自動的に現代の精神性を浮き彫りに
新井……私はアイドルにあまり興味がないので、はじめは『武道館』に気持ちが向かわなかったんです。朝井さんがアイドル好きなのを知ってはいても、どうしてアイドル小説を発表されたんだろうと思ったほど(笑)。今までの朝井作品への信頼があったので、手に取る気持ちになりましたが、もしかしたら読まないままでいる可能性もありました。ある意味、朝井さんにとってもこの作品は冒険だったように感じています。
朝井……書いているときはとくに冒険だと思っていなかったんですが、刊行した後に、例えば男性アイドル好きの女性作家が書いた男性アイドルの話は読みたくないかもと気づきハッとしました(笑)。
デビュー作の『桐島、部活やめるってよ』と直木賞を受賞した『何者』の二作を、その時代特有のものを書いた小説だと評価していただくことが多かったんです。「ただ目に見えたものをそのまま小説にする作家」だと思われていたら嫌だなという気持ちがあって、実はあまり嬉しくなかったんですけどね。でもデビューから五年が経ち、十冊目の小説を書こうと思ったときに、現代を生きる人を描いた「超現代的な小説」で原点回帰しようと思い至りました。ここ数年、社会学者の方々がアイドルに関する本を書かれていたりして、アイドルという存在が社会を知るための研究対象にもなっています。アイドルを書くことで、自動的に現代の精神性を浮き彫りにできるんじゃないかと思い、このテーマを選びました。
櫻井……子どもの頃から歌と踊りが好きだった愛子は、「NEXT YOU」というアイドルグループで活動しています。女の子がアイドルになる夢を叶える話かと思いきや、すでにアイドルになった女の子たちが武道館でのライブを目指す中で、「これからどう生きていくのか?」と思い悩む姿が描かれていますよね。
アイドルの子たちは、十年後、アイドルとは違う立場になるであろうことを前提に、常に選択を迫られながら生きています。自分の幸せのために何を選択し、どう変化していくのか。アイドルの姿を通して、人間の生き方について語られているのが印象的でした。
朝井……アイドルの成功物語なのかなと気軽に手に取っていただきつつ、その実、もっと深いテーマを含んだ二重構造の小説にしたかったんです。気がついたら、アリ地獄に入ってしまった感じに(笑)。
でも読者の感想を見ると、「アイドルって大変だな〜と思った」みたいなものも多くて、もっと自分の技術を磨かないと伝えたいことは届かないと思っていました。僕がきちんと届かせたかったものが、櫻井さんに届いていてよかったです。
きらら……アイドルが出てくる小説ということで、アイドルファンの方が読まれる可能性も高いと思いますが、そのあたりは意識されて書かれました?
朝井……アイドル文化を肯定する物語を想定されて手に取られた方は、実際に読むと拒否反応を示されるかもしれません。でも僕が読んで心に残った本は、自分の倫理観を問い質されたり、ごりごり音をたてながら新しい価値観が自分の中に入ってくるような小説でした。もしこの本を読んで怒った方は、共感した方よりもこの本のことを忘れないでしょうし、自分がどういう価値観を持つ人間なのか、怒ることによって強固になった部分もあるはずです。その人が譲れないものがあってもちろんいいですし、僕と意見が合わなくても構わない。自分がどういう人間なのかを考えるきっかけになれたなら、どんな感想でもすごく嬉しいです。
僕なりの角度でアイドルを見つめた結果
櫻井……アイドルには「恋愛禁止」というルールがありますが、作中で愛子は幼馴染みの大地という男の子と仲がいい。同じアイドルグループの碧も男性に恋愛感情を抱くようになり、彼女たちは誰かが決めたルールを守らなければいけないことに疑問を感じていきます。アイドルとはいえ、女の子として誰かに恋をするのは。ごく自然な感情ですよね。
朝井……人間の細胞レベルでの性衝動のようなものを、アイドルの主観で書きたかったんです。アイドルであっても、好きな相手に性的に触れたいし、触れられたいと思うはず。今は人間らしいアイドルのほうに人気が出たりしますが、基本的には、アイドルとは人間性からいかに離れているかが大切な部分でもあります。でも、社会の中である役割を果たしている自分と、人間としての根源的な欲望を持つ自分は、同一人物なんですよね。僕、きちんとした職業に就いている方を見ると、絶対にその人のセックスを想像しちゃうんですよ……(笑)。それが僕の人間観でもあるので、僕なりの角度でアイドルを見つめた結果、アイドルのセックスのシーンに繋がりました。
新井……愛子の両親は離婚しているせいか、愛子の行動の端々から、まだ十代なのに私よりもはるかに大人だなと思わされました。アイドル活動の中、いろいろな問題にぶつかりながらも、愛子は自分を肯定する力を持っていて、私も愛子のようだったら、もっと自分らしく生きていけるのかなと考えたりもしました。
朝井……いまの時代はSNSがあるので、他人が自分をどう見ているのか、いとも簡単にわかってしまいますよね。そういう状況があると、みんなを巻き込んで「武道館、行くぞ!」と猪突猛進するような客観性のない主人公は、僕の頭の中からは発生しませんでした。どうしても愛子は達観した子になってしまいました。
作中には、スキャンダルを起こしたほかのメンバーにブチ切れる女の子も登場しますが、これまでだったらこの子が主人公になり得たんですよね。いろいろなことを犠牲にして、情熱を持って前に進んでいく姿は美しいですが、それは燃え尽きる流星みたいなもので、長期的に見たときに幸せなのかなと考えてしまう。
櫻井……私は、愛子をやっぱりかわいい女の子だなと思いました(笑)。
朝井……僕のイメージでは、愛子はのっぺらぼうですね。愛子の外見の描写はあえて入れないようにして、誰かモデルがいると思われないようにしました。モデルだと勘違いされてしまった方にもよくないですし、この小説の読み方も変わってきてしまうのを避けたかった。愛子は常にフラットな状態で、この物語を語る存在にしました。
消費する側の精神性を映し出した
きらら……この小説では、握手会でのやりとりやSNSなどでの交流を描きながら、アイドルとそのファンたちとの関係性にも触れられていますね。
朝井……ファンと言いつつも、アイドルを見下しているような発言もあるように感じています。「歌もダンスも下手だけど、疑似恋愛をさせてくれるからお金を出す」という、消費する側の精神性をアイドルという鏡に映し出しました。「これだけお金を出したんだから、アイドルはこうあるべきだ」と、消費者が消費以外のほかの役割を背負ってることも多々あって、どこか特殊な関係性ですよね。
櫻井……人気絶頂の中でグループを脱退するアイドルを見ると、今まで「どうしてなのかな?」と不思議だったのですが、この小説の中にその答えのひとつがあるように思いました。自分の気持ちに正直になると、そこまで築き上げてきた状況を捨ててでも、新しい選択をする可能性もありますものね。
朝井……大学へ進学することにすら難色を示されてしまうほど、アイドルはストイックさを強要されています。もちろん一部のファンのことですが、まだ十代の少年少女に対して、アイドル以外の将来を思い描くことを許さないんですよね。
新井……女優を目指して脱退したメンバーに替わり、二期生の新メンバーが加わり、「NEXT YOU」は形を変えていきます。武道館への夢が叶いそうな中、問題を起こしてしまったメンバーが出てきますが、ラストでは彼女たちがどんな人生を選び取ったかも描かれていますね。
朝井……熱愛が発覚してグループを脱退したアイドルが、何年か経ってOGとして復活することがありますよね。当時はスキャンダルに怒っていたファンの方たちも、今はそれを許してまた応援している、みたいな。人間としての幸せを手に入れた後でも、またアイドルとして輝いている様子が、個人的にはとても革命的で、その解放感も書きたかったところです。
今後も作家を愛していただきたい
新井……個性的なアイドルがたくさん出てくる中、愛子の同級生の大地は、剣道に励む真っすぐな男の子で、ちょっとびっくりするくらい悪いところが見当たりません(笑)。この物語だからこそ、こういう優等生的な子の存在が効いていますね。
朝井……大地はほかの小説では出てこないタイプの人物で、今回の設定だからこそ生まれた人物だと思います。大地にはずっと僕が思っていた「無料文化」のことを語らせる役目を与えたので、結果、すごく頭のいい男の子になってしまいました(笑)。
新井……私は今まで「無料文化」についてそこまで考えていなかったので、私と同じように大地の言葉に、ハッとさせられた人は多いと思います。
朝井……無料で手に入る情報というのは、世の中の全員が手に入れられるってことですよね。インターネットのまとめサイトで見たような話をする人って、最初は引き出しが多くて面白いのですが、その人に根差していない話ばかりされているとだんだんとつまらなくなってくる。この作品で「無料文化」のことを書くべきか悩みましたが、どうしても今のタイミングで入れておきたかったです。
櫻井……これだけ簡単に情報が手に入る時代だと、本の形で物語や情報を売っている書店員としては、考えさせられることが多いです。
朝井……子どもの頃に自分のお小遣いで買った本のことってよく覚えていますよね。大人になっていろいろな本を自由に買えるようになりましたが、あの頃の一冊の重みには及びません。やっぱり限られたお金の中で、真剣に選んだものでしか得られないことがあると思います。
新井……低いテンションの中、『武道館』を手に取ったこともあり、読み終えた後の衝撃はすごかったです。読んでよかったなと思いました。
朝井……読んでいただければ大丈夫、と思っていたので、ほっとしました(笑)。アイドル好きの方には『武道館』を読んでいただけているような気がするのですが、もともとの小説好きの方にはまだまだかな。もっとたくさんの方に読んでいただけるように、書店員のみなさんに協力していただけると有り難いです……!
みなさんが想像する以上に、作家は書店員さんのひと言ひと言に勇気づけられ、励まされています。今後も作家を愛していただき、作家も書店を愛するという関係が続くといいと思っています。いつもありがとうございます。
(構成/清水志保) |