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素晴らしい才能を持つ人への憧れ

きらら……アンソロジー『あのころの、』に収録されていた「ぱりぱり」がとても好きな短編小説でした。その短編から連作の形で執筆された計六編をまとめたのが、今回の『ぱりぱり』ですね。まず表題作「ぱりぱり」はどういったオファーで書かれた小説だったのでしょうか?

瀧羽……女子高生が主人公の小説を書いてほしいというご依頼をいただきました。あらかじめテーマが決められたアンソロジーに小説を書く時には、あまり他の作品と似た内容にならない設定を考えるようにしていて、友情や恋愛ではなく、姉妹という関係性を描くことにしました。

長江……「ぱりぱり」は、高校生で詩人としてデビューをした菫の妹・桜の視点で描かれています。才能に恵まれ、少しだめなところがあってとても自由に生きている菫みたいな人は、僕には羨ましかったです。

瀧羽……芸術的なことでも何でもいいのですが、私自身が一芸に秀でている人に弱いんです。菫のように突出した素晴らしい才能を持っている人って憧れますよね。

佐藤……私には弟がいるんですが、学生時代を思い出すと、あまりしっかりしていなかった弟に対して、私も桜のような気持ちを持っていました。高校生で軽い反抗期を迎えている桜が、今の状況を“船酔いがずっと続いているような感じ”と表現していますが、私も思春期にそういう感覚を体験したことがありました。自分のことも周りの人のことも全部嫌だと感じる桜の気持ちを、「わかる、わかる!」と思いながら読みました。

長江……いつも自分よりも目立つ菫と比較され、それなのに菫をフォローする立場の桜には僕はなりたくないですね。僕には妹と弟がいますが、今は二人ともしっかりしていて、桜のような状況にありますが(笑)。

瀧羽……私も姉の立場なのですが、妹とはまったく方向性の違った生き方をしています。「ぱりぱり」では、変わった姉がいることでもやもやとしている妹を書きました。

自分が大切にされている自覚はある

長江……二つ目の短編「うたう迷子」では、菫のデビュー作から担当している編集者・北川が語り手です。菫は最初の詩集で一躍話題の人になりましたが、二作目が売れず、北川は菫の新作を発表してリベンジしたいと考えています。菫を好きだという気持ちと、世間を見返してやりたい気持ちとが、自分の中で説明がつかないくらいごちゃごちゃになっている姿を見て、北川は人間らしい人だと感じました。

瀧羽……菫を詩人という設定にした時に、編集者の視点は入れたいと思いました。仕事上でお付き合いのある編集者の方が複数いらして、みなさん、好き嫌いがはっきりとしているんですよね。私の小説を読んで、なんとなく気に入っていただき、仕事の声をかけてくださる。書店員さんもそうかもしれませんが、自分の好き嫌いと仕事が密接に関わってるように思えます。私も会社員をしていますが、まったく小説の世界とは違った職種なので、自分の好みや志向が反映される仕事は大変だろうなあと想像しています。

佐藤……菫は詩をつくるのに夢中になってしまうと、北川との約束も破ってしまいますよね。それでも北川は言う時は言うし、待つ時は待つ。自分のためなのか菫のためなのかはわかりませんが、北川のような熱意を持って生きていきたいなと、読んでいてはっとさせられました。

長江……菫が見ている世界は、人間も自然の一部として溶け込んでいて、菫はただ人間を目で追っているだけのように感じました。あえて人と関わらずに孤独でいることによって、いい作品は生まれるような気もしますが、かといって菫は創作のためというよりは自ずとそういう生き方をしているんですよね。

瀧羽……周りの人にまったく無関心というわけではなくて、感受性が強いので、自分が大切にされていることなどには自覚がある。でも普通なら、たとえば誉められたから頑張ろうとはりきったりすると思うのですが、なかなかそういう流れには繋がっていかないのがややこしいところです。そんな菫を担当する北川は本当に大変でしょうね(笑)。

つい脇役のことも書きたくなる

佐藤……「雨が降ったら」では、菫が住むアパートに引っ越してきた男子大学生の葵に視点が切り替わります。葵は家族が女ばかりのせいか、女性に対する目が厳しいし鋭い。女性に甘いタイプの葵の友人・阿部もいいですが、女性の本質を見抜く力がある葵がけっこう好きです。阿部と付き合って、葵にフォローしてもらうのがベストだなと思いました(笑)。

瀧羽……連作短編の中で少し恋愛っぽい要素も入れておきたかったので、このお話を書きました。個人的にはこの「雨が降ったら」はけっこう気に入っています。私は全編を通じて、阿部君が一番のお気に入りですね。つい脇役のこともいろいろと書きたくなっちゃうんですが、物語が長くなってしまうので抑えています。

佐藤……菫の才能に気づいた高校教師の「うぐいす」は、ちょっとひりひりしながら読みました。小説家志望だった彼は、偶然、菫が落とした手帖を拾って、菫の詩に出合います。菫のフレッシュな才能を目の当たりにして、きっぱりと夢を諦めることができた様子に、自分でも思うところがありました。

瀧羽……この話ではとくに「才能の有無」が軸になっています。才能がある人とない人の間には、どうしようもないくらいの隔たりがあって、そこは努力をしても越えられないように思います。

長江……定年間際まで夢をひきずっていた彼をみると、もっと早く三十代くらいの時に菫のような才能がある人に出会えていたらよかったのにと思っちゃいました(笑)。読書家の彼が衝撃を受けるくらいだった菫の詩は、どんなものだったと瀧羽さんは思われていますか?

瀧羽……どうでしょう? あまり変わった言葉を使わなくても、その組み合わせや並べ方で、人に想像させることができる詩でしょうか。菫は自分が実際に見たものに対して、きっと的確な言葉を充てられる能力があるんです。

長江……これまで学生たちの恋愛や、仕事や結婚に悩む三十代が描かれた作品が多かったので、定年間際の男性視点がとても新鮮でした。葵の章もそうですが、瀧羽さんは男性を描くのがお上手ですね。

瀧羽……ありがとうございます。登場人物がそのシチュエーションでどう行動するのかを想像して書いています。自分と立場が遠ければ遠いほど書きやすい。あんまり自分に近いと肩入れしちゃうからよくないんですよね(笑)。立場が近かったり性格が似ている人の視点は、書いていてもあまり楽しくないです……。

短編には短編の楽しさがある

佐藤……「ふたりのルール」では、視点人物が菫からぐっと遠くなりますね。初めはどういう関係の人なのかわからなかったのですが、語り手の美緒は菫の高校の同級生でした。

瀧羽……のちの人生でおそらくもう会わないけれど、絶対に忘れられないようなインパクトを残すような人っていますよね。美緒にとって菫はそういう存在なんです。連作短編の中で、桜のように絶対に逃れられない近い関係と、希薄だけれどもどこかで繋がっている関係の両方を見せたかったです。菫は人の言うことを聞かないですし、他人からわかりやすい影響は受けないですが、菫という存在はたくさんの人に支えられて成立している。周りの人たちもまた、相互に関係しあっています。

きらら……美緒の同棲相手である夏彦が、菫の新刊サイン会に行ってくれるように美緒に頼みます。菫がようやく新刊を出せたのだなと、あれだけ北川を困らせていたので、ちょっと嬉しかったです。

瀧羽……北川視点で新刊のことを書いちゃうと「やった! 三冊目が売れた!」という話になっちゃいそうなので(笑)、美緒くらい遠い存在から菫のその後をふわりと描けたらいいなと思いました。短編ごとに時系列を少しずつずらして、あとの短編でいろいろと明かすように仕掛けてあります。

長江……最後の「クローバー」では菫と一番近い母親視点に戻りますね。「ぱりぱり」では桜の誕生日、「クローバー」では母親の誕生日の話が出てきて、連作短編全体の構成もとてもよかったです。

瀧羽……雑誌連載と順番を一部入れ替えて、単行本ではこの流れにしました。「クローバー」は最後に書いたわけではなかったんですけど、いい流れになったのではないかと思っています。

長江……子どもの頃の菫は、今よりもほかの子との違いが際立っていて、両親はとても苦労していました。もし瀧羽さんが親になられた時、こういう母親の視点で小説は書きにくくなりそうですか?

瀧羽……もし自分が菫のような少し変わった子どもの母親だったら、この形では書けないかもしれません。私には子どもがいないので、母親目線はこれでよいのかとどきどきしていましたが、思いの外、小さいお子さんがいる読者の方から嬉しい感想をいただいています。

佐藤……ラストでは菫が人を思う気持ちもしっかりと持った女の子だとわかりました。少しほろ苦さもありながらもいい終わり方をしていました。

瀧羽……100%のハッピーエンドも少し違和感があるのですが、まったく救われない話は書くのも読むのも苦手です。自分の性格が暗いせいか、逆にただつらい話にはしたくないんです。
本格的な短編集はこれが初めてです。書いてみて、短編には短編の、長編には長編の楽しさがあると思いました。短編では一人の人間の人生のほんの一部を切り取って描いて、書かれていない前後のことは読者の方が想像力で補ってくださる。そういう意味で短編集はいろいろな読み方をしていただける気がします。特に書店員さんはたくさんの本を読まれていますから、短編ひとつを読んでもその広がり具合はものすごくあるんでしょうね。彼らの人生の一部しか書けませんでしたが、まだ彼らの生活は続いている。そんなところまで想像していただけるような短編集になっていたらいいなと思います。

(構成/清水志保)
 

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