩藤……それはぜんぶ、私の創作です(笑)。死者に嫁ぐくらいしか知らなかったですし、インターネットで少し調べた程度で、史実に合わせて書いていません。そのあたりの部分はほとんどホラ話です。
川俣……私、信じてしまっていました(笑)。でもこの掟がミステリーとして効いていますよね。
彩藤……怪談や都市伝説が好きで、冥婚を題材にした作中作のほうが、最初に出来上がっていたんです。この作中作を短編のホラー小説の賞に応募したかったのですが、きちんとしたオチもなくて、これだけでは弱い。ただ旧字体を使って書いているとあざとく感じられるのもいやだったので、お蔵入りにしようかと思っていました。その後、新潮ミステリー大賞の募集を知って、作中作から拡げて長編小説の形にしました。
川俣……後付けの形で本編を書かれたなんてびっくりしました。
宇田川……これだけ振り幅のあるふたつの話を、ひとつの作品にすることに不安はなかったのでしょうか? 溶け込まない可能性もあるわけですよね。
彩藤……いま、宇田川さんにそう言われるまでまったく考えていなかったです(笑)。本編ができたところで作中作の後半に少し手を加えていますが、古臭い文章で好き勝手に書いた作中作を、今ではみなさんに評価していただけるのが意外な気持ちです。
宇田川……こんなに色合いの異なるものを一冊にまとめ上げるのは躊躇されるのかと思っていたので、やっぱり彩藤さん、すごいです。
デビュー作以外にも長編が五作ほどある
宇田川……八十年前の密室殺人がその後、どう明かされていくのかは読んでいただいての楽しみとして、ここではあえて語りませんが、サナキという女妖怪にかけた密室殺人の謎や泪子のある秘密が、最後にぱきぱきと嵌っていくのは鮮やかでした。応募時からの彩藤さんの持ち味はそのままに、単行本化にあたって、ミステリーの強度が高くなっていましたね。
彩藤……この作品では起承転結がわかるプロットと、トリック、犯人を決めて書いていきましたが、応募作ではトリックの部分が少し弱かったんです。そこで密室殺人の謎の部分は、選考委員の先生方にもアドバイスをいただき、応募作よりも補強していきました。
だいたい細かく設定してから書くことが多いのですが、一度だけ結末を決めずに書いたこともあって、まだ小説の書き方は模索中です。
宇田川……タイトルで最後まで悩まれるという作家さんがよくいらっしゃいますが、彩藤さんはいかがですか?
彩藤……賞に応募していた頃は、最初にタイトルは感覚的につけて悩まなかったのですが、デビューしてから急にタイトルが決められなくなってしまって、こんなことってあるんだなと思っています(笑)。
きらら……新人作家の方とは思えないぐらい、小説へのアプローチが意識的ですね。今度どんな小説を発表されるのかとても楽しみです。
彩藤……それだけデビューするまでの努力が必要だったということですよ。初めて書いた小説でデビューされた方を見るとやっぱりすごいなあと思います。今まで漫画を描いて挫折して、小説を書いても何度も落選していたので、『サナキの森』以外にもほかに長編小説が五作くらいあるんです。
川俣……漫画で考えていたストーリーを小説に焼き直しされたりすることはありますか?
彩藤……漫画ではギャグしか描いてなかったんです(笑)。
宇田川……ユーモアは確かに盛り込まれていますが、漫画は小説とはまったく違うテイストのものだったんですね。僕はミステリーファンなので、ミステリーを書いていただけるともちろん嬉しいですが、いろいろなジャンルの小説を発表していただいてどんどん新刊を読んでいきたいです。
彩藤……デビューしてみて、書店員さんの力が本当に大きいことを実感しています。「売ってみせます!」と仰っていただいたこともあるのですが、そこに一体どんな苦労が潜んでいるのか気がかりでもあります。書店員さんのお仕事は未知の世界でもあるので、努力や苦労が目に見えるものではないじゃないですか。
宇田川……ぜんぜん苦労だなんて思ってないんですよ。売れる要素があるとしたら、「いま、これ推しています!」という念ですかね(笑)。
川俣……念は通じますよね。店頭の様子を見て売り場を少し変えるだけで、翌日動きがあったりする。お客様には何がお薦めの本なのか伝わるものなんです。
彩藤……本屋大賞などを見ても、書店員さんの力が大きいことを改めて感じています。とにかく全国の、私の本を置いていただいている書店のみなさんに「ありがとうございます」とお伝えしたいです。
(構成/清水志保) |